第2話 ヒロイン
キャンパス内の緑の木々の隙間を爽やかな風が心地よく通り抜ける季節だ。午前中の授業が終わると、晃が晴美に聞いた。
「学食行く? それとも買ってって、外で食べる?」
「外行こ。今日お天気良かったし、気持ち良さそう」
そして晴美が隣の翔平にも声を掛けた。
「翔平君も一緒に行かない? お昼」
翔平が返事をしかけた所で、後ろの方の席から数名の女子達が明るい声を飛ばす。
「翔平! ねぇねぇ、ちょっと来て」
「何だよ~」
そう言いながら席を離れた翔平の後ろ姿を晴美が名残惜しそうに眺めると、晃が立ち上がった。
「さ! お昼行こ」
「翔平君、どうするんだろ・・・」
「呼ばれてあっち行ったんだから、俺らとは行かねえって事だろ?」
「そう?・・・もうちょっと待ってみようよ」
「・・・・・・」
女子三人の席の傍で、机に寄り掛かりながらあははははと楽しそうな笑い声を上げている翔平が、少しして晴美の方へ振り返った。
「悪い! また今度」
晴美の隣で、晃が小さく呟いた。
「ほ~らね」
昼を食べながら春の風に髪をなびかせる晴美の表情を見て、晃が言った。
「今日、バイト?」
「ううん。あっきーは?」
「俺もなし。ね、今日図書館行ってみない?」
晴美の顔は、急に花が咲いた様に一瞬で明るくなる。
嬉しくて足取り軽く校舎に戻る晴美を、廊下で翔平が後ろから声を掛ける。
「さっきはごめんね。せっかく誘ってくれたのに」
振り返って翔平の顔を見た途端、さっき断られた寂しさを思い出す晴美だ。
「ううん。また今度ね」
「次の授業は?」
晴美が教室を指差すと、翔平がにこっとした。
「俺も」
隣同士に並んで座ると、翔平が聞いた。
「あっきーと別なんて珍しいね。彼は、この授業取ってないんだ?」
「ううん。今トイレ行ってる。もうすぐ来るんじゃないかなぁ」
晴美が入り口の方を眺めると、その晴美を探している晃と目が合う。
「あ、来た来た」
晴美が手を振ると、大きな歩幅で近付いてくる晃。その様子を見て、翔平が質問する。
「別々に取ってる授業って無いの? 全部一緒?」
晴美と晃が顔を見合わす。
「そんな事ないよ。別々のもある。ね?」
「へぇ~」
笑顔の少ない晃を見て、晴美は翔平に言った。
「ねぇ、今日もし時間あったらさ、一緒に図書館行かない?」
さっきから黙ってリュックから筆記具を出していた晃が、その会話を聞きつけて晴美の方へ顔を向け、二人のやり取りをじっと見つめる。
「図書館?! 何? 勉強でもしに行くの?」
「ううん。ここの図書館ね、本がすっごく沢山あるらしいの」
そんな当たり前の説明に、晃が隣でくすっと失笑した事にも気付かず、晴美は先日見た小学校の卒業アルバムの図書委員の写真を思い出しながら話す。
「翔平君は、本とか・・・読む?」
「本かぁ。あんま読まないなぁ」
反応の薄い翔平に、晴美は追加の情報を後付けする。
「本だけじゃなくて映画とかDVDも見放題だって。あっきーはそれ目当てで行くんだけどね」
「今日バイトだからさ、また今度誘ってよ。DVDなら興味あるし」
そう言いながら、翔平は携帯をポケットから取り出して何か操作し始める。
「翔平君って、何のバイトしてるの?」
「え? あ・・・居酒屋」
手元を動かしながら、一瞬上の空になった翔平が辛うじて晴美の質問に答えた後、再び視線を携帯に落としてくすっと笑った。
「・・・何? 何かおかしい?」
そう聞いた晴美の声が翔平の耳に届く前に、翔平は後ろを振り返って後方に座る女子達に声を上げた。
「この距離でラインすんなって。こっち来て言えよ」
笑いながらそう言う翔平に対し、女子達も応戦だ。
「翔平の奢り、決まりだからね~」
「え~?! マジで? ずるくね?」
意味の分からない会話がやり取りされるのを隣に聞きながら、晴美は翔平の方へ向いていた体を正面に戻した。
図書館に寄った帰り、晃が晴美に聞いた。
「図書館行けて、満足した?」
「・・・うん。ありがと」
「借りなくて良かったの?」
「うん。また、行くし」
晃が晴美の横顔を少し伺いながら聞いた。
「また翔平誘うつもり?」
その質問に、晴美の足が一瞬遅くなる。
「・・・なんで?」
「・・・多分、翔平、図書館興味無さそうだったよ」
「DVDなら観たいって言ってたじゃん」
再び晴美の足が速くなる。
「本読むわけじゃないなら、一緒に行く事なくない?」
「それ言ったら、あっきーだって同じでしょ?」
「俺は隣で梅ちゃんが本読んでても気にならないし・・・それにさ、図書館って、大勢でぞろぞろ行く場所じゃなくない?」
「大勢なんかじゃないじゃん。二人か三人でしょ?」
少し口が尖っている早足の晴美に、晃が歩調を合わせる。
「梅ちゃんが行きたい時はさ、俺が一緒に行くから。それで良くない?」
「はいはい。ありがと」
映画研究部の毎年恒例の親睦行事である春のバーベキューが、奥多摩の河原で行われる。今日は汗ばむ位の陽気だ。代表の川口が車から荷物を下ろしながら言った。
「じゃあ、テントは野田と山辺に任せるとして。とりあえず他の男で火起こししますか。女子は材料の準備お願いしや~す」
十数名の部員達が 何となく振り分けられたそれぞれの持ち場に移動して、青空の元 作業が進む。テントも張られ、炭にも火が付いて、肉も野菜も準備が整い始めた頃、河原の方でバシャーンと音がする。見るとそこには、Gパンのまま水に浸かった翔平が笑っている。どうやら四年生の尾崎に落とされたらしい。
「翔平~、まだ早いだろ~」
皆の笑い声と共に、川口が言う。
「尾崎先輩、ひどいっすよ!」
尾崎は悪戯な笑みを弾けさせた。
「翔平が自分から入ったんだろう?」
「勘弁して下さいよ~」
水から上がってきた翔平を一年生以外の部員が拍手で迎えた。
「大丈夫?」
そう言ってすかさず二年生の女子部員 花岡優子が翔平にタオルを手渡した。
「翔平、お疲れ。これも毎年恒例だから」
川口がそう打ち明けると、一年生は皆顔を見合わせて我が身の無事に安堵する。そんな中四年の野田が更に大きな拍手をした。
「翔平、おめでとう!」
タオルで雑に拭きながら翔平がやる気無さそうに、ガッツポーズをして皆を沸かせた。それに続いて野田が言った。
「選ばれし一人だからな」
「光栄っす」
嫌味っぽく返事を返す翔平だ。そこに一年の澤井若菜が質問した。
「これって誰が選んでるんですか?」
四年生が顔を見合わせた後、川口が口を開く。
「二年から四年までの部員全員で話し合って決めてる」
「え~?! そこまでしてるんですか?」
「何でかと言うと・・・」
二年生以上の部員はくすくす笑っている一方で、一年生の顔は川口に釘付けだ。
「川に落とされた人は、その年の学祭映画の主役だから」
「えーーーーっ?!」
当然タオルで拭いていた手も止まり、ありったけの声で叫ぶ翔平だ。それを見て、川口が皆の音頭を取る様に言った。
「あらためて、翔平、おめでとう!」
「よっ! 色男!」
「今年の映研の運命はお前にかかってるぞ!」
好き勝手言う先輩達に翔平が必死に反論する。
「俺、無理っすよ~」
「大丈夫、大丈夫」
「んな、無責任なっ」
「お前にも出来そうなストーリー考えるから」
「完全罰ゲームっすよ。俺、辞めちゃおうかなぁ」
川口が強引に翔平の肩を組む。
「そんな寂しい事言うなってぇ。多数決でお前 圧勝だったんだから」
「皆、ひどいっす・・・」
肩を落とす翔平をよそに、飲み物が配られ乾杯が済むと、さっきタオルを渡した優子が翔平の肩をポンと叩いた。
「頑張ろう。ね?」
「優子先輩は誰に入れたんすか?」
少しすねた顔で翔平が聞くと、優子が目を細めて笑った。
「翔平君」
「マジっすかぁ」
再び大きな溜め息を吐く翔平に、優子が笑顔を向けた。
「協力するからさ。ね? いい作品作ろ?」
その時、尾崎が翔平を呼ぶ。
「翔平、パンツまで濡れただろ?」
「濡れてますよ!」
「だろ? 海パンあるから、テントん中で着替えといで」
着替えを終えた翔平のGパンと下着がテントの上で干されている様子に、翔平がブツブツ言いながら晃の近くに寄ってくる。
「完全罰ゲームでしょ・・・」
「映研の洗礼ってやつかね?」
「テントの屋根でパンツ干されて、その上映画の主役って・・・。踏んだり蹴ったりだよ・・・」
いつも元気な翔平がへこんでいる様子に、晃が鉄板の上の肉を山の様に翔平の皿に乗せた。
「もう、食え食え。今日は思いっきり食おう! 俺の分も食っていいから」
やけ気味に肉を頬張り続ける翔平だ。皆のお腹がそろそろいっぱいになってきた辺りで、川口が声を上げた。
「学祭の作品の方向性を決めたいんだけど・・・」
ひたすら黙々と食べ続ける翔平を皆がチラチラっと見る。
「アクションとか、学園もの、恋愛もんにコメディとか・・・。どんな映画にしたら、翔平の魅力を存分に引き出せるか考えて決めたいと思うんだけど」
すると次々と意見が飛び出す。
「やっぱ恋愛もんでしょ」
「あとは、ヒーローもんとか?」
“ヒーローもん”と聞いて悪戯な想像が勝手に暴れ出し、話が脱線しかける。
「シリアス系なんかも、意外で面白いかも」
「でも学祭なら、もっと軽い方が良くない?」
「じゃ、ホラーか、学園ものか・・・スクールラブ系?」
「アクションは撮影が大変だろうしね」
皆から意見が出揃った頃合いで、川口が仕切りを入れる。
「翔平はどれがいい?」
翔平は口にいっぱい入ったまま答える。
「どれでもいいっす。こうなったら何でもやりますよ」
「おっ! 腹決めたか? それでこそ男だ!」
「さすが翔平! 男前」
ヨイショする四年生だ。
全員で多数決を取ると、恋愛ものに決まる。
「じゃ、今年は翔平主演のスクールラブ系映画に決定しま~す」
拍手が沸き起こったところで、翔平が皿を置いて口を拭きながら声を上げた。
「じゃ、俺が相手役指名していいっすか?」
四年生が顔を見合わせる。
「おっけ。じゃ、今年はキャスト先行型で作ろう」
誰?誰?と言った雰囲気で少しざわつく。晃が晴美の顔を見ると、強張った表情を浮かべているから、すかさず手を挙げた。
「これって、指名された人で即決定ですか?」
「ま、一応本人がOKすればね」
すると翔平がまた大きな声を出す。
「俺は強制的に決まりだったのに、相手役は承諾しないとダメなんて不公平じゃないっすかぁ!」
「そりゃそうだよ。毎年一年生一人は強制的に決まりってのが、映研の伝統だから」
女子達がざわつき始める中、川口が声を発する。
「分かった。じゃ、まず女子の中から立候補取ろう」
部員の群れの中で『やれば?』等きゃっきゃ盛り上がる声だけが続くが、誰も手を挙げる者はいない。そして、いよいよ翔平が指名する番が来る。辺り一面に、ロシアンルーレットの様な緊張感が走る。
「じゃ・・・発表します」
挙げていた右手を下ろして、翔平は優子の前で手を差し出して頭を下げた。
「優子先輩、お願いします!」
「え・・・私?」
戸惑う本人。安心した顔つきの四年生達。その成り行きを見守る他の部員達。その中に、どこか寂し気な横顔の晴美を見付けて、晃はそっと距離を縮めた。
「どう? 優子ちゃん」
川口が問う。
「え・・・これ・・・本当に?」
戸惑っている優子に、翔平が顔を上げて言った。
「さっき『協力するから、いい作品作ろ』って言ってくれましたよね?」
「言ったけど・・・」
「一緒にやりましょうよ!・・・やって下さい!」
語尾を変えて、翔平はもう一度頭を下げた。
「じゃ・・・はい」
迷った末に優子は、手を差し出して翔平と握手を交わした。その途端拍手と口笛が鳴り響く。無表情の晴美に、晃がそっと声を掛けた。
「良かったね」
「え?」
「梅ちゃんになんなくて」
「あ・・・そうだね。ほんと」
晴美は手に持って忘れかけていたぬるくなったジュースを一口、慌てて喉に流し込んだ。
「じゃ、もうこのまま脚本も決めたいと思いま~す」
突然の川口の提案に、思わずむせそうになる晴美だ。
「書いてみたい人いる?」
当然手は挙がらない。晃が晴美にこそっと耳打ちする。
「梅ちゃん推薦してあげようか?」
「ばか!」
晴美は晃の腕をペシッ叩いた。
「去年は涼子ちゃんが書いてくれたんだけど・・・又やる?」
「え~?!」
川口の打診に、三年の元木涼子が少し不満げだ。
「じゃ、誰か推薦ない?」
そう言われ、晃がふざけて挙げようとするその肘を、晴美がつねって止めた。
「痛っ!」
「しっ!」
そんなやり取りをする二人が、川口の目に留まる。
「梅ちゃん、どう? やってみない?」
「へっ?!」
突拍子もない声が出た事にテンパる晴美の横で、晃がくっくっくっと笑っている。
「書いた事もないから、ごめんなさい。できません」
そう晴美が断ると、涼子が声を上げる。
「大丈夫、大丈夫。私だって書いた事ないのにやったんだから。何とかなるもんよ」
「いえいえ・・・。学祭の脚本なんて、初めてやるのに荷が重すぎます」
「じゃあさ、涼子ちゃんと梅ちゃん二人で書いてよ。ね? それでどう?」
涼子と晴美が目を合わす。そして涼子が手を挙げた。
「は~い。じゃ、引き受けま~す!」
「え・・・」
そう漏れた晴美の声など、涼子の所まで届かない。隣で晃が耳打ちをする。
「おめでとう」
晴美は晃をキッと睨んで言った。
「あっきーのせいだからね。一個貸しだからね!」
川の水はまだ冷たい。汗ばむ程の気温でも、川に浸けた足はかなり冷える。
「翔平君、さっきのかなり冷たかっただろうねぇ」
今となっては、海パンに上半身裸で 開き直った様に人一倍水と戯れて遊んでいる。
「優子先輩。俺ら恋人役ですから、今から役作りの為に距離縮めときましょうよ」
翔平はそう言って、優子の腕を引っ張って水の中へ誘い出す。
「待って待って待って待って・・・」
そう言う優子も笑顔だ。二人できゃっきゃ言いながらじゃれている様子を遠巻きに見ている晴美に、後ろから涼子が肩に手を乗せた。
「今のうちに、あの二人の様子をよ~く見といて、イメージ膨らましといた方がいいよ」
「あ・・・はい」
涼子が更に顔を寄せて言った。
「結構、お似合いだよねぇ。ああやって見ると」
「・・・・・・」
「ま、美男美女は何でも様になりますからねぇ」
「そうですね・・・」
「ねぇねぇ、どうする? 片思い系? それともカップルっていう設定にする?」
晴美はハッとする。自分の書いた通りに二人が動くのだ。言い換えれば、自分が見たくないシーンは書かなければいい。
「片思い系の方が、良くないですか?」
ふんふんと二人を見ながら頷く涼子。
「どっちがどっちに?」
「・・・涼子先輩が、翔平君に・・・かな?」
『かな?』を語尾に付けた辺り、自分の独断と偏見をごまかそうとしている証だと晴美は思う。しかし、幸い涼子には、その下心は読まれてはいない。
「なるほど~」
そう言って、涼子が一旦目を瞑ると、パチンと指を鳴らした。
「幼馴染の男子に、ずっと片思いしてる女の子のお話。結末は? ハッピーエンド? それともフラれちゃう系?」
「・・・フラれる系・・・かな?」
晴美が涼子の判断を待つ。
「でもさぁ、翔平君のツンデレ具合もお客さんは見たいんじゃない?」
「はぁ・・・」
「いかにもな甘~い台詞言わせるとか?」
「・・・・・・」
「世の女子達は、こういう綺麗な顔の男子のベタな台詞、聞きたいんだよね~」
「そういう・・・もんですかぁ」
「だって、想像してごらん? あの顔で『好きだよ』とか『俺が守ってやる』って言われたら どうよ?」
涼子が覗き込む晴美の頬が、少し色づく手前で首を大袈裟に傾げた。
「私、ああいうチャラい系、好みじゃないんで」
涼子がはははと笑った。
「確かに『皆にも同じ事言ってるんでしょ?』って思われちゃうよね。それってイケメンの性かね・・・」
視線の先では、優子をはじめ複数の女の子達と戯れる翔平の姿が動く。
「ま、とにかくさ、2、30分の話にまとめなきゃなんないから、簡単なストーリー、連休明け位までに頼むね。そっから一緒に練り上げて、夏に撮影合宿あるから」
一日遊び疲れた体を車内に乗せて、朝来た道を都内に向けて車は進む。ワンボックスカーの中でも、翔平と優子は隣同士だ。その後列に晴美と涼子と晃が座る。翔平が晴美を振り返って言った。
「はるみ~ん。良い脚本頼むよ~。今年一番の感動ラブストーリー目指してるから」
目をまんまるにしている晴美に、涼子が笑いながら言った。
「随分なプレッシャー掛けられたねぇ」
すると追い打ちをかける様に、翔平が振り返る。
「演出上必要なら、俺ラブシーンもOKだから」
決め顔の翔平の頭を、隣に座る1年の佐保田が後ろからはたく。
「痛っ!」
「ラブシーンに乗り気になってどうすんだよ!」
「恋愛もんにラブシーンは付きもんでしょ」
そして翔平が優子の方へ顔を向けた。
「ね? 俺ら、いい映画撮る為だったら、どんなシーンもやる覚悟できてますよね?」
笑顔を崩さない優子だが、明らかに戸惑っているのが分かる。そしてあえて翔平が優子の手を握った。
「今日一日で、だいぶ恋人同士っぽくなれたと思うんで。あと何回かデートしたら、もう完璧だと思います」
すると、後ろから涼子が言った。
「優子ちゃん 彼氏いるんだから、あんまり誤解招く様な事、ダメだよ~、翔平!」
「え~? 彼氏、居るんすかぁ~?」
「あんた、失礼でしょう。そりゃ、居たっておかしくないでしょう?」
涼子は続けた。
「ね? 優子ちゃん。同じ学部の同級生の彼氏、居たよね?」
皆の視線が優子に集まる。
「・・・別れちゃいました」
「よっしゃー!」
「ばか! お前、『よっしゃー!』は失礼だから」
佐保田が翔平を突っ込む。
「わかった! 失恋した優子を俺が優しく慰める内に二人は恋に堕ちていく・・・的なストーリー、どう?」
翔平が晴美を振り返るから、晴美は涼子へ顔を向け 助けを求めた。
「ま、参考にしとくよ。楽しみにしといて」
車を降りて電車で晴美が晃と二人になる。
「脚本、涼子先輩と一緒で、とりあえず良かったね」
「何が良かったのよ~。完全にあっきーのせいだからね。新歓の時に川口先輩に変な事言ったりするから、こんな事になっちゃったんだからぁ」
「ごめん、ごめん。今度焼肉奢るから、勘弁してよ」
「食べ物で買収される感じ、嫌だなぁ~」
「じゃあ・・・誕生日プレゼント、奮発するから」
「ここで『うん』って言ったら、何かある度に物で解決されそうだしなぁ」
「まぁまぁ、ご機嫌直してよぉ」
そう言って、晃が晴美の後ろから両肩に手を乗せて機嫌を取る。大体その終わり方はうやむやだ。
「あれさぁ・・・」
「あれ?」
晃が代名詞の意味するところを探ろうと、晴美の横顔を見る。少し言いにくそうに見える。
「あの相手役ってさぁ・・・」
晃は黙って続きを待つ。
「どういう基準で、選んだのかなぁ・・・?」
「・・・さぁ?」
首を傾げる晃が、晴美には物足りない。
「優子先輩、可愛いからかなぁ・・・?」
「・・・どうかなぁ?」
「それともさぁ、翔平君の“好きです”アピール?」
「・・・・・・さぁ」
晃は答えに慎重になる。
「もしあっきーが相手役指名するとしたらさ、どういう基準で選ぶ?」
「俺と翔平はタイプ違うから・・・」
「男子目線でさ。どう?」
晃は暫くの間考えて、ようやく顔を上げて言った。
「同じ一年生よりは色々知ってる先輩とやる方が何かと安心だし・・・そういう事じゃない?」
「え~? それだけ?」
「・・・まぁあとは・・・、多少話した事ある人のがいいよね」
「ふ~ん・・・」
納得のいかない顔をする晴美に、晃が顔を向けた。
「翔平と優子先輩、何だかんだ話したりしてたし・・・多少気心知れた仲なんだよ、きっと」
「へぇ~、そんなに話してるんだ? あの二人」
不穏な空気を察して、晃が言い方を修正する。
「そんなにって程でもないけど、二年の先輩の中ではって事」
「お互い、まんざらでもなさそうだったし・・・」
晃が慌てて晴美の方を見る。
「もし俺が相手役選ぶなら、絶対梅ちゃん指名してた」
「え?!」
「そんなびっくりしなくてもいいでしょ?」
晴美は暫く晃の顔をじーっと眺めてから、言った。
「そっか! 知ってる相手のが安心だからって意味か。まぁ確かに私もあっきーとだったら、なんか安心だもんね」