4. 黒髪の少年
家令のテオが呼びにきたため、オスカーと一緒にサロンへ向かった。
「お父様、お母様お帰りなさいませ! ご帰城を心待ちにしておりました」
(あ、さっきの男の子がいる!)
ソファに優しい笑みを浮かべたお父様、お母様が並んで座っていらっしゃる。久しぶりに仲睦まじい様子の二人を見て、お父様達が無事に帰城されたことへの安心感が込み上げてきた。
その反対側には、お母様と同じ年の頃のたおやかな女性と湖で見かけた少年がソファに腰掛けていた。
(やっぱり目元が前髪で見えないわ)
「二人とも元気だったか! 留守の間、よくやってくれていたと聞いているぞ。二人とも勉学も鍛錬も頑張っていたようだな」
輝く黄金色の短髪、翠色の瞳をもつ精悍な顔立ちの偉丈夫、アデリンの父、アイザック・ソーラスが朗らかな声で労ってくれる。
アイザックはカスラーン王国の王弟。
現在、王位継承権2位だけれど、アデリンの従兄弟でもある第一王子が立太子する16才の時に放棄することが既に決定している。本来の爵位は公爵だが、魔力量が多く魔獣退治の方が国政より向いていると公爵領地は王家預かりにし、妻の実家である辺境伯領統治を自ら希望し辺境伯爵を名乗っている変わり者でもある。
「二人に早く会いたかったわ」
緩やかなウェーブの青銀の髪、瑠璃色の瞳をもつ見目麗しい、アデリンの母、レイラ・ソーラスが、穏やかな笑みを浮かべている。物静かに見えるレイラも、実はアイザックと一緒に魔の森へ魔獣討伐へ出かけてしまう元祖お転婆姫だった。
「はい!! 僕も会いたかったです!!」
まだ8歳のオスカーは父母が留守で寂しかったのだろう。
横に並んでいるオスカーの潤んだ瞳に気づき、アデリンは思わず頭を撫でてしまった。
「こちらは、オリビア夫人とご子息のノアだ。暫くこちらに滞在してもらうことになった。気兼ねなくここで過ごしてもらいたいと伝えてある。二人ともその心積りで接するように」
アイザックが、女性と少年を紹介する。
「ソーラス辺境伯爵が長女のアデリンです」
淑女教育の賜物の、優雅に見えるカーテシーを披露した。
「オリビアです。訳あって家名を名乗れないのです。失礼をお許しくださいませ。こちらは私の息子のノアです。しばらくこちらでお世話になりますが、よろしくお願いいたします」
優しい微笑みを浮かべるオリビアに反して、横のノアは無表情のままだ。
無造作に肩まである黒髪、きめの細かな白い肌、高めの鼻梁に真一文字に結ばれた薄い唇。
長い前髪に隠れて瞳は見えないが、こちらを見ているような気がした。
「ノアです」
短い一言をいうと、また薄い唇がきゅっと結ばれた。
オリビアのお名前に聞き覚えがあるような気がした。
もしかしたら・・・・
「オリビアは王立学院以来の私の親友なのよ。私の大事な友人なの」
やっぱり!! お母様の一番の仲良しと聞いていた“オリビア”だ!
「お母様から聞く学校のお話に、いつもオリビア様のお名前が出ていましたよね。ずっとお会いしてお話したかったです!!」
「そうね……確かに私の学生生活の思い出はオリビアばかりだわ」
「あら、どんな思い出話を聞いたのかしら。レイラとアイザックと私は同級生なの。うふふ、楽しかったわね」
「お母様やお父様の学生時代のお話をオリビア様から教えてもらいたいです」
「うふふ、もちろんよ。やんちゃなレイラとアイザックの武勇伝をたくさんお話できるわよ。二人の破天荒な話は尽きないわ」
「「ええっっ!!」オリビアも一緒だったわよ!!」
アイザックとレイラの声が重なる。
「ふふふ……お父様とお母様の破天荒具合は想像できますよ……。オリビア様、これからどうぞよろしくお願いいたします。お話しさせていただくのも楽しみにしています」
クスクス笑いながらオリビアは頷いた。
「アディ、私たちが不在の間に11歳の誕生日のお祝いを逃してしまったね。改めてお祝いの日をもうけよう。アディお誕生日おめでとう」
「アディお誕生日おめでとう。もう11才だなんて、時がすぎるのは早いわ」
「ありがとうございます。お父様、お母様」
「アディ、誕生日の贈り物は何がいいんだ?」
贈り物……もうずっと前から決めてある。
「お父様、ワイバーンに乗る練習の許可をお願いします!」
「ワイバーン……そうか、11才になったら許可する話だったな。アディはずっと望んでいたな。よし、竜騎士団長のカイルに伝えておく。明日挨拶に行くように」
「はい!!ありがとうございます!」
嬉しくて嬉しくて、顔が緩んでしまうのを止められない。
やっとワイバーンに乗れるんだ!
「アデリン様はワイバーンに興味がおありなの?」
オリビアが驚いた声で尋ねる。
「はい!小さな頃からワイバーンに乗ることをずっと憧れていたんです」
「そう……さすがはレイラとアイザックのお嬢様ね」
一瞬考え込むような表情をされたあと、笑顔でオリビアがレイラを見た。
「あ、お父様、もう一つお願いがあります。薬草を取りに、魔の森に行きたいのですが、近いうちにコナーとミリーを連れて行ってきてもいいでしょうか」
「そういえば、幾つかの薬草の備蓄が残りわずかだと聞いていたな。
どうだろう、ノア。アデリン達と一緒に魔の森に行ってみるかい?」
お父様がノアに声をかけたので驚いた。
魔術は使えるのかしら?
急に話を振られたノアも驚いた様子だったが、「はい、是非」と返答した。
「ノア、勉強は、明日からはアデリンの先生について一緒に学ぶといい。二人とも王立学院に行くことになるのだから。アディ、夕食まで時間がある、ノアに城の中を案内してくれるかい? 私たちはオリビアと今後について少し話があるんだ」
いろんな話が出てきて動揺がおさまらないけれど、「はい」と返事をしてノアを見た。
やっぱり表情がわからないな。