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友達以上恋人未満=親友?  作者: 長谷川るり
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第5話 夏合宿

 一ヶ月近い梅雨の時期が通り過ぎると、そこには まるで去年から待ち構えていたみたいな灼熱のむせ返る様な太陽が主役の季節が巡ってくる。

 晴美達の映画研究部もいよいよ、学祭に向けての撮影が始動し始める。そして、ここ近年恒例になっているロケ合宿という名の二泊の旅行がある。今年は静岡の富士宮市にある朝霧高原のロッジに泊まる。

 機材と20人程の人間と荷物を詰め込んだ車が4台、列を成して朝早くに都内を出発する。車はおおかた役割毎に分かれて相乗りをする。車中も大事な打ち合わせの時間となる。脚本担当の晴美と涼子は、監督役である代表の川口の運転する車に乗る。あとは主役の翔平と相手役の優子、そして演出の田辺という四年生が助手席に座る。

「いや~、今回良く頑張ったよ梅ちゃん。初めて書いたにしちゃあ、良く出来てる。撮るの楽しみだよ」

川口が労う。

「期待の新星でしょ?」

涼子が晴美を売り込む。

「ほんと、ほんと。梅ちゃんいる間は、安泰だなぁ。毎回書いてみない?」

「いや~、もう本当勘弁して下さいよ~。今回だって、涼子先輩の修正のお陰ですよ。それが無かったら、どうなってた事か・・・」

演出の田辺も参加する。

「あとは、翔平の演技力次第ってとこだな」

「めちゃ、プレッシャー掛けますね~」

優子が台本をペラペラっとめくりながら言った。

「翔平君、台詞より表情の演技が多いから、大変そう」

「監督! 何としても良い作品にしたいんで、しごいて下さい!」

翔平が頭を下げると、川口もそれに乗った。

「任しとけぃ!」


 途中パーキングに寄って、名物の富士宮焼きそばを楽しむ一行。自然と翔平は優子と、晴美は涼子と一緒に動く。別の車から下りてくる晃とは、パーキングで下りた時位しか顔を合わさない。合わせても、お互い別の連れがいるから

「よっ!」

とか、

「後でね」

位の会話だ。

決めた時間に車に戻ると、翔平と優子がソフトクリームを食べながらニコニコしている。すると川口が言った。

「傍から見たら 二人、どっから見ても完全にカップルだね。その調子で、自然に恋人役演じ切ってよね」

「知らない間に、ちゃっかり付き合ってたりして」

涼子まで面白がる。そう言われても否定しない二人を、晴美は交互に眺めた。

 車内から見える大きな富士山に、一同がわっと湧き上がる。

「やっぱ、近くで見ると、凄い迫力だね」

「富士山の裾野感、半端ね~」

「どっかで一回車停めて、写真撮りたくない?」

「撮ろう、撮ろう」

皆が盛り上がり 半ば決まりかけた頃、翔平がボソッと言った。

「朝霧高原に着けば、綺麗に撮れるスポットいっぱいありますから」

「そうなの?」

「翔平、詳しいの? この辺」

重たそうに口を開く翔平。

「詳しいって程でもないですけど、昔、こっちの方に住んでたんで」

「えーっ?!」

車の中の翔平以外の五人が一斉に大声を上げた。

「仙台じゃなかったの?」

「あ・・・その前。子供の頃」

「そうだったんだぁ。早く言えよ~、そういう事。分かってたら、色んな事翔平に聞いたのにぃ~」

「いやいや・・・。1年半位しか居なかったから、そう覚えてないし」

隣の優子がニコニコ聞く。

「子供の頃って、いくつ位の時?小学生?それとも、もっと小さい頃?」

「・・・中1」

急に晴美の胸がザワザワし出す。他の皆みたいに色々聞きたい事が次々と浮かんで来るけれど、翔平の顔がどこか曇っているから、晴美はその口をつぐんだ。


 ロッジに荷物を置いて、まずはその近くから撮影がスタートする。演者の数は少ないが、それの裏で動く多くのスタッフが、皆同じ方向に向かい一丸となって進んでいく高揚感に、一年生は緊張と興奮が増していく。

