選秀女と東宮妃 3
痺れを切らした店主が役人を呼んで来いと店子に言い出した。
「払わないなら、役所に引てもらうまでだ!!」
月涼がすっと止めに入った。
「まあまあ。店主さん。事を大きくせずに、私がこの娘さんとお話してみましょう。」
「なんでもいいんだよ。ちゃんと払ってもらえるならな。」
月涼が間に入ったことで少し和らぐ店主。
「娘さん、お金ももたずに家を出てきたんですか?かなり危険な行為かと思いますよ。」
「どうして?」
どうしてって…?そんなことも分からないんだろうか?この場にいる全員が思ったに違いない。
「あのさ、お金がないと何にもできないぞ!今、食べたものにも払わないといけないし、泊まる宿代はどうするんだ?さっき誰かって言ったけど誰がどこから来るのか言ってみな。」
藍がちょっと偉そうに、斉明であろう少女に問うた。
「誰かは、誰かです。いつも・・・。」
やっと自分の立場が見え始めた少女は口ごもった。
『そう!今日から一人で生きるんだったわ!』と思いだした斉明は、藍に言った。
「じゃあ、貴方がお金とやらを此方に渡しなさい。そうすれば、此方は、お金とやらに困りません。」
・・・・・・・・・この場の全員が黙った。
シーンとする店内の中で斉明は、思った・・・何かおかしなことを言ったのかしらと。
呆れたように藍が言う。
「なんで、俺がお前に金をあげなきゃならないんだ。お金は、働いて稼ぐものなんだぞ!そんなことも知らないのか?」
「うっ・・・。」
言葉に詰まる斉明。実は、お金を見たこともないのである。その存在をうっすら知っているぐらいの状態だった。なので、なぜ、払う払わう払わないの問答が起こっているのかもちょっと分かっていなかった。
「とにかく持っていません。」
その一言で切り抜けようとする斉明。
「娘さん、出会った人が悪ければ人攫いに売られて外国に連れていかれますよ。それでも、良いのですか?」
仲達が諭すように言ってるそばで、藍は首をぶんぶん振って頷いている。
「人攫いってなんですの?」
箱入りすぎる・・・。月涼、仲達、藍が思った。いや、この店内全員が思った。
「娘さん貴方のお名前と屋敷を教えてください。そこまでお送りしましょう。この場の我々が立て替えておきます。どうですか?」
顔が引きつりながらも優しく聞く月涼。
「嫌です。宮中には帰りません。帰っても隣国に嫁がされるのですから!!一人で生きていくと決めて出てきたんですのよ!!」
鼻息も荒く意気揚々と話す斉明。瞳は希望に満ちてキラキラしているのだった。
月涼が仲達にこそこそと耳打ちする。
「仲達さん・・・斉明様で間違いないですね・・・ですが、その~未来の皇后様になるかもしれない方でしたよね・・・?」
苦笑いしながらそうだと頷く仲達。
「送り返しますか?この方・・・。」
真面目に聞いてしまう月涼。
仲達もそのほうが良いかもと思いながらも、
「そ、そんなわけ行くまい。いくらこの状態でも。」
「ですよね~・・・。」
「そこの者、何をこそこそと話して居る。早うお金とやらを払っておやり。」
斉明は、先にこの場だけ解決すれば良いと思ったみたいだ。
「だから・・・月が言っただろ、名前と帰る場所って。」
藍がちょっと怒りながら言った。すっかり公女だということを忘れているが・・・まぁ、この状態なら良いかと月涼は止めずに様子を見ていた。仲達も同じだった。
黙り込んで、ふぃっと膨れっ面で他方を見る斉明。
周りにいた客もあきれるやら苦笑するやらである。
「とりあえず、我々も食事に来ましたのでご一緒に食べながらお話しましょうか?」
月涼が譲歩して斉明のいる席に相席の形をとった。
「藍、適当に注文してくれ。厠にいってくる。」
斉明の相手をとりあえず藍に任せ、店主に斉明の代金とこれから注文しても余るくらいの代金を渡した。
「店主、ここでのことは、外であまり話さないでもらえますか?」
「へ、へい。払ってもらったんだから大丈夫ですよ。旦那。」
一旦、外に出て仲達と相談を始めた。
「どうします。梃子でも動きそうにありませんよ。」
「だな、国境だし、あの方に動いてもらうか・・・最近、孫に夢中で出仕をよく休んでいるとか言ってたしな・・・。」
あの後、仲達はよく連絡を取っているらしい。しかもこの街で待ち合わせして飲むこともあるらしい。
「あ、そうですね。あの方がいましたね。北光国ですからね。で、どうやって連絡します。」
「それは、鳥飛ばせば早いな。」
「えっ連れてきてましたっけ?」
「いや。」
「なら言わないで下さいよ・・・。」
ムッとする月涼。苦笑する仲達。
「大丈夫だ。ここに来ているのを報告してるから、向こうからこっそりやってくるはずだ。」
「なる・・・。」
そんな話し合いをしていたらタイミングよく向こうからやって来てくれた。
仲達が慌てないわけだと思う月涼だった。
「ほらな、来たぞ!!あそこで手を振ってこっちに向かって来た。」
「ここら辺にいると思ったよ。ここの飯うまいからな。月涼、久しいな。」
満面の笑みの仁軌が前に立っていた。




