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2. ソーラス辺境伯令嬢

ソーラス辺境伯領は、50年前までカスラーン王国の王都であった。

隣国との争いの中、膨大な魔力を持っていた3代前のジョージ王が破竹の勢いで領地を南へ西へと拡大し勢力を伸ばし、カスラーン王国は今や大陸の中で最も強大な大国となった。

そして王都は、北のアイスバッハ山脈の麓から東南の海に近い都市へうつされた。

他国との交易や気候だけの問題ではなく、隣国イブー帝国とソーラス辺境伯領の間に横たわる広大な魔の森が遷都の一番の大きな理由だった。


ソーラス辺境伯の屋敷は、要塞を兼ねた旧王都時代からの古い城を修繕しながら使用している。城の裏にあるグレン湖は、厳しい冬が明け初夏の頃になるとアデリンのお気に入りの遊び場となるのだった。


オスカーと別れ、部屋に戻ると控えていた侍女が湯浴みの用意をしてくれていた。

体を清め、さっぱりとしたアデリンは鏡の前に座り、ミリーが用意してくれた果実水を飲んで喉を潤す。


「あー美味しい。今日の湖も楽しかったわ。これからいい季節ね。」


「またお嬢様の湖遊びが始まる時期ですか……そういえば、薬師の方がそろそろ薬草を欲しがる時期でもありますね」


「そうね、お父様に薬草を探しに魔の森へ行っていいか伺ってみるわ」


厳しい冬が終わって楽しい季節がようやくやってきたわ。

これからのことを想像すると顔が緩んでしまう。


「お嬢様、今日はどんな装いにしますか?」


「シンプルなドレスならなんでもいいわよ。いつも通りミリーにお任せで」


「それではお嬢様の翠色の瞳に合わせて、こちらのグリーンのドレスにしましょう」


「いいわよ。髪はハーフアップにまとめてもらいたいわ」


アデリンが可愛らしいドレスよりもすっきりとしたシンプルな物を好むので、ミリーが少し物足りない気持ちを持っていることはわかっていた。

あまりレースやリボンとか好きじゃないのよね。


「かしこまりました。旦那様と奥様が城に戻られていらっしゃいますので、お支度が整ったらご挨拶に伺いましょう」


「やっぱりお父様達は戻っていらしたのね! 3週間ぶりかしら。うふふ、早くお会いしたいわ!」


ミリーがアデリンの腰まである銀糸のように艶やかな銀髪を整えてくれている。

アデリンは鏡の中の自分を見つめた。

切れ長の目の印象から勝ち気な少女と思われたのかしら。

アデリンは、湖の岸辺で出会った少年を思い出していた。

長い前髪のせいで顔立ちや表情はわからなかったけれど、背を向けて走っていった後ろ姿が忘れられない。


(背中に翼が生えていた……)


薄手のシャツ越しに浮かんでいた少年の肩甲骨の線が、まるで翼が生えてるように見えて少年の後ろ姿から目が離せなかったのだ。


「ねぇ、ミリー。さっき湖で会った男の子は誰か知っているかしら?」


「はい、旦那様と奥様と一緒にお見えになったようです。しばらくこちらに滞在されるそうですよ」


「そうなのね。後でお会いできるかしら。だから、ハリー達も知っていて警戒していなかったのね」


「さ、できましたよ。お嬢様、お美しいです」


ミリーによって麗しい令嬢に仕上がったアデリンは、鏡越しににっこりと微笑み感謝の気持ちを伝えた。





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