消えた月涼
月涼が藍たちと引き離されて7日になる。
その間、北光国が西蘭国に陳謝の書簡と共に採掘現場から、出始めた金を最優先で取引することで、折り合いがつきそうだと仁軌に連絡が来た。これで、仁軌は、北光国へ帰ろうと思えば帰れる段階になっていた。仲達も立場は同じで、海南国にいる用事が無くなったのであった。
数日後には、帰国するようにまで言い渡されている。
問題は、藍だ。月涼のそば仕えであり常に帯同していなければならないのに、月涼が帰ってこないのである。
再三、ジアン公に問い合わせるが『待て』の一点張りである。
「仲達さん、仁軌さん、俺・・・藍ちゃんになる!」
「ん!?藍ちゃん?」
仲達は、前回の一件で藍が女装することを知っていたので、納得していたが仁軌は、何が『藍ちゃん」だ?となっていた。
「仁軌、藍は女装が得意だ。月涼の逆だよ・・・。」
「だからか・・・。二人そろうとあの逆転した雰囲気は・・・。」
呆れたように言う仁軌。そして、頷く仲達。
「で、女装して潜入するのか?ジアン公の屋敷に。なかなか難しいぞ。宮中の様に人が多くて紛れてしまえば分からないような場所ではない。大きくても個人宅だ・・・。ジアン公の屋敷長は、かなりの人だと聞く、密偵が紛れ込めるような隙はないな。」
「じゃあどうすれば、俺は、月涼のそば仕えで、月涼がいない西蘭に帰っても仕方ないんだ・・・・」
そういうと藍は、俯いてしまった。
「藍、お前は、正式なそば仕えだ。真っ向からジアン公の屋敷に行って、『私は、そば仕えだから月涼が戻るまで雇ってほしい!』と言うほうが良いんじゃないのか?下手に潜入して、ばれたら罪に問われて強制送還だ。」
仲達が藍をなだめて言った。
「でも、そば仕えって認めてもらえるかな?」
不安そうに言う藍に仁軌が藍の腰元を指して言い始めた。
「そこにあるだろ。お前の腰に下げている・・・月涼が作った玉房結びの房飾りが。それを屋敷長のスルヤさんに見せたら信じるよ。」
それは、そば仕えが決まってすぐに月涼が手作りで作ってくれた房飾りだった。自分にしかできない玉房結びだとも言っていた。色は、藍の色だといって藍色で作り赤い小さな玉もつけてくれた。
この玉は、かなり高価なもので一般的には手に入らないとも聞いた。そして、困った事が有れば、この房を見せろとも言ってくれていたのだ。
「私たちも着いていく。明日の朝、ジアン公の屋敷へ行こう。」
翌日、ジアン公屋敷前まで来ると何やら積み荷の馬車が何台か用意されて出発の準備をしていた。
しかも、祝い用の積み荷の様で、赤い色の物が多い。
それを横目に、訪問の取次ぎをしてもらった。門番は、今日は忙しいから取次ができるか分からないと一言だけ言って奥へ行ってくれた。
「大丈夫かな?」
藍は、不安そうにポツリとつぶやく。
「駄目なら強引に行こう。」
仲達と仁軌が励ましてくれた。すると、奥から子猫が走って出てきた。そして子猫は藍に飛びついた。
「うわっっ!お前、チビじゃないか。そういえば、預けてるって言ってたな。」
子猫を追いかけてスルヤが現れ、藍たちに気づいた。
「どうも、申し訳ございません・・・。あっあなた方は、もしや・・・お嬢様のご友人では?」
3人はそれぞれ、簡単に自己紹介をし要件を伝えた。
「ジアン公に何度か問い合わせて来たのですが、いつも待つようにとの返事だけで困っております。私とこちらの仁軌殿は、帰国せねばなりません。・・・藍は、涼麗様のそば仕えの為、思案しております。」
「そうでしたか・・・。それは、大変でしたね。しかし、お嬢様は、もう国内にはいないかと思われます。この猫もお嬢様のもとへお届けしようと思って、籠に入れようとした時に逃げられてしまって・・・ハハハ。」
スルヤがそう言い。3人は驚きを隠せなかった。
「国内にいない?とは、どういうことですか?」
「お嬢様は、許嫁の青華国に向かっておられるかと思われます。私たちも出立後の連絡でしたので、こうして慌てて必要な荷物を準備している状況でございまして・・・。」
この言葉に3人は、顔を見合わせた。月涼が自分たちに、黙っていくような事をする人ではなかったからだ。特に藍に何も伝えないなどありえない。これは、ほぼ、拉致に近いとさえ思った。
3人が押し黙り思案する中、スルヤは何やら考えた後、藍に問うた。
「藍さんでしたか?何か、お嬢様のそば仕えという証明はございますか?」
藍は、房飾りをスルヤに渡した。
「おーこれは、代々の玉房結び・・・。宜しいでしょう。子猫を預けますので、この積み荷と共にお嬢様のもとへ向かって頂けますか?丁度、猫の世話係に誰かつけねばと思っていたところでしたので。」
にっこり笑いながらスルヤは、言った。
「はい!分かりました。猫の世話係として、積み荷と共に行きます。」
藍の顔がぱぁっと明るくなり元気を取り戻した。これで、月涼の安否も確認できると仲達も仁軌もホッと胸をなでおろした。ちょっと猫の世話係というのが気になるところだが・・・。そこは、文句が言えない。
スルヤに促され、藍は、子猫と共に馬車へ乗り込んだ。
「行ってきます!仲達さん、仁軌さん。ありがとうございました。向こうに着いたらすぐ手紙を送ります!!」
「あー気をつけてな。鳥は使えるな?藍。」
「はい。でも、仲達さん、向こうですぐ使える鳥が見つかるかですが・・・。」
「そうだな。だが、待ってるから。」
これで今回の一件は、とりあえず解決となり、それぞれの残す後処理として仁軌と仲達は、帰国の途に就く。だが二人は、藍や月涼が心配だった。とりわけ藍に関しては、海南国の言葉は、月涼から叩き込まれていたらしく生活に不便でない程度で話せたが、青華国は、全くだったからだ。前途多難は言うまでもなかった。
藍自身は、月涼に会えることの方が先で青華国でのことなど頭には全くと言っていいほど無かった。




