パパと娘の仲直り
練習がてら、短編をいくつか投稿しています。
改善点などいただけると幸いです。
朝の職員室。
私は一人娘の写真を眺めていた。
もうすぐ5歳になる『奏』。
この子の笑顔のために、今日も仕事頑張るぞ!
今日の英語の授業の準備を進める。
「おはようございます。『丸井』先生」
「ああ、おはようございます! 『新谷』先生」
私の隣のデスクに座るのは若手の新谷先生。
「見てくださいよ新谷先生! 家の娘が……」
「はあ、またですか?」
私は新谷先生に娘の自慢をすることが日課になっている。
もう、娘の可愛さを誰かに伝えたくてしょうがない。
新谷先生は多分聞いてて退屈なんだろうけど、それでも私は聞いて欲しいのだ。
「新谷先生も、子供が出来れば分かりますよ」
「俺もそろそろ結婚したいんですけどね……」
『出会いがなあ……』と、新谷先生は愚痴をこぼす。この職場では、出会いを求めるのは難しいのかもしれない。大学生の時に恋人を作っておいて正解だったと私は思う。
——今日はとても喜ばしい日だ!
奏の誕生日!
我が娘が5歳になるのだ!
これはもう、国を挙げて祝福しても大袈裟ではないだろう!
「いつにも増して上機嫌ですね。丸井先生」
新谷先生がいつも通り隣のデスクに腰をかける。
「新谷先生! 今日は娘の誕生日なんですよ!」
「なるほど、それは納得です」
「いやー、早く家に帰りたいです!」
「そうですね」
おっと、いかんいかん。
今は生徒の事に集中せねば。
仕事が終われば奏の可愛い笑顔が見られる。それだけで、私はどんな事も頑張れる気がした。
——急いで帰らなくてはならない。
急用が出来て、学校の仕事が長引いてしまった。
奏が寝るまでには帰らないと。
時間が無い。私はタクシーを捕まえた。
——タクシー代を払って家のドアに全速力で駆け寄る。
「ただいまっ!」
妻が2階から降りてくる足音が聞こえた。
娘の足音は無かった。
帰ってくると、いつも真っ先に出迎えてくれるのに。
「あなた、今日は遅かったですね」
「ああ、仕事が長引いてしまって……奏は?」
「……もう、寝てしまいました」
時間は午後9時をとっくに過ぎていた。
「そうか……奏、ガッカリしたかな」
「あなた、明日改めてお祝いしましょう。奏もきっと分かってくれます」
「……そうだな」
——風呂に入って、食事を摂って、寝室に入る。
奏は既に寝ていて、妻はその隣で待っていた。
奏の頬には涙が伝った跡があった。
「奏……」
「あなた、もう寝ましょう」
「……ああ」
ごめんな、奏。
今日祝えなかった分、明日は盛大にお祝いするからな。パパは奏のことが大好きだ。
——早朝、家を出る。奏も妻も、私を見送るためにいつも早起きしてくれる。
でも今日は、奏は口を聞いてくれなかった。
「それじゃ、行ってくるよ」
「いってらっしゃい、あなた」
「……」
奏は、黙ったままだった。
「奏、今日はお祝いするからな。絶対に」
「……なんで、きのうしてくれなかったの?」
「それは……どうしても、お仕事がな……」
奏は俯いたままだった。拳を握りしめ、肩をぷるぷると震わせている。
顎の先から一滴の雫が落ちた。
「パパなんて、だいっきらい!!」
「奏!!」
妻が引き止めるが、奏は2階に上がって行ってしまった。
「……奏のことは任せてください。きっと、分かってくれるはずですから」
「……ああ」
仕事に行かなくては。
でも、何のために?
