お転婆な子爵令嬢は、婚約破棄をされたくないっ!
開いていただきありがとうございます。
突発的に思いついた短編になります。そのため、『優秀な伯爵令嬢』の2作よりも短くなっています。ご了承ください。
読み終わった際には是非、評価や感想をいただけたらと思います。改善点や意見、質問等ありましたら感想欄にてどうぞ。
ある夜、多くの貴族が集まるパーティの場に突然大きな声が響き渡った。
「アルテ公爵令嬢、君との婚約を破棄させてもらう!私は真実の愛に気づいた。エルザ男爵令嬢は、政争のために僕の伴侶となろうとする君よりも、真摯に私を愛してくれている。私はたとえ廃嫡されようと、彼女と添い遂げる。よって、君と婚約している意味はない。何をするも好きにすればいいさ。」
声の主は、この国の王太子であるエリックだ。彼は幼少より公爵令嬢のアルテと婚約を結んでおり、2人の結婚は確実とされていた。
しかし、今しがたエリックが発した言葉は、それを反故にするものであった。当然、会場はざわめき立った。
少しの後それを切り裂くように、凛とした声が響いた。
「......貴方は一体何を言っておられるのですか?」
怒りを目に宿し、肩を震わせながら問いかけたのはアルテだ。普段冷静な彼女らしからぬ鬼気迫る表情がそこにはあった。
エリックはそれに少し怯みながらも反駁した。
「だから言っているだろう?私は真実の愛に気づいたんだ。」
「私は真実の愛とは何かを存じ上げません。ですが、貴方が馬鹿なことを言っているのは分かります。どうか、考え直してください。」
アルテは、怒りを抑えながら懇願した。しかしエリックはなおも続けた。
「アルテ。私たちは間違っていたんだよ。政治のために婚約者を決め......。」
エリックの言葉は、最後まで紡がれることはなかった。アルテの平手が彼の頬を捉えたためだ。
「......私は貴方の妻となるべく、幼少より多くのことを学んできました。自分の自由な時間など殆ど持てず、一日中王妃としての勉強ばかりでした。辛いと思うことも、決して少なくはありませんでした。それでも私は、頑張ってきたのです。それなのに、貴方という人は......。」
アルテはそこで言葉を切ると涙を拭い、エリックを睥睨した。
「今度ばかりはもう貴方という人にはほとほと愛想が尽きました。婚約破棄は甘んじて受け入れます。......貴方の発言が、行動が、私のこれまでの行いを否定したものであると自覚してください。」
アルテはそう言うと踵を返し、会場を後にした。
アルテが婚約破棄を言い渡されたそのとき、子爵令嬢であるミーシャもまた激しく動揺していた。
彼女は密かにアルテに憧れていた。お転婆で失敗の多い彼女には、常に冷静で聡明なアルテは目標であり、憧れであったのだ。
しかし、今彼女の目の前で起きた光景は憧れの人が婚約破棄を言い渡されるという、これまで想像したことすらなかったものだ。
ミーシャは驚きに声も出せず、ただエリックとアルテのやり取りを静観していた。仲の良かったはずの2人のやり取りを眺めているうちに、彼女の胸の内にある考えが浮かんだ。それは、ミーシャも婚約破棄を言い渡されるのではないかというものだ。
ミーシャは慌てて沸いて降った考えを否定する。しかし、自分より遥かに優秀であるアルテが婚約を破棄されたのは、否定しようがない事実なのだ。
(私が婚約破棄されないという保証はないわ。......思い返せば、ここ数年ラーク様に好きと言われた憶えがないわ。私が好きと言っても、ただ笑いながら頭を撫でてくれるだけ......。)
考えるほどに不安は募っていく。そしてミーシャは、婚約者を繋ぎ留める方法を考え始めた。
その日の夜、ミーシャは中々寝つけずにいた。幾ら考えても、良い案が思いつかないのだ。正確に言えば、考えついたものは悉く彼女が失敗する可能性が高いものばかりなのだ。
(私が幾ら考えても、思いつかないものは思いつかないわ。ここはやはり、お姉様に相談しましょう。そうよ、お姉様ならきっと、良い案を考えてくださるわ!)
