6. 騎乗訓練
立ち寄ってくださってありがとうございます。励みになります。
早朝、アデリンは起きると急いで身支度をし、ワイバーンの厩舎へ向かった。
「カイル団長!!おはようございます!!」
アデリンは竜騎士団長のカイルが、ワイバーンの厩舎の見回りを早朝欠かさず行っていることを知っている。
「アデリン様、おはようございます」
赤い短髪で小麦色の肌、がっしりとした長身の体躯のカイル団長は優しい笑顔を浮かべた。
「お父様から聞いているかしら。ようやくワイバーンに乗る許可をもらえたの!
カイル団長!どうか私に騎乗訓練を受けさせてください!」
「はい、聞いておりますよ。アイザック様からは、アデリン様とノア様のお二人が騎乗訓練を受けると伺っております。よろしければ、今日午後から早速始められてはいかがですか?」
「ノア様も!? はい、わかりました。今日の午後にノア様とこちらに参りますね。楽しみにしています!! どうぞよろしくお願いします!!」
まさか、ノアと一緒に訓練を受けることになるとは思わなかった。
誰かと一緒に何かを学ぶのは初めてで、なんだかくすぐったいような気持ちになる。
カイル団長と一緒に厩舎を回ってワイバーンの体調を確認したり、餌をあげてワイバーンとふれあう。
餌をねだるワイバーンの表情が可愛らしくて、アデリンは餌やりの時間の手伝いが大好きだ。
幼い頃からワインバーンの厩舎に入り浸っては、ワイバーンを眺めていたアデリンにとっては、騎乗訓練は待ち焦がれていたものだった。
(今日の午後には背中に乗って飛べるのね!!)
鼻歌でも歌い出しそうな機嫌の良さのまま、朝食をとりに城へ戻った。
朝食後にダイニングルームから部屋へ戻ろうとするノアに声をかける。
「ノア様、今日の午前中は算術の先生がお見えになります。午後は、カイル団長がワイバーンの騎乗訓練をしてくださるそうです。ノア様もご一緒にと聞いています。今日のご予定はいかがですか。」
ノアは長い前髪で相変わらず表情が読めなかったが、昨日よりは纏う雰囲気が思いのほか柔らかく感じる。
「ああ、わかった。算術も騎乗訓練も参加させてもらうよ。
あ……あとさ、同い年だし、口調も丁寧にしなくていいよ。……俺のことは……呼び捨てでいいよ。ノアと呼んでほしい……」
「はい! それでは、私のことはアディと呼んでくださいね!」
少しだけ二人の心の距離が近づいた気がして、アデリンはなんとなく気が浮き立ち、この後一緒に受ける算術の時間が楽しみに思った。
「ノア様も算術がよくお出来になりますね! アデリン様も今日もよく進みましたね。お二人とも理解が素晴らしいです。次回が楽しみになりますね」
算術の時間で、家庭教師とアデリンはノアの聡明さに舌を巻いた。
ノアは難なく家庭教師をつけて勉強していたアデリンと同じ進度についてこれるのだ。
「ノアも以前誰かに教わっていたの?」
「……いや、ある程度までは習っていたが……最近は自分で勉強していた」
「独学で難易度の高い問題を解けるようになるなんて、ノアはすごいね! 私も負けないよう頑張るね!!」
「……ああ……」
アデリンの無邪気な笑顔に、ノアの耳がほんのりと赤くなった。
午後、お気に入りのボルドー色の乗馬服に身を包み、アデリンはワイバーンの厩舎へ向かう。
ボタンダウンのジャケット、ハイウエストのスカートの裾は大きく広がっている。
髪が邪魔にならないよう、ミリーにしっかりとまとめ上げてもらった。
アデリンがずっと心待ちにしていたワイバーン騎乗訓練が始まる。
アデリンは、逸る気持ちを抑えきれず、ミリーを伴って予定より早めにワイバーンの厩舎へと急いでいた。
「お嬢様、そんなに早く歩かなくてもワイバーンは逃げませんよ」
「だってミリー、この日をずっと夢見ていたのよ。嬉しくて、今朝は早く目が覚めてしまったほどよ」
「お嬢様のワイバーンへの愛情は存じておりますが、今日は張り切りすぎてお怪我されないようにしてくださいね」
「私が毎日どれだけ鍛錬しているかはミリーが一番よく知っているでしょ。怪我はしないわ。ようやくのワイバーンの背に乗れるなんて夢のようだわ。どんな景色が見えるのかしら」
はしゃぎながらアデリンが厩舎に到着すると、ノアがワイバーンのそばに佇んでいるのが見えた。
そばにいるワイバーン達が穏やかに寛いでいる様子に驚く。
厩舎にいるワイバーンは孵化した時からずっと人の手で育てられているので、人には慣れている。元々攻撃性の強い性質を持っているので、見知らぬ人への警戒心は強い。だからこそ、アデリンはずっと餌やりを手伝い、暇があれば厩舎に立ち寄って、ワイバーンに存在を慣れてもらっていたのだ。
ワイバーン達は今日初めて会うノアに、すっかり心を許しているようにも見える。
(ノアには驚かされるわ。ワイバーンがもう懐いているなんて)
「ノア」
声をかけると、いつも通り表情の読めない顔がこちらを向いた。
気持ちが昂ってほんのりと桃色に上気したアデリンの頬は、花が咲き誇ったような艶やかさがあった。
ノアは、アデリンを見ると息を呑んだ。
「驚かせてしまって、ごめんなさい。ワイバーン達に挨拶をしていたの?」
「挨拶……ああ、そうだな。ワイバーンを初めてこんな近くで見たよ」
「ワイバーンがノアのことを全く警戒していないから驚いてしまったわ。ノアは好かれているのね」
一瞬、前髪から覗く琥珀色の瞳が光ったように感じた。
「……好かれているのかな。そうだったら嬉しいけど」
少し照れたような口調でノアが答える。
「ええ、きっと好かれているわよ。初めて会う人間を警戒していないもの。ワイバーンに乗るの楽しみね」
ノアとの会話が嬉しくて、つい顔が緩んでしまう。
「……そうか、警戒されていないのか。よかった……
……あんたはワイバーンに乗るのは怖くないのか? 令嬢が好むことではないだろう……」
「……そうね、普通の令嬢であれば考えもつかないでしょうね。でも私は辺境伯の娘だから、いつでも魔獣との戦いに備えておかなければならないの。ソーラス竜騎士団もあるのよ。討伐の時はワイバーンに乗って戦うの。
それに私はワイバーンが好きだから。小さな頃からずっとワイバーンで空を飛びたかったの。だから今日は楽しみにでしょうがないわ!」
アデリンの返答にノアは目を見張った。
「あんたが魔獣と戦うつもりなのか?」
「もちろんよ! 小さい頃から戦闘用の魔術も武術も弓も学んできたわ。こう見えても体を動かすのは得意なの」
アデリンはにっこりと微笑んだ。