偶然の出会い
月曜日の朝、僕はいつものようにコンビニの陳列棚の前で、究極の選択をしていた。
「おかかチーズか枝豆チーズか……」
つい、声に出してぽろっと呟いてしまったせいか、背後から痛い視線を感じた。朝のコンビニは若干混雑していて、急いでいる人が多い。僕はせかされるように、おかかチーズのおにぎりを手に取った。
おにぎりにプロセスチーズというのは、意外なことに相性が良い。それを、おかかと枝豆のどちらで味わうかは、非常に重要な選択だ。あいにく、家から菓子パンを持ってきていたので、おにぎりは一つに絞らねばならなかった。今回はだいぶ投げやりに、おかかを選択してしまったが、枝豆もかなり捨てがたかった。
「あの……」
おかかチーズを握りしめながら立ち尽くしていると、突然、後ろから声をかけられた。
振り向いた先にいたのは、僕と同じようにおかかチーズを持った生徒会長、あの三角円香だった。
彼女は不思議そうな顔でおかかチーズを見つめながら、僕に話しかけた。
「これ、美味しいの?」
なんだろう……。彼女の背景がコンビニのおにぎりの陳列棚というのが、驚くほどに似合わない。先週の金曜日、新堂が熱弁していた理由が分かるほどに、彼女から溢れ出るオーラは圧倒的で華やかだ。テレビの画面で見ていた芸能人が、画面を飛び出して目の前に現れたような感覚。校内で見かけることや、集会で目にすることはあったが、いざ目の前で見ると、その輝きに目を奪われてしまう。
「それ、新商品らしいので、僕もまだどんな味なのか知らないです……」
同級生相手というのに、新堂から刷り込まれた先入観のせいで、つい、弱々しく敬語になってしまった。いや、生徒会長という身分にもなると、敬語を使うことは常識なのだろうか。全然、分からない。
「新商品、ね……」
彼女はそう言うと、自分の持っているおかかチーズをそっと僕の肩に乗せた。その直後、バランスを崩したおにぎりが僕の肩から落ちそうになったのを見て、彼女は楽しそうな笑い声を上げた。
「あははっ、前多くん、面白いね」
彼女が僕の名前を呼んだ。何が面白いのかはさっぱり分からない。
「三角さん、僕のこと、知ってるの?」
「知ってるよ。あなたも私のこと知ってるでしょ」
「いやそれは説明になってないけど……」
彼女は「可笑しいね」と言って、また笑い出した。ちょっと、ツボがおかしいのかもしれない。
「そうだ。お昼に屋上テラスに来て。そのおにぎりも持ってきてね」
彼女はそう言うと、「またね」と手を振って、足早にコンビニを出ていった。
すっかり、あっけにとられてしまった僕は、言われた通り、おにぎりを二つ持って、レジへ向かったのだった。
「な、何がどうなってそうなったの⁉」
朝のコンビニでの出来事を話すと、江藤は予想通りの大きな反応を見せた。今日もやはり、江藤の髪は外向きにはねている。
「あのお嬢様がコンビニにいるってだけでも不自然なのに、よりによって前多に話しかけて、しかもランチのお誘いまで?なんで⁉」
ランチに誘われたかは、微妙なラインだ。
「そんなの僕が一番謎だから。それに、あの人ちょっと変だったし……」
江藤は僕の顔をじっと見て、さらに机の上のおにぎりを物色し始めた。
「てか前多、屋上テラスがどんな場所か知ってるの?」
「図書館の屋上テラスだろ?」
私立伊戸神高校には、校舎とは別に、三階建ての立派な図書館が建っている。一階と二階には本や雑誌を読めるスペース、三階にはCDやDVDを視聴できるスペースがあって、暇つぶしにはもってこいの場所だ。そして、屋上にはテラスがあると言われているが、僕は行ったことがない。
「テラスは、生徒会役員以外立ち入り禁止なんだよ」
「はあ?」
初耳だ。
「生徒会役員専用のスペースで、役員以外の一般の生徒は見ることも許されていないみたい。……そんなことも知らないなんて、前多は一体今までどこで生きてたのさ……」
「普通に学校に通ってましたけど……」
江藤の顔が呆れている。どうやら僕は、この学校の情報に疎いらしい。
「そのテラスに呼び出しとは……生徒会の犬にでもなった?」
「そんな訳あるか。……まあ、たしかに怪しいよな」
「……今までありがとうね、前多」
江藤がわざとらしくお辞儀をする。
「おい!変なフラグをたてるな!」
僕は、とんでもない出会いをしてしまったのかもしれないと、少し緊張していた。
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