彼女は、姉と慕うミルドレッド伯爵令嬢に相談することを決めた。
そして、先程まで寝付けなかったのが嘘のように眠りに落ちるのだった。
それから数日が経ち、ミーシャはミルドレッドのもとへ赴き、相談していた。
「......と、いうわけなのです。お姉様、何か良い案はありませんか?」
「え、えぇ。そうね......。」
ミルドレッドは、相談内容を聞き終えると考え込んだ。
ミーシャがラークに婚約破棄されることはまずない。幼少より2人を見てきたミルドレッドは、それをよく分かっていた。
だが、一度考え出すと止まらなくなるミーシャにそれを言っても納得しないのは、目に見えているのだ。
ミーシャを安心させるためにも、何か案を出さなくてはならない。
ミルドレッドは考えた末に、お菓子作りを提案したのだった。
(うぅ、お菓子......。)
ミルドレッドへの相談を終えた頃、ミーシャには別の不安が募っていた。
ミーシャは、お菓子作りに苦手意識があった。数年前に独学でお菓子作りに挑戦したとき、彼女は数多くの失敗をしたのだ。
砂糖と塩を間違える、火加減を間違えるetc......
それらが積み重なり苦手意識が生まれたことで、彼女はお菓子作りを断念したのだ。
だが今回は、ミルドレッドの指導の下での挑戦となる。その事実は、ミーシャの不安を和らげた。
なにより、婚約破棄を避けるためにはお菓子作りの成功は不可欠。ミーシャは、覚悟を決めたのだった。
数日後、ミルドレッドの私用調理室にてミーシャはお菓子作りの基礎を学んでいた。その後、実践としてクッキー作りに挑むこととなった。
ミーシャはミルドレッドの指示に従いながら、順調に調理を進めていく。普段は不器用でそそっかしい彼女ではあったが、かつてないほどに本気で取り組んでいるためか目立った失敗はないままにクッキーは焼き上がった。
「良かった、食べられるわ!」
ミーシャは、初めて成功したクッキーに感動した。
そんな彼女をよそに、ミルドレッドは眉間に皺を寄せながら半分になったクッキーを見る。
そして、残りを食べ終えると口を開いた。
「ミーシャ、よく頑張ったわね。......でも、ラーク君に渡すのならば、もっと美味しいものでなくてはいけないわ。まだ時間はあるし、やれるだけやりましょう。」
ミーシャはその言葉に頷くと、再びクッキーの生地を混ぜ始めるのだった。
2人はそれからも、クッキー作りを続けていた。
ミルドレッドが用事のため席を外してからも、ミーシャはひたすらクッキーを作っていた。
そしてミーシャは遂に、自分が作ったとは思えないほどの出来のクッキーを完成させたのだ。
ミルドレッドが戻ってきたとき、ミーシャは完成したクッキーを恐る恐るミルドレッドに差し出した。
ミルドレッドはそれを受け取ると、ゆっくりと口に運ぶ。
「......!とても、美味しいわ。」
ミルドレッドはそこで言葉を切ると、ミーシャを抱きしめた。
「ミーシャ、よく頑張ったわね!合格よ!これならきっと、ラーク君も喜ぶわ!」
「本当ですか、お姉様!良かった、これでラーク様に美味しいって......。」
喜びに満ちたミーシャの言葉はそこで途切れる。そして、ミルドレッドに寄りかかるようにして意識を失った。
翌日、ミーシャが寝ている部屋の扉が勢いよく開いた。
「ミーシャ!?大丈夫かい?」
部屋を尋ねてきたのは、ミーシャの婚約者であるラークだ。
ミルドレッドからミーシャが熱を出して倒れたという報せを聞き、驚き駆けつけたのだった。
ミルドレッドは部屋に入ってきたラークを一瞥すると、自身の唇に人差し指を当てる。
「お医者様に診ていただいたけど、疲労からくる発熱だろうって。慣れないお菓子作りで、ずっと気を張っていたから......。ラーク君、ごめんなさい。私が付いていながら。ミーシャに無理をさせてしまったわ。」
ミルドレッドは声を抑えながら、ラークに頭を下げる。
「いえ、ミルドレッド様が気を病むことは......。」
ラークはそう言いながらミーシャのそばへ移動すると、彼女の枕元に小さな袋が置かれていることに気づく。
ラークはミルドレッドに目配せし、彼女が頷いたことを確認すると袋を開けた。
