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1. プロローグ

プク……プク……プク……


アデリンは自分の口から出た泡が明るい水面へ昇っていくのを湖の中からぼんやりと眺めていた。


(きれいだなぁ……)


陽の光が湖の中に差し込み、光のすじが幾つも見える。

初夏の陽の光と空の青が水に溶け込んで、淡く輝く青色になっている水面を水の中から見上げるのが大好きだ。

水に包まれぷかぷかと漂っていると、自分がだんだん水に溶け込んで湖の一部になっていく感覚に安らぎを覚える。


(そろそろかな)


少しずつ胸が苦しく感じてきた。

腰まである銀髪の毛をふわりと漂わせ、水面の光の方へ向かう。


(まるで、女神様の元にいくみたい……)


輝きが神々しくも見える水面へ向かうにつれて、体に纏う水がだんだんと暖かくなる。水に溶け込んでいた自分の体が徐々に人間に戻る感覚を誘う。


ぷはー!!

水面に勢いよく顔を出し、深く息を吐き出した。


「お嬢様!!」

「お姉様ー!!」


ボートに乗って待機していた侍女のミリーと、湖から上がったばかりなのだろう、タオルにくるまれている弟のオスカーが手を振ってアデリンを呼んでいる。

アデリンは笑顔で手を振り返した。

青銀色のオスカーの髪が、初夏の日差しを受けてキラキラと輝いて見える。弾けんばかりの笑顔のオスカーの姿にアデリンは胸がきゅんとなる。

新緑に輝く山をバックに、光り輝く緑色の湖に浮かぶ白いボートに乗った天使……

オスカーが可愛らしすぎて眩しいわ!!


ボートまで顔を出しながら泳いで近づくと、ボートの近くで立ち泳ぎをしていた騎士が声をかけてきた。


「アデリン様、潜水時間が長くなりましたね」


ソーラス辺境伯騎士団に所属している、コナーだ。

騎士になって5年目、アデリンの水泳の先生でもあり、護衛もしてくれている。


「ふふふ…… ようやく湖で泳げる季節がやってきたわね。これから毎日湖で過ごせるかと思うと嬉しくてしょうがないわ。やっぱり水の中は気持ち良いわね」


アデリンは顔が緩んでしまうのを止められない。


「本当にお転婆姫なんだから・・・」


コナーの呟きはアデリンの耳には届かなかった。


8歳になった弟のオスカーは、ボートで沖まで出て浮袋を使って泳ぎの練習を始めたばかりだ。


「僕は少ししか潜れなかったし、息も長く止められなかったよ……」


しょんぼりと話すオスカーの姿がいじらしい。


「オスカー、私も8才の時は同じようだったわよ。これからも一緒に湖に遊びに来ましょうね。あなたならすぐに上手になるわよ」


「はい!! お姉様!! これからお姉様と一緒に湖で遊べるのが嬉しいです」


オスカーがアデリンの言葉に顔を輝かせる。


(うちのオスカーはやっぱり世界で一番可愛いわ!)


弟を愛でるアデリンも花のような微笑みを浮かべていた。




この地は、カスラーン王国のソーラス辺境伯爵領。

カスラーン王国は、高い峰々が連なるアンスバッハ山脈を流れる河川や湖沼が多く、水の豊かな国である。

海に面しているので、他国との交易で盛んな港を持つ強大な王国だ。


ソーラス辺境伯は隣国イブー国との国境に位置し、アンスバッハ山脈の麓、王国で一番湖沼の多い領地を治めている。

アデリンはソーラス辺境伯の長女で、数日前に11才になったばかりだ。


腰まである癖のない真っ直ぐで艶やかな銀髪をもち、澄んだ大きな翠色の瞳は表情豊かに輝いている。長いまつ毛に飾られた切長で涼しげな目元は11歳の実年齢よりも知的で大人びた印象を与えている。陶器のような白い肌に形の良い桜色の唇。整った顔立ちが知的で凛とした印象を与える辺境伯令嬢である。


お転婆姫の別名があるアデリンは、魔力量が多く、魔術や武術の鍛錬をソーラス領騎士団員と共に励んでいる。

『貴族の令嬢』という肩書きよりも、『領地領民を守るべき者』として育てられているので、小さな頃から武術、魔術での戦術をしっかりと教え込まれているのだ。

辺境伯領は国防の要でもあり、領主夫妻が自ら魔獣討伐にいく状況で育っているので、お転婆姫になるのは自然な流れだろうと使用人達も温かく見守っていた


「お姉様、少し前に馬車がお城に向かっているのが見えたそうですよ。お父様達が帰ってきたのかもしれません」


ソーラス辺境伯夫妻は3週間前から領地を留守にしていた。


「クシュン!!」


思わず淑女らしからぬ音を出してしまった。


「アデリン様、まだ水温は低いですから早く上がってください。風邪を引いてしまいます。」


「大丈夫よ、ミリー。でも、そろそろ戻る時間ね。コナー、岸まで競争よ!! さぁ、行くわよ!!」


声を掛けたそばから、アデリンは岸に向かって泳ぎ出す。


「ハリー! 僕たちのボートも一緒に競争するよ!頑張って漕いで!!」


オスカーが、護衛騎士のハリーを急かしている声が聞こえた。



アデリンが岸辺へ泳ぎ着いた時には、余裕な表情のコナーとタオルを持ったミリー達が岸で待っていた。


「お嬢様お疲れ様でした。このコナー、まだまだお嬢様には負けませんよ。」


「悔しいわ! 次はコナーに勝つわよ! もちろん、ボートを漕いでいるハリーにもね!!」


笑いながら岸に上がったアデリンは、魔術を発動して濡れた体と水遊び用の服を乾かし、受け取ったタオルを羽織った。



──誰?


湖の岸から少し離れた木の下に、黒い髪の少年が立ってこちらを向いている。アデリンと同じ歳の頃だろうか、ヒョロっとした体躯の少年がいた。

目が隠れるほどの長い前髪で、少年の表情はわからないが視線を感じる。


護衛をしてくれている騎士のコナーとハリーが動じていないことを見ると、不審な人物ではないのだろう。


(騎士団の誰かの子供なのかしら……)


アデリンは、にっこりと少年へ微笑んでみた。


少年はビクッと体を震わせると踵を返して走り去っていった。


(え…… 怖がられた?! 逃げられた?!)


アデリンは呆然と少年の背中を見送る。


「お嬢様の笑顔にやられたな」


「アデリン様の威力すごいな」


コナー達が笑いながら言っている声が聞こえる。


(そんなに私の顔は怖いのかしら…… ショックだわ……)


「お姉様は世界で一番美しいですよ。」


微笑んだつもりなのに怖がられてしまい、憮然としているアデリンにオスカーが声をかけてくる。

弟の、キラキラと輝く瑠璃色の瞳が下から見上げてくる。可愛すぎる言葉と態度に、思わずぎゅっとオスカーを抱きしめた。


「ありがとう。オスカーも世界で一番可愛いわ。体が冷えてしまうから、早く湯浴みをしに戻りましょう」


柔らかく微笑み、オスカーの手を繋ぎながら城へ歩き始めた。




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