脱線 海南国へ
「此方は、西蘭国には参りません!!海南国へ行きたいのです。」
道中この調子で行きたいところを連呼する斉明・・・。
「お前さ、まず、名前を言えよ。娘さんと呼び続けても良いのか?」
藍は、我ままばかり言いとおす斉明に、あきれながら揺られる馬車の中で言った。
「此方の事は、明明とでも呼びなさい。」
「では、明明、どうして海南とばかり言うのですか?」
月涼が不思議に思い聞いてみた。箱入りで、宮外に出ることもない公女が、なぜこんなに海南国にこだわるのだろうか?理由が知りたくなったのだ。
「海南国の王太子様に会いたいからです。」
「・・・・・・・・・。」
絶句する月涼と藍。
「王太子様ってどこでどうやって会ったんだよ。」
もう、なんでもありだと思いながら藍が聞いてみる。
「この簪の原料で交易をと・・・。宮中にやってこられておりましたの。その時、ビビっと来たのですわ。此方の夫になる方だと!!ですから一人で生きていくと決めましたの。」
はぁ~誰かこの人を連れってくれ~!!と叫びたい気分の藍と月涼。
「明明、仮に海南国へ行ってもだよ、王太子様なんて殿上人にどうやって会うつもりなの?」
月涼があきれながら聞く。
「会えますわ!!!だって此方は・・・。此方は・・・。」
「こ・な・た は、誰ですか?」
藍が聞いた。
くしゃみが出るのを止めるがごとく、黙り込んだかと思うとつぶやくように、斉明が言った。
「だ、だ、大丈夫ですわ。行けば何とかなるのです。」
「月・・・明明、ここで置いて行って良い?」
「だめだよ・・・。少なくとも仲達さんと仁軌さん来るまでは・・・。」
月涼も本気で置き去りにしたい気分だった。
本来なら2日ほどで首都まで、行ける道中を海南国よりの道を使いながら、1週間かける道中にした。
その為、仁軌、仲達に道中に必要な荷も用意してもらい次の宿で、落ち合うことになっている。
「次の休憩まで、あとどれくらい掛かりますの?もう、腰が痛いんですけど。」
文句ばかり言う明明だが、実際こんなぼろい馬車に乗ることもない、公女であるのだから仕方なかった。
「じゃあ、馬にしますか?早いですよ。」
「結構です。馬には乗ったことが・・・。」
うつむいて、しゅんとなって答える明明。
「北光国では、騎馬の趣向が無いのですか?馬球とか?」
西蘭国では、馬球が盛んで年に一度は、大会もあり貴族の子女や商人など裕福な良民でも、早くから始めるくらいだった。その中で育った月涼や藍は、当り前の様に馬に乗りこなせる。
それに皇室主催の馬球があり、後宮の者たちも参加する。歴代皇后は、先陣を切る役目も担う。
斉明の態度で、騎乗できないということから北光国は、何にも調べずにとりあえず斉明を差し出したのが丸わかりであった。
西蘭国の皇后は、後宮をまとめるだけの奥まった仕事だけではない。諸外国との謁見を皇帝の代わりにすることもある為、母国語以外も話せなくてはならず、文化についても学習している。
歴代皇后の中には、公衆浴場やハマムと呼ばれる蒸気浴場なども経営していた。ここ何代かの皇后は、在位期間が短く、現在は、皇帝直轄で管理しているのだが皇室の大事な財源となっていた。皇后は、そのような手腕が問われる地位でもあった。
ちなみに低所得層の民には、無料で開放される公衆浴場が別にありこちらは、皇室ではなく国が公的に補助している。
そんな現状から、斉明がもし東宮妃になれたとしてもかなり、苦労するであろうと月涼は、思えた。
そして、ちょっと同情し始めているのだった。
宿にたどり着き、仲達や仁軌と合流するのを待つ間に、消耗品の調達に出かけた。
ここまでの道中で、藍がお金の種類や使い方を教えていたので、学習も兼ねてである。
ついでに働くことについても教えたが、理解するまでは至らなかった。
・・・というより拒否反応を示したほうが正しいだろう。
何せ、手巾より重いものを持っていない・・・。と本人が言っていたのだ。
この話を聞いて、月涼と藍がゲッソリしたのは言うまでもない。
市に来てすぐ、明明が串にささった飴を珍しそうに見ている。
「さっき教えた通り、買ってみな。明明。」
藍が言うとこくりと頷いて、店主に声をかける斉明。
「おじさんこの飴いくら?ちょっと負けてね。」
横で藍が笑う。
店主が答える前に、負けてっていうのが早すぎたからだ。
「何よ、藍、間違ってないでしょ!!」
剥れながらも早く食べてみたいらしく
「おじさん!」
と何度も言う。店主は、苦笑いしながら、
「ちょっと負けてやるよ嬢ちゃん。」
といって渡してくれた。無事、勘定もでき、斉明は自信満々に言った。
「ちゃんとできましたわ!藍。これで、もう大丈夫でしょ!」
「あのな~今、一回買っただけだろう・・・。」
困ったもんだと藍も月涼も口を揃えた。
その後も、市をうろうろとしつつ消耗品を買いそろえ、宿に戻ろうとしたときだった。
月涼が藍に耳打つ・・・
「藍、つけられてる気がする・・・。」
「月も気づいてたか・・・俺もそう思う。けど、俺たちの事知ってる?様に思えないけどな。」
なら、斉明公女を知っているものか?どっちにしても、この中の誰かをつけてるってことに変わりないな。まだ、合流していないからこの街から動けないのに厄介だな・・・どうするか?
月涼が悩んで、斉明から目を離した隙だった。
前の店で、簪を見て喜んでいたはずの斉明が忽然と姿を消した。
しまった!!後ろに気を取られすぎた。後ろはおとりだ・・・!!