夏の熱い日差しの中に時々吹き渡る高原の風が、皆の汗を気持ちのいいものに変えていく。そして、澄んだ空気に響き渡る 監督の掛け声。

「カット!」

という合図が聞こえた途端に、ふっと表情を緩め合う翔平と優子のツーショットが眩しい。

「翔平、表情が硬いよ~。いつも通りの翔平の感じでやってよ」

首をコキコキ回して、長く息を吐き出してみたり、必死に緊張をほぐそうと試みる翔平だ。それを見て、監督の川口が一旦二人に休憩を与える。その間に別の撮影の準備に入る。木陰に置かれた椅子に座る翔平の肩を揉んで緊張をほぐそうと笑顔で話し掛ける優子だ。

「緊張しちゃうよね~。私だって演技なんてやった事なかったし」

「優子先輩、去年とかは裏方だったんですか?」

「去年の二本目に演者の役もらって、その時が初めて。私なんてもっと酷かったんだからぁ。台詞は飛んじゃうわ、表情は強張るわで、去年の監督散々泣かせたんだから。翔平君なんて、全然上手だよ~」

「俺、こういうツンデレキャラじゃないから、どうやっていいのかわかんないんすよね~」

「難しいよね。自分じゃない別の人格演じるのって」

「それに、台詞は優子先輩にため口だし。なんか、それも慣れないっていうか」

「おっけー。じゃあ、こうしよ」

優子は翔平の後ろから肩に両手を乗せたまま、少し顔を近付けて言った。

「この撮影の間は、お互い恋人同士みたいにため口でいこ! ね?」

そんなやり取りを遠巻きに見付けた川口がカメラマンを小声で呼んだ。

「あれ。あの二人、凄い今自然でいい雰囲気だから、こっそり遠くから撮っといて。見付からない様に」

その指示が、傍に居た晴美の耳にも聞こえてくる。静かに回されたカメラに映る二人を見ながら、晴美は胸の奥がチクッと痛む。

「撮影が早く終わったら、三日目どっか寄る時間あるかな? 密かにそれ、楽しみにしてるんだけど」

優子が話し掛ける。

「じゃ、俺もそれ励みに頑張ろっかな」

「そうしよ! もし帰りにどっか遊びに寄れたら、翔平君案内してね」


 その晩撮影を終えて、ロッジで川口が晴美と涼子を呼ぶ。そして昼間の休憩中の翔平と優子の映像を見せて言った。

「凄く自然で良く撮れてると思わない?」

「はい」

「どうにか編集して、この映像使えないかなと思ってるわけ。でもさ・・・」

台本をめくりながら川口が首を傾げる。

「どこにも、上手くハマんないんだよね。だから、提案なんだけど、ここのストーリーをちょっと変えてもらって、ここに回想シーンとして はめたらどうかな?と思うんだけど・・・」

