青華国神殿
月涼は、目覚めると真っ白なベールが張り巡らされた部屋の中央の寝台で眠っていた。辺りを見回すと床には、水晶がちりばめられ壁も見える所は、全て紫水晶で出来ていた。
そして、目をやると青い衣を身に纏い、額に触れると額飾りがあり、腕にはこの部屋の壁と同じもので作られた紫水晶の腕輪をはめていた。
頭が痛い・・・『ここは?』。この考えの堂々巡りを続けている気がする。自分が誰なのかすら分からない・・・そんな状況の月涼だった。
『どうなっているんだろう?』『いつからここにいるの?』『誰といた?』『えーっと』どんなに考えても記憶が途切れていて何も思い出せない。ぶつぶつ独り言を言っていると。天窓しかない広い部屋に一つだけある扉が開いた。
『気分は?』そう言いながら入ってくる男性に月涼は、少し不安そうに答えた。
「頭が痛くて・・・。」
「そうか。私の顔を覚えているか?」
首を振る月涼。頷く男性は静かに言った。
「其方は、私の許嫁だ。ここへ来るまでに其方の体質を変える術を施した。そのせいで、頭痛がするのだ。この部屋にいれば、頭痛は収まる。体から毒素も抜ける・・・もうしばらくすれば、すっきりしてくるはずだ。」
そう言って、月涼に薬を飲むように杯を渡した。月涼は、手に取った杯をじっと見つめてまた、男性を見返す。
「大丈夫だ・・・飲みなさい。ここに一緒に居る。」
隣に座った男性は、そっと肩を抱き寄せる。そして、促された杯を開ける月涼。
「私は?誰?貴方の許嫁?・・・。名前は・・・。」
「私は、リュートだ。其方の名はリァンリーだ。安心しなさい。」
コクリと頷き。また、リュートを見上げる月涼にリュートは、この部屋の事を語った。
「ここは、私の国の神殿の奥にある部屋だ。本来、王族が婚姻を結ぶ時に連れてきて、身を清めて契りを結ぶ部屋だ。他国の者ならば更に、その国の毒素も出す。」
月涼が驚いて・・ふるふると首を振りまた、リュートの顔を見上げる。今から契りを交わすのかと思ったからだ。そんな月涼を見て、フッと笑って話を続けるリュート。
「婚姻の日ではないが其方は、私の許嫁でありその身にあまりにも多くの毒を抱えている。だから、先にこの部屋で清めをして、体調の回復を促しているのだ。」
その答えに落ち着いて月涼が聞いた。
「そう・・・。私は、貴方と結婚をするの?いつ?」
「体調がもどったらすぐに。其方を迎えに行く前から準備はしていたからな。」
にっこり笑うリュートに訳も分からず・・・頷く月涼だった。
「食事は取れそうか?」
話をしていて、頭痛が収まってきていることに気づいた月涼は、安心して頷いた。
リュートが運んできた食事は、粥の様なものだった。月涼は旅の間ほとんど眠って過ごしたせいで、食事をしていなかったからだ。食事をしている間リュートは、月涼の体の状態を説明した。
「其方の体は、陰陽のバランスが崩れ、その身に入った毒素を排出できなくしている。ここへ来るまでに陰陽のバランスを戻しただけで其方は、気を失った。」
そう、あの時、気を失ったのは、何も迫られたからだけではなかったのである。
この国の王族は、医学に精通しており方術も使う。ジアン公は、青華国王が滞在していた際に、そのことを知っていた為、西蘭国や海南国の医学で、治らない月涼を治してほしいと頼んでいたのだ。だが、月涼の状態を聞いた青華国王は、嫁いだものにしか施せない術が含まれていると感じ、月涼を嫁がせれるので有ればと条件を付けていた。
そして、その際に月涼の相手として、白羽の矢が立ったのがリュートだった。なぜなら、リュートは、子供の頃から王族の中で、最も方術の力が強かったことと、月涼とそんなに年が離れていないこともあったからだ。
月涼は、治療で海南国に来ていた時にリュートと引き合わされているが・・・記憶には、残っていなかった。これは、リュートが誤ってかけた方術のせいだが、本人は気づいていなかった。(月涼があまりに奏の話ばかりするので、いら立ってかけた方術だった。)なので、月涼があの時、知らないと言ったのは本当だったのだ。だが、リュートにしてみれば、自分のせいで忘れているとは知らないので、少し腹が立っていたのは言うまでもない。そして、今である。
『術が強すぎたのだろうか?』体から発する力は、随分回復しているし・・・目の色も変化している。月涼を覗き込みながら思案するリュートは、記憶まで操作した覚えはないんだがと頭を悩ませていた。
そんな、リュートをキョトンとした顔で覗き込む月涼・・・。
天窓から漏れる月あかりでより一層美しく見える月涼に、思わず込みあがるものを抑えきれなくなったリュートは、月涼の頬にそっと手を当てた。
そのままの見つめ合った後、額と額を合わせて囁くように言う。
「この額飾りをずっとつけていてくれ・・・。」
その言葉に月涼がリュートを見返すと・・・リュートの唇が優しく月涼の唇に触れるのだった。
驚いて何もできない月涼だったが、なぜか心地よく受け入れてしまっていた。
天窓から柔らかな月の光と部屋のろうそくがやんわりと揺れる中・・・優しくリュートに抱きしめられその身を預ける月涼だった・・・。




