月涼の記憶
リュートが月涼を居室まで運んで、寝台に寝かせて、外に待機していた藍を呼んだ。
扉を開けて、モジモジしながら入ってきた藍を見てリュートは、驚きながらも笑いをこらえて話した。
「藍?なんだ?その格好は・・・。クククッ。あっいや、それは、置いておこう。倒れこむくらいなのに、なぜ?無理をして移動を促したのだ?」
「それが、神殿内ではとても元気で・・・私に会えた時は、はしゃいでいたぐらいで・・・王后様も居室に移動せよとおしゃったので・・・。」
「待て、藍?神殿内に入ったのか?」
寝台の上で、月涼は、リュートの袖を引っ張った。
「藍を責めないで・・・。」
小さな声で、弱弱しく言う月涼。
「いや、責めていない。早く会いたくて、した行動であろうことくらい分かっておる。」
月涼の手をそっと握りしめるリュート。
「藍、王后陛下に何か言われなかったか?」
「はい。その・・・王后様のもとで鍛えていただけるとか・・・って言われましたが、お断りしました。でも、いずれ自ら来るとも・・・。そんな事、ありえないのに。」
リュートは。その回答に頷き、少し考えた後・・・月涼の頭をポンポンと撫でててから藍に、
「リァンリーの側について、温かい汁物でも飲ませてあげなさい。私は、王后陛下と話をしてくる。」
そう言って、月涼と藍を残して部屋を出た。
王后の部屋に来たリュートは、まず、挨拶をしてから月涼を居室へ移動したと伝えた。
「もうそろそろ、来る頃かっと思っておった。リュートよ・・・。」
「母上・・・。藍をお気に召したとか?」
「うむ。神女でもないのに・・・神殿に入って、発狂もせず平然としておったぞ。あの者・・・フフフ。我とて、陛下との契り前は、頭痛に悩まされた奥の間じゃ・・・。」
王后の話に頷くリュート。
「リァンリーですが神殿内では、かなり元気で話をしていたとか?神殿から出てすぐ倒れるほどになったのは、なぜでしょうか?」
「リァンリーは、あの奥の間で、気を増幅するのが当たり前になって来ておった。それ故、神殿から出た瞬間に、無意識で補い続けた気が、枯渇したかの様に体が反応したのだ。月のものも戻り、これ以上あの奥の間に居続けると神殿から出て生きることが出来なくなるからの。」
「なるほど・・・では、なぜ?記憶が安定せず、眠ると私のことを忘れるのでしょうか?」
「フフフ、それは、リュート・・・お前の責任では、ないか?リァンリーの気の痕跡をたどらせてもらったが古い方術が残って居ったぞ。そんな事が出来たのは、お前しかおらぬであろう?」
リュートが初めて月涼に出会ったのは、月涼が治療の為に、海南国へ来ていた時だった。
ジアン公から治療について、相談されていたリュートの父であるザンビス王は、リュートに月涼の気の流れを見てくるように言い渡していた。この時点で、お見合いも兼ねている様な状態であったが、知らされていないのは月涼だけだった。
ジアン公の別邸で薔薇屋敷と呼ばれている場所がある。そこに月涼と祖母(流華)は、滞在していた。
「お父様、涼麗に見合いは、早すぎます。」
「何を言うておる。皇族や王族の身分で年齢など関係あるまい。それに、涼麗の病も治せると言うておるのだぞ・・・。このまま、待って本当に治らなければ、一生独り身か下賜されるような結婚になるのだぞ!孫があのように早く亡くなっておるのに!!」
「月華は、産褥です・・・。可哀そうなことをしましたが・・・。」
「だが、西蘭の医療が青華国より遅れているのは明白・・・。助かったやも知れぬのだ。今回は、私のいう事を聞くのだ。流華!!」
「ですが・・・。あの子は、奏を慕って居るかと・・・。」
「フンッ!その者のせいであろう!!それに、気持ちなど変わる!」
薔薇園にいる月涼に、目をやりながらジアン公が怒りと悲しみをにじませて言った。
「あの子は、あんなにも美しく育っておる・・・。あの時、引き取れていたら・・・こんな事にならなかったではないか?」
屋敷内のそんな会話を知ることもなく月涼は、薔薇園でリュートと出会った。
「貴方は誰?大お爺様のお友達?」
「私か?我名は、リュート。其方の許嫁だ。」
「ふふふ。冗談言わないで。私は、奏と結婚するのよ。奏がお嫁に来てって言ってるし。それに・・・私が守ってあげないとダメだから。約束してるの。」
「そうか・・・。私が聞いているのと違うな。」
そう言ってリュートは、月涼にそっと近づき頬にチュッと口づけした。
「きゃっ。何するの!!もう!」
リュートは、怒る姿も愛らしく見えた月涼を、今度は、ふわりと抱きかかえて言った。
「必ず迎えに行く。奏とやらを忘れるぐらい其方を愛し、大切に扱おう。」
もがいて下りようとする月涼だが無理だった。
「下ろして、下ろしてったら!!変なこと言わないで。」
抱きかかえたまま、月涼の額に唇を落とすリュート。
「許嫁が他を向いているのは、少し気が気ではないからね・・・。このまま連れ帰ろうか?」
そんな冗談なのか、本気なのか分からない事を言って、月涼を下ろした後、許嫁の証だと額飾りを月涼に着けた。
「要らない!!。だって、結婚しないもの。」
月涼は、頭上に乗せられた額飾りを取り、握りしめるとリュートの胸に突き返した。
「必ず、受け取ってもらう。時が来たら・・・ね。」
そう言って笑みを浮かべるリュートは、薔薇園を後にした。