袋の中には、幾つものクッキーが入っていた。
「そのクッキー、ミーシャが作ったのよ。貴方に美味しいって言って貰えるように、頑張っていたの。」
ラークはその言葉に困惑しながら、ミルドレッドに問いかける。
「ミーシャは何故これを僕に?」
「......それは、ミーシャから直接聞いてちょうだい。多分、その方がいいわ。」
ミルドレッドはそう言うと、目を開けて2人を見ているミーシャの方を指し示す。
ラークは驚き、ミーシャに呼びかける。
「ミーシャ、大丈夫かい?」
「ううん......?ラークさまぁ?」
ミーシャは朦朧としていたが、ラークのことを確認すると彼の手を握り、目に涙を浮かべながら問いかける。
「ラークさまぁ、私との婚約を破棄するんですか......?」
「え、いや、え......?」
ラークはミーシャから想定外の単語が飛んできたことに驚愕し、助けを求めるようにミルドレッドを見る。
「......先日、エリック殿下がアルテ様に婚約破棄を言い渡したでしょう?ミーシャはそれを見て、自分も婚約破棄をされるかもしれないと思ったらしいの。クッキーを作ったのも、ラーク君を繋ぎ留めるためよ。」
「何故そんなことを......。」
「以前ミーシャから、ラーク君が好きと言ってくれなくなった、と相談されたわ。......ラーク君も年頃だし恥ずかしいのは分かるけれど、この子はきちんと言葉にしないと不安になる子だから......。」
ミルドレッドはそこで言葉を切ると、ラークの目を見据える。
「これは貴方たち2人の問題よ。......こんなときに言うのは申し訳ないのだけど、きちんと話をして、ミーシャを安心させてあげて。」
ミルドレッドの声には、有無を言わせぬ迫力があった。
「......はい。」
「では、私は席を外すわ。頑張ってね。」
ミルドレッドはそう言い残し、部屋を後にする。
やがて話す覚悟を決めたラークは、不安げに彼を見つめるミーシャの方へ向き直り口を開いた。
「ミーシャ、僕は、君が好きだ。幼い頃、ミルドレッド様の誕生日パーティで君に恋をしてから、一度だって君を嫌いになったことはないよ。僕は婚約破棄なんて絶対にしない。こんなに可愛い婚約者から離れたりしない。......ミーシャ、本当にごめん。僕が恥ずかしがって中々言えなかったばかりに、君を不安にさせてしまったね。もう、君を不安になんてさせないよ。」
ラークは言い終えると、その言葉に嘘がないことを証明するかのようにミーシャを抱きしめる。
ミーシャは驚き、上気した顔を更に赤くしながら彼に抱きついた。
「ラークさまぁ......。」
「ミーシャ......。」
2人は暫く抱きしめ合ったが、それはラークが離れたことで終わりを迎えた。
ミーシャはそれに抗議するように問いかける。
「ラークさま、反省していますか?」
「うん。」
「じゃあ、私のお願いを聞いてください。」
「何かな?」
ミーシャはそこでお願いを考え、躊躇いながらも口に出す。
「......キスしてください!」
「......うん。」
ラークはミーシャの額に口付けをする。
「......おでこ......?」
ミーシャは額に手を当て、潤んだ目でラークを見上げ呟いた。
ラークはミーシャの耳元に口を寄せると
「今度一緒に指輪を買いに行こう。」
と囁き、そっとミーシャの唇に自らの唇を重ねた。
2人の唇が離れたとき、ミーシャの頬に涙が伝っていた。
「やくそく、ですよ?」
ラークは可愛い婚約者に向けて微笑むと、力強く頷くのだった。
「すっかり仲直りしたようね。」
暫くして部屋を覗いたミルドレッドはそう呟くと、満足気に頷いた。
彼女の視線の先には、ベッドで仲良く寝息を立てる2人がいたのだった。
最後まで読んでくださりありがとうございます。
今後の予定ですが、現在『灰騎士様と村娘』と題した短編を執筆中です。遅くとも来週中には投稿できる見通しです。
また、気が向いたらアルテ視点での婚約破棄とその後を書くかもしれません。
続きを楽しみにしてくださっている方がおられましたら、気長にお待ちいただけると幸いです。