涼子が自分の台本をその後まで少しめくりながら聞いた。

「で、その後のストーリーはここに戻すんですか・・・? 無理ありますよね?」

「そうなんだよ。だから、ハッピーエンドじゃなくて、上手くいってた二人が駄目になるっていう、根本的なストーリの変更の提案なんだよね・・・」

涼子が少し眉間に皺を寄せた。

「今からですか?・・・この映像使いたい為だけに?」

「そうなんだけどさ・・・。じゃ、両方見てみてよ。どっちの翔平が良いか」

台本通り演技している翔平の映像をチェックすると、涼子は更に腕組みをして渋い顔になる。

「確かに、差は歴然ですけど・・・」

「だろ?」

涼子は、晴美の方へ顔を向けた。

「ここまで苦労して書いてくれたのは梅ちゃんなんで、梅ちゃんさえ良ければ、私はどっちでも」

晴美は目を丸くする。

「私は別に変更するのに異議はありません。ただ・・・変更するのって・・・今晩中・・・ですよね?!」

その問いに、川口がニッと笑った後で両手を合わせて頭を下げた。

「申し訳ない!」

 急な変更に、晴美と涼子が頭を必死でひねる。

「短い時間の中で上手くいってる恋人同士を表現するには、やっぱハグとかキスシーンとか入れちゃう?」

「恋人繋ぎだけじゃ・・・伝わりませんかね?」

「ん・・・ちょっと弱いよね。その後の別れを劇的に表現するには、落差が大きい方がいいんじゃない?」

「・・・わかりました」


 次の朝早く、高原の朝もやの中の恋人同士のシーンの撮影を見ながら、自分の書いた脚本通りに翔平と優子が動く残酷さを味わう晴美だ。

 昼食を摂るレストランで、晴美の隣に晃が座った。

「お疲れ」

「あ・・・お疲れ」

「大変だったね。随分疲れた顔してるけど、平気? 昨日寝れてないの?」

晴美は笑顔で大きな溜め息を吐いた。

「体力もつかな・・・私」

そんな弱音を吐く晴美に、晃が知恵を絞る。

「明日帰りに道の駅に寄るって言ってたから、そん時飲むヨーグルト奢るよ。めちゃくちゃ美味くて有名らしい」

晴美はヨーグルトが好きだ。それを知っている晃なりの励ましだ。晴美は笑顔を絞り出した。

「よしっ! じゃ、また頑張ろ!」

 台本を変更した事で生まれたハグや手を繋ぐシーン。キスシーンは辛うじて、夕日が作る二人の伸びた影法師を重ねる事で回避したが、晴美は複雑な思いだ。炎天下の中での撮影が続く皆の元にOBから差し入れが届く。一旦休憩を挟んで、冷たい飲み物やアイスを火照った体に流し込む。多少クールダウンした皆の顔に、再び生気が戻る。飲み終わったゴミをまとめて一年生が動き出す。段ボール箱二つを抱えようとする晴美の隣に晃が近付いて それに手を伸ばそうとした時、川口が呼び止めた。

「悪い。あっきーはマイクの調整頼む」

「あ・・・はい」

戸惑う晃に、晴美がにこっとした。

「大丈夫だから、行って」

「・・・平気? 他の人に少し・・・」

そう言いかけた所で、翔平が晴美の抱えた段ボールを二つとも持ち上げた。

「あっきー、行けよ。俺、ゴミ捨ててくるから」

唖然としている晃の目の前で、急に手が空っぽになった晴美が翔平に手を差し出した。

「一個は持つよ」

「あ・・・じゃ、この袋だけお願い」

手にぶら下げたビニールのゴミ袋を晴美に手渡すと、二人は車の方へと歩き出す。

「二箱・・・持ちにくくない? 一個、持とうか?」

他の一年生は、もう別のゴミを持って一足先に歩いていた。

「晴美ちゃんも急いでたら、先行っていいよ。俺、出番暫くないからのんびり持ってっとく」

晴美は首を横に振った。

「全然急いでない。大丈夫」

翔平の歩調に合わせながら歩く晴美に、何故か少し懐かしい気持ちが沸き起こる。

「晴美ちゃんて・・・優しいよね」

「え?!」

「付き合ってくれるの?」

「・・・え?!」

晴美の心臓が一瞬止まりそうになる。

「ゴミ、車に置きに行くだけなのに、俺のペースに合わせてくれて。優しいよね」

早とちりした自分を恥ずかしく思いながら、晴美は首をぶんぶんと振った。

「昔ね、子供の時、私もそうしてもらった事あるから」

晴美は、思い出の端っこだけ話したつもりが、思いがけなくキラキラした当時の想いまで蘇ってしまう。

「ランドセル持ち、しててね。じゃんけんで私が負けて五人分のランドセル持って歩いてたんだけど。皆はね、次の電信柱までパーっと行っちゃって、でもその中の一人の子だけが一緒に隣歩いてくれて。凄く嬉しかったの。隣を一緒に歩いてくれるって・・・嬉しいもんだよね」

はにかみながら晴美が隣を向くと、感情が高ぶってしまっていたせいか、隣の翔平が、当時の同級生だった森田翔平に見えてしまう。無意味にドキドキした自分を必死でごまかしながら、晴美は再び前を向いた。

「ごめんね。子供の頃のどうでもいい話」

車にゴミを積んで、手が空っぽになった翔平と晴美は、再び撮影現場に向かう。そこで晴美は、気になっていた事を一つ質問した。

「翔平君、静岡に中学の時一年位住んでたって言ってたけど・・・その前はどこに居たの?」

「・・・神奈川県」

重たそうに口を開く翔平。晴美のドキドキが増す。そして、思い切ってもう一つ質問した。

「神奈川の・・・どこ?」

すると翔平が晴美の方へ顔を向けた。

「なんで?」

「ううん、別に深い意味は無いの」

そう言い訳をして、晴美は笑顔でその場を取り繕う。それ以上答える様子のない翔平に、晴美は質問を変えた。

「・・・小学校卒業して、こっちに越してきたんだ?」

「・・・そうだったかなぁ? もう忘れちゃった」

「他にも色々な所に、引っ越ししたの?」

「いや。その後はずっと仙台」

たかだか五年程前の事。しかもそう沢山引っ越しを繰り返した訳でもないのに、忘れてしまって覚えていないなんて事があるだろうか・・・? そんな素朴な疑問を抱えて 晴美が翔平の横顔を見ていると、突然その顔がこちらを向いた。

「何?」

慌てて晴美は目を逸らしたけれど、聞きたい事が次から次に湧いてくる。しかしさっきから、翔平が珍しく 妙に寄せ付けないオーラを出しているから、晴美は思い切る事が出来ずにいると、翔平の方が聞いてきた。

「今回修正した台本書いたの、晴美ちゃん? それとも涼子先輩?」

「・・・二人で考えたよ」

「晴美ちゃんはさ、正直、どっちのが良かったと思う?」

「・・・・・・」

完全に私情が挟まって答えられない晴美は、苦肉の策で質問返しをする。

「翔平君は、どっちのが良かったの?」

「新しい方が、優子と恋人っぽく絡むシーンが多いから、そりゃ楽しいよ」

“優子”という呼び方に、思わず晴美は翔平の顔から目が離せない。

「安心した? 俺がそう言って」

「・・・あ・・・うん」

「そりゃそうだよ。これで最高に良い作品作るんだって思ってなかったら、出来ないよ」

「・・・そうだね」

晴美は自分の胸の内をこっそり隠す様に、俯いた。


 現場に戻ると、まだぼんやりしていた晴美に晃が近付く。

「さっき、ゴミ重かった? ごめんね」

「ううん。全然」

少し元気のない晴美の隣で、晃がソワソワする。

「明日で最後だからさ。朝、ちょっと早起きして外散歩してみない?」

「・・・え?」

朝靄あさもやが綺麗なんだってさ。せっかくだから見てみたいなぁと思って。だから、付き合ってよ、ちょっとだけ」

「うん。わかった」

「じゃあ、今日は早く寝て、しっかり体休めるんだよ」


 撮影が順調に進み、夕日が西に傾きかけるのを待つ。優子の隣で同じ二年の友達が楽しくお喋りを繰り広げる。偶然傍に居た晴美の耳に、その会話が届く。

「カメラ回ってない所でも、翔平君と息ぴったりやん」

「ははは。そう?」

そう素直に喜ぶ優子だ。

「『優子』とか『翔平』とか呼び合っちゃったりして、いい雰囲気やん。もしかして・・・本当に付き合っちゃったりして・・・」

「それがさ・・・」

急に優子の声のトーンが落ちる。

「前にデート誘ったんだけど、断られちゃったんだよね・・・」

「え?! ジブリ?」

「そう。他の子と約束してたんだって」

「翔平君、彼女いるの?」

「彼女はいないらしいんだけど・・・好きな子かな?」

「まだ分かんないじゃない! その時と今とでは距離も関係も変わっただろうし。あの感じ、脈無しには見えないけど・・・?」


 その晩、疲れているのになかなか寝付けない晴美だ。Tシャツの上にパーカーを羽織って 晴美が外に出てみると、男子棟のロッジの階段に翔平が腰かけていた。

「あ・・・どうしたの?」

晴美が少しだけ近付いて話し掛けた。

「眠れなくて。晴美ちゃんも?」

「うん」

そう返事をして晴美がふふふと笑うと、翔平もはははと笑った。

「寒くない? 半袖で」

晴美が翔平の腕を見ながら言う。すると翔平が笑いながら腕を摩った。

「寒い」

「でしょ~? 何か着てきなよ。風邪引いちゃうよ」

「いいよ」

「どうして?」

翔平が照れ笑いをしながら、晴美の目を見た。

「戻っちゃうでしょ? その間に、晴美ちゃん」

「戻らないよ。今出てきたばっかだし」

「でもいいや。誰か起こしても嫌だし」

「・・・・・・」

「何? 急に黙っちゃって」

翔平が座る階段の下で、少し距離を置きながら晴美が更に後ずさりする。

「一人の時間、邪魔しちゃ悪いかなぁと思って・・・」

「全然いいよ。邪魔してよ、どんどん」

いつもの翔平の軽い口調に戻ると、晴美は呆れた顔をしてみせた。すると、翔平は立ち上がって、少し先のベンチを指差した。

「あっち座ろうか? ここだと、話し声が響くといけないから」

ベンチに座って少し静かにしていると、時々弱く吹く風が木の葉をカサカサと揺らし、鳥や虫の囁く様な鳴き声が二人の心を 日常から解放していった。

「翔平君・・・」

翔平は呼ばれてすぐに晴美の方へ顔を向けた。

「ここに住んでた一年間って・・・良い思い出、ある?」

「・・・・・・」

殆ど月明かり程度の明るさで、翔平の顔は良く見えない。暫く俯いて黙ってしまった翔平に、晴美が声を掛けた。

「ごめんね。言いたくなかったら、無理にいいから」

「俺さ・・・」

月明かりで辛うじて見える翔平は、晴美が今まで見た事もない程 孤独で寂しい表情をしていた。

「中学に入る時にこっち転校して来て、そこで通ってた中学でいじめられてたんだ。当時はもっと・・・大人しくて、言い返したりとか出来なかったから、不登校になっちゃって。で、二年の夏休みに両親が離婚して、それを機に母親と仙台に引っ越したって訳」

相槌も忘れてしまう程、晴美の感情が入り乱れる。再び静寂が訪れると、虫の声が二人の間を繋いだ。

「お父さんは・・・こっちにいるの?」

「両親が別居する為に 母親は俺を連れてここに越して来たから、父親は多分川崎に居るんじゃないかな」

「川崎?」

「そう。元々住んでた所」

「川崎の・・・」

そこまで言い掛けたところで、翔平が遮る様に話し始めた。

「大学入る時、母親が『合格したら父親にお金出してもらう約束になってるから』って言って連絡先教えられたんだけど、俺電話しなかったんだよね。奨学金借りて、自分で返すって言い張った」

「じゃ・・・お父さんとは、全然会ってないの?」

「金だけで繋がってるなんて・・・なんか嫌だよ。それで母親も俺も頭が上がんないのも嫌だったし」

のほほんと生きてきた晴美には、返す言葉が浮かばない。

「大学行ったら金掛かるの分かってたから、特待生になって奨学金返済免除狙って マジ勉強したし」

「しっかりしてるね、翔平君」

「チャラいだけの奴だと思ってたでしょ?」

翔平は晴美の方へ顔を向けて、笑った。それはさっきとはまるで違う、いつも通りの晴美が良く知る翔平だった。

「ねぇ、翔平君」

「何?」

「・・・今度・・・やっぱりジブリ、一緒に行かない?」

勇気を出して言ってみる晴美。すると、翔平の顔がぱあっと明るくなる。

「うん」

少し照れてはにかむ晴美に、翔平がふと疑問をぶつける。

「だけど、どうしたの? 急に」

「・・・ううん。やっぱ、行きたいなぁと思って」

そう言ってふふふと笑ってごまかした。それから二人は他愛もない話を暫くして、

「じゃ、また明日頑張ろうね」

と手を振って、それぞれにロッジに戻って行った。


 次の朝、晴美は皆より一足先に布団から這い出る。昨日した晃との約束があるからだ。洗面所に行くと、そこには既に優子が居て、鏡の前で髪を巻いていた。

「あ・・・おはようございます」

「あら・・・梅ちゃん、早いね。起こしちゃった?」

「いえ・・・」

すっかり着替えも済んで、化粧もバッチリ済ませた優子と鏡越しに会話をする。

「いつも、こんな早く起きて準備してるんですか?」

優子ははははと笑った。

「ううん。今日はね・・・ちょっと翔平と約束してて」

鏡に映った自分の顔が一瞬強張った事に、気付かないで欲しいと願う晴美だ。

「梅ちゃんも、誰かと?」

「・・・散歩してみようかって・・・あっきーと」

「ねぇねぇ、梅ちゃんとあっきーって、やっぱ付き合ってんの?」

「いえいえいえいえ」

「あっきーと凄くお似合いだけどな」

「・・・・・・」

優子が入念に髪のセットをする様子を視界の端に感じながら、晴美は歯を磨く。すると、優子が言った。

「素敵な脚本ありがとね」

「あ、いえ・・・」

「お陰で翔平と凄く仲良くなれた」

『翔平』という呼び方に反応してしまいそうになった晴美は、鏡から消えて 口をすすいだ。冷たい水でバシャバシャッと晴美が顔を洗い終えると、優子は小さい声で言った。

「今朝の約束もね、翔平から誘ってくれたの」


 優子より一足早く晴美がロッジを出ると、男子棟の前に翔平と晃が立っている。

「おはよう・・・」

翔平の視線を傍らに感じながら、晴美は晃の方へ足を進めた。すると、晃が言った。

「翔平も優子先輩と待ち合わせしてんだって」

「あ、うん。優子先輩、もうすぐ来るよ」

そう言って、晴美は一瞬だけ翔平と視線を合わせた。

「昨日は、ゆっくり寝られた?」

晃がにっこり晴美に話し掛ける。

「・・・あんまり。撮影が終わるまで、何となく緊張してるのかも」

二人が歩き出した後ろで、薄っすらと優子の声が聞こえてくる。

「おはよう。ごめんね、待たせて」

その後翔平がどんな相槌を返して、そこからどんな会話が広がったのか、遠ざかる声から窺い知る事は出来ない。しかし、すぐに優子のあはははという軽やかな笑い声だけが晴美の耳に届いた。その声を聞いて、思い出した様に晃が言った。

「優子先輩から誘ったらしいよ」

「・・・え?!」

「さっき、翔平が言ってた」


 昼前に朝霧高原で予定していた撮影が全て終わり、皆晴れて観光気分へと切り替わる。帰りの車の中では、皆疲れて、眠りの谷へと堕ちていく。三列目に座る晴美の隣でも、涼子がすっかり熟睡中だ。すぐ前の列に座る翔平も、腕組みをして首を垂れ 寝ている。その隣に座る優子がさっきからコクリコクリと船を漕ぐ。そして、吸い寄せられる様に 翔平の肩へと寄り掛かるのだった。晴美はそれを視界から外す様に、窓の外へと視線を投げる。すると暫くして、運転手の川口がバックミラー越しに話し掛けてくる。

「梅ちゃん、疲れたでしょ? 寝てっていいよ、気にしないで」

「あ、はい。ありがとうございます。でも・・・大丈夫です」

車中で起きているのは川口と晴美だけだ。そのうち暫くして、川口がのんびりと話し掛けた。

「どうだった? 初めての脚本と撮影」

「大変だったけど、凄く楽しかったです」

「でしょう? やめらんなくなっちゃうでしょ?」

「わかります、それ。癖になるっていうか・・・」

「良かったぁ。映画作りの楽しさを一人でも多くの人に知ってもらえたら、俺嬉しいから」

「先輩、卒業しても顔出して下さいね」

ふふふと笑う川口に、晴美は念押しした。

「絶対ですよ!」


車が都内に戻ってきた時には、もうどっぷり日も暮れて、高速道路にはテールランプの列が出来ていて、まるでそれが蛍の様だ。目を覚ました涼子が、少し眠ったからか一番元気だ。目の前で未だ眠る翔平と優子を、何か言いた気に見つめる。そんな表情を目ざとく見つける川口だ。

「涼子ちゃん、何よ~その顔」

待ってましたとばかりに、涼子はにやりとする。

「もしかして私と梅ちゃん、この二人のキューピット役になっちゃってたりして~って思ってました」

「確かにな~。別れを悲しんで泣く優子ちゃんのシーン、かなり迫真の演技だったもんね」

「そうそう。もはや演技じゃないんじゃないかって位!」

「優子ちゃんの演技力を引き出す、いい脚本だったって事だよ」

川口の冷静な誉め言葉も、涼子の耳には素通りだ。

「カメラが回ってない所でも、お互い名前なんかで呼び合っちゃったりしてさ。夏休み明け、楽しみだね~。冗談抜きで、どうかしたらどうかしてるかもよ。ね?」

最後に晴美の方を見て 同意を求める涼子の顔が、実に嬉しそうだ。だから、それに合わせる様に晴美も笑顔をあてがって、その場をしのぐ。

 その時、晴美の携帯にメッセージが届く。

『駅で降りたら、待ってて。一緒に帰ろう』

晃だ。晴美は『了解』のスタンプを返す。


 車は高速を下りて、近くの駅で止まる。川口の運転する車が一番だ。ここからは皆バラバラになる。川口も、一旦車から降りる。

「皆、三日間お疲れさん。まだ学校で撮るシーンが残ってるから、あともうひと踏ん張り、頼みます。その後、編集して・・・っていう流れだから。又日時連絡します」

六人が口々に

「お疲れ様でした~」

と挨拶をして、荷物を担ぐ。するとすかさず優子が翔平に近付いた。

「翔平、お疲れ様。またね」

「ありがとうございました。優子先輩も疲れただろうから、ゆっくり休んで下さい」

その呼び名に、晴美の耳が反応する。すると、やはり優子も同じ様に反応した。

「優子でいいよ~。私ももう“翔平”で慣れちゃったし」

「いや、撮影一旦終わったし、一応先輩なんで」

「何よ、“一応”ってぇ~」

そう笑う優子の瞳の奥が、寂しそうに映る。しかし、はははと笑いながら優子は、更に続けた。

「渋谷方面だよね? 電車。一緒に帰らない?」

「あ・・・すいません。寄る所あって」

「これから?」

そう言ったものの、優子はにっこり微笑んで引き下がった。しかし駅の中に消えていく後ろ姿が妙に切なげで、晴美はちらっと翔平を見た。携帯をいじっている翔平は、きっと優子の後ろ姿を見ていない。そんな事をぼんやり考えている傍らでは、川口と田辺が今後の打ち合わせをしている。ポケットの中で震える携帯を晴美が取り出すと、そこにはすぐ傍にいる翔平からのメッセージがあった。

『これから飯でも食いに行かない?』

晴美が再び翔平に視線を投げるが、依然携帯を見ているままだ。一年生だけが残ったその場に川口がふと気が付いて、声を掛けた。

「俺らの事 気にしないで、帰っていいよ。もう解散だから」

その後に、川口はにこっと笑って付け足した。

「あ! 梅ちゃんは、あっきーと待ち合わせかな?」

「あ・・・」

『はい』とも『いいえ』とも取れない返事をした晴美が その場にソワソワしていると、そこに車が一台到着した。そして中から下りてきた仲間の中に、晃がいる。

「ごめん。待った?」

「あ・・・ううん。私達もついさっき着いたところだから」

晃は同乗していた仲間に挨拶をして、荷物を担いだ。

「飯、食って帰る?」

「あ・・・」

晴美が翔平の方を見たのと同時に、翔平が皆に声を掛けた。

「お疲れ様でした~。お先、失礼します」

その場に居た皆に『翔平、お疲れさん』と声を掛けられ、駅の方へ消えていった。晴美は慌ててメッセージを返す。

『ごめんね。せっかく誘ってくれたのに。あっきーに一緒に帰ろうって言われてたから。また今度誘ってね』

少し言い訳じみている気もしたが、晴美はそのまま送信する。そして携帯をポケットにしまって、晃に言った。

「帰ろっか」

しかしそれ以降、翔平から晴美にメッセージが来る事はなかった。



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