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どちらかといえば青春  作者: 白木雨芽
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届いたメッセージ

私立伊戸神高校しりついどがみこうこう

前多まえだ 雪緋ゆきひ

江藤えとう 未理亜みりあ

三角みすみ 円香まどか

新堂しんどう 鏡美かがみ


今回の登場人物の名前の読み方です。

異変を感じたのは、五月上旬のことだった。

毎朝、僕の机の引き出しの中に、平仮名一文字だけが書かれた紙切れが入れられている。

何かのメッセージかもしれないと気付いたのは、五日目の朝だった。それまでは誰かの悪ふざけかと思って、見つけてもすぐにゴミ箱へ捨ててしまっていた。つまり、僕はこの怪しげなメッセージの冒頭を全く覚えていない。

「て」の紙切れを握りしめた僕は途方に暮れていた。まるで、ログインさえしていればもらえたアイテムの存在に気付かないまま、ボーナス期間を終えたゲームのような喪失感だ。

「どうしたの、その紙。ゴミ?」

僕の顔をいきなり覗き込んできたのは、やたらと距離が近い江藤未理亜だった。今日も相変わらず、髪がはねている。ショートカットというのは寝ぐせがつきやすいと、よく姉が愚痴をこぼしていたが、江藤の髪のはね具合を見る限り、直す努力をしたという形跡は少しも見られない。

「僕もゴミだと思ってたんだけど、どうやら違うみたいだ」

江藤は僕の手から紙きれを奪い取ると、何も言わず、険しい顔で見つめていた。「て」としか書かれていないこの暗号を彼女は頭の中でどう解釈しているのだろうか。

「これ……」

「なに?」

「ゴミだと思うよ。それか消極的なラブレター」

消極的なラブレターで選んだ一文字が「て」、独特すぎる。

「ちなみに、月曜日から始まってたんだ、この一文字ずつの紙切れ」

「それ、言葉が続いているってこと?」

「そうだと思う。でも今までの紙切れは捨ててしまったから分からない」

「前多、それは救いようがないよ」

江藤は呆れた顔をして、紙切れを僕に返した。

「それにしても、前多に一体何の用があるんだろうね、その人は」

「さあ。心当たりはないよ」

江藤はまた紙切れをじっと見て、今度は指で触り始めた。

「どうした?」

「この紙、良い紙だよ。つるつるしてる」

そう言った江藤の顔は、まるで探偵のように得意げだった。

「うちの高校に通う生徒はたいていが金持ちだろ。高級紙なんて、クラスの六割は普通に使っているんじゃないか」

「えー、手がかりをつかんだと思ったのに」

僕の通う私立伊戸神高校は、最近まで女子校であったため、男女比が三対七で圧倒的に女子が多い。ユニークな校風と校舎に惹かれて入学する生徒が多く、しかも裕福な家系が揃っている。僕は、特別に裕福なわけではないが、両親がこの高校を猛プッシュしてきたため、その流れで受験することになった。もちろん、両親の言いなりで、だけではない。僕は僕でこの高校に通いたいという明確な理由があった。

それは、この高校の学食が食べたかったからだ。当然ながら、ただの学食ではない。

中学三年生の頃、学校説明会で学食を訪れた僕は、目の前に広がる豪勢なビュッフェに目を奪われた。和洋中すべてが揃い、それぞれ専門の一流シェフが調理している。

この高校に通ったら、毎日がパーティーだ。僕は、両親に目を輝かせてそう言ったらしい。

そんな学食だけを目当てに入学してきた僕だったが、実際は生徒の数が多く、席を確保できないまま、昼休みを終えることが多かった。しかも、ビュッフェの料金が三千円である。毎日、昼食代に三千円をかける余裕など、僕には当然なかった。こればかりは完全に節穴だった。

高校二年目を迎えた現在の僕は、学校の近所のコンビニでおにぎりやパンを買ってから登校するのがルーティンだ。正直、お昼ご飯のレパートリーがなくなってきたため、朝のコンビニで何十分も悩んでいる。結局は、ツナマヨのおにぎりが一番シンプルで美味しい。今日も、ツナマヨと鮭のおにぎりを買ってきた。

「眠いし、お腹すいたな」

江藤はぼんやりと呟いた。僕のカバンからちらっと見えるおにぎりたちを眺めている。

「僕のおにぎりはやらんぞ」

「けち。私、朝ごはん食べてないんだから」

江藤はあくびをしながら言った。

「夜更かしからの寝坊か?」

「私は早寝早起き主義だよ。今日は朝練あると思って早起きしたのに、休みだったの」

「今日からテスト一週間前だからな」

江藤は、テニス部とバスケ部を掛け持ちしている。一体、どうやって両方の部で活動しているのか、謎だ。僕にはそんな体力も気力もない。

「そういえば、三角さんも朝早くいたよ」

「三角って……あの生徒会長のことか?」

「うん、あの三角円香さん。うちの教室から出ていくところをちょうど見たの」

「うちの教室から?」

三角円香のクラスは、二つ隣だ。誰も来ないはずの朝早い教室から、しかも自分のクラスではない教室から出てきたとするなら、答えは明白じゃないか。

「この紙切れを入れたのは、三角さんか」

僕がそう呟くと、江藤は変な顔をした。

「それはないよ」

迷いなく、江藤は僕の推理を否定した。

「だって、あの三角さんだよ?」

「え、どういうこと」


「あなた達、三角円香さんのお話をしていますね?」


僕たちの会話を突然遮ったのは、耳より高い位置のツインテールが特徴的な新堂鏡美だった。どこか異国のような雰囲気を感じさせる彼女は、休み時間はもっぱら、アンティークな表紙が目立つ童話を読んだりして、自分の世界に入りこんでいる。窓の外を飛ぶスズメに向かって「おはよう、小鳥さん」と微笑みながら手を振っていたのを見た時は、あまりのファンタジーぶりに思わず拍手してしまった。

「新堂さん、三角さんについて詳しいの?」

江藤がさりげなく聞く。新堂は大きな目を輝かせて話し始めた。

「ええ、それはもちろん。三角財閥のお嬢様といえば、この国で知らない人はまず、いないでしょう」