妻や娘の笑顔のためだ。
でも、私は奏を泣かせてしまった。
私は……。
——気力が無い。
いつもなら、奏のために頑張ろうと思えるのに。奏の泣き顔が脳裏に焼き付いて離れなかった。
「奏……」
私は、最低の父親だ。
「……丸井先生、元気がないですね」
声をかけて来たのは新谷先生だった。隣のデスクに座って私の顔を覗き込む。
「まあ、ちょっと……」
新谷先生は困ったような表情をしていた。
ああ、そうだ。私は陽気な英語教師。こんな顔では生徒達も不安がるだろう。
だが、全ての事に自信が無くなる。
娘一人幸せに出来ない私に、教師など務まるのだろうか。
「私は、父親失格ですよ……」
全く持ってその通りだ。
言い訳のしようがない。
仕事だって、もっと死ぬ気でやれば間に合っていたかもしれない。そうでなくても、電話で一報くらい入れるべきだった。
「そんなはずないですよ」
「……へ?」
「いつも、しつこいくらい娘の自慢してくる父親が、父親失格な訳ないじゃないですか」
「しかし……」
「何があったかは知らないですけど、こんなに娘思いの父親に愛されて、娘さんは幸せなはずです。自信を持ってください」
「新谷先生……」
そうだ。
私は娘を思う気持ちなら誰にも負けない。
へこたれている場合じゃない。
娘の笑顔のために頑張る!
それが今の私の全てだ!
「よーし、今日も頑張るぞ!!」
「頑張りましょう、丸井先生」
——今日は夕飯時に帰ることが出来た。
奏は大丈夫だろうか……?
とにかく、家の中に入らなければ始まらない。
「ただいま」
2階から妻の足音が聞こえる。
奏の足音も一緒だった。
「おかえりなさい」
「……」
奏は黙ったままだった。それでも、出迎えてくれたことが嬉しかった。
奏の頭を撫でる。
「お誕生日会、しような」
「……うん」
奏が返事をしてくれた。
——誕生日ケーキには5つの蝋燭が立てられた。部屋の電気を消して、お誕生日の歌を歌う。
お誕生日おめでとう。奏。
奏は小さな口で蝋燭に息を吹きかける。何度か吹いて、蝋燭の火が全て消えた。
妻が部屋の電気を付けると、暗闇で見えなかった奏の顔が見える。
私のことをじっと見つめていた。
「奏」
傍に置いておいた綺麗な包装がされた箱を取り出す。それを奏の前に差し出した。
「開けてみなさい」
妻が促すと、奏は丁寧に包装を解いて箱を開けた。
中身はクマのぬいぐるみ。
以前、家族で買い物に出かけた時に、奏がこのぬいぐるみをじっと見つめていたのを覚えていた。
「クマさんだ!」
奏はぬいぐるみを抱きしめようとする。
しかし、ぬいぐるみを箱の中に戻す。
私をじっと見つめる。
「パパ、ごめんなさい」
奏はペコリと頭を下げた。
奏は何も悪くない。
悪いのは、私だ。
「何を言っているんだ。謝るのはパパの方だよ。ごめんな、奏」
席を移動して、奏を抱きしめる。まだまだ小さくて、少し力を込めれば壊れてしまうような儚い体。
奏は力一杯私を抱きしめてくれた。
妻も寄って来て、私と奏を大きく腕を広げて抱きしめた。
家族は、再び1つになった。
「実はな、もっとプレゼントがあるんだ」
私は紙袋から2匹のぬいぐるみを取り出す。先程、奏にあげたのよりも一回り大きなクマのぬいぐるみ。茶色と白色が1匹ずつ。
奏は3匹のクマを並べる。
「わたしたちみたいだね」
「そうだね」
「とっても、なかよし」
「そうだね。喧嘩しても、仲直りしてもっと仲良くなれる」
「うん」
奏は私と妻を交互に見た後、にっこり笑った。
「パパ、ママ、だいすきっ!」
私は、これからもこの家族を守り続ける。
奏は大きくなったら好きな人が出来て、いつかは私達の元から離れてしまうかもしれない。
そうなったら、私達はもうお役御免だろう。
それまでは私と妻が奏の笑顔を作り続けよう。
これから、すれ違ったり喧嘩することもあるかもしれない。
でも、きっと大丈夫。
だって、私達は家族なのだから。