憧れる理由
「そういえば恭珠ってなんで狼に憧れてるの?」
シャルさんの何気ない言葉に少し迷う。確かに、なんでだろう?
「えー、とりあえずかっこよくないですか?あの毛並みに堂々とした大きな体、威厳すらありますよ。それに性格的にも絶対イケメンとかいう類ですよ?憧れない理由はないですよね!?」
「性格はそれぞれな気がするけど…確かにかっこいいよね」
シャルさんが意外にも同意してくれた。めんどくさいとか言って聞き流しそうなのに…
少し嬉しかったので私はさらに続ける。
「それに比べて私はなんなんですか?ポメラニアンなんてちっちゃくて騒がしい小型犬ですよ!?一応同じ括りの中にいるはずなのにこの差はなんなんですか!!」
シャルさんは苦笑いをしている。私がこんなにまくし立てることなんてなかったから驚いてもいるんだと思う。
でも事実だから仕方がないだろう。
「まあ、私もその気持ちは分からないでもないけどねー」
「え、シャルさんがですか!?」
てっきりフォローとか否定が返ってくると思っていたので予想外すぎて驚く。シャルさんでもそんなこと思うんだ…
「おおー意外そうだね。私の場合は獅子とかよりは竜とか鳥だねー」
竜とか鳥…全然違うものに思えるんですが?
「となると…キュラスさんとかですか?」
「そう!だって飛べるから移動楽じゃん!!それに鳥は目がいいらしいから超上空から偵察とかできるし、竜は爪とか牙鋭いからそのままでも十分強いじゃん!!」
あれもこれもと言い募っていくシャルさんはいつもより幼く見えて可愛い。どこか拗ねているみたいだ。なんかだんだん面白くなってきちゃった。
「それでね!キュラスに羨ましいねーって言ったことあったの!!そしたらなんて返ってきた思う!?」
「え、キュラスさんですか…」
「そう!『そんなの考えるだけ無駄でしょ』だって!!酷くない!?なんか諭されてるみたいでさすがにイラッときたよ」
シャルさんはその時のことを思い出したのか顔をしかめている。いつも楽しそうにしているシャルさんにしては珍しい表情だ。
「多分あの時眠かったんだろうけどさ!さすがにその言い分は酷くない?」
「眠そうだったのに話したんですか?」
「何気なく世間話する程度のつもりで話したからさー。確かにキュラスは眠いと素っ気なくなるし、口数減るし、その後すぐ追い出されたけどさあ!!」
キュラスさん眠いとそんな風になるんだ…意外な一面だな。その状態で話してたシャルさんもすごいけど、追い出されたってどういうこと?
「でもさすがに言葉が足りなすぎて、は?ってなったの!!なるでしょ普通!!さすがにあの時ばかりは喧嘩になりそうだったわ…」
「た、確かになりますね…」
ごめんなさいシャルさん…なんか面白いです。なんか喧嘩しててもキュラスさんがすごい素っ気なさそうだし、様子が想像できるというか。
「そしたらキュラスがさー『私にとったら猫とか犬が羨ましいけど?』って言ったの。意外じゃない?そんなこと考えなさそうだし、猫とか犬だよ?私たちからしたら理解できなくない?」
「猫とか犬ですか…私たちからすれば竜の方がいいような気がしますけどね…」
だよねーとこぼすシャルさんは窓の外に目を向けて頬杖をつく。その視線には何かがある訳ではなく、どこか定まらず遠くを見つめていた。そもそもどこかを見ていたわけではなさそうだった。
「『竜は大きすぎて隠密行動に向かないし、軽率に姿変えられないし、爪とか牙は鋭すぎて気をつけないと色々壊しちゃうし、子供に怖がられる』」
「キュラスさんがそう言ったんですか?」
「そうそう…『だからそこら辺が向いてる犬とか猫が羨ましい』らしいよー」
私たちには分からない竜なりの…大きな体の獣人特有の悩みだ。ああ見えてだいぶ大変なんだなーと他人事のように思った。まあ、実際他人事だ。
「その後すぐ眠いからって追い出されたからわかんないけど、種族なんて変えられないんだからそんなこと悩んでも仕方ない…そういう意味だったんだろうね。さすがに言葉足らずすぎてわかんないっての」
シャルさんはまだ不満げだ。
私の中にその言葉はストンと落ち着いた。人に向き不向きがあるように種族にも向き不向きがある。それを遠回しに教えてくれた、そういうことだろう。
最初からそういえばいいのに…とは思ったけど多分ここまで納得は出来なかった。わざわざ話してくれたことにシャルさんの細かな気遣いが感じられる。
やっぱりこの人は優しいのだ。どこまでも…
「そうですね。確かにそれじゃ理解できませんよ。ちゃんと言葉にしてくれればこんなに悩まずには済みましたけどねー」
少し笑いながら言えばシャルさんが一瞬こちらに視線を向けてまた窓の外に視線を向けた。口元には少しだけ笑みが浮かんでいる。
きっとこれだけで私に意図が伝わったことを理解してくれると思ったけど、正解だったみたいだ。
シャルさんが見つめる先には悠々と空をかける紫の竜の姿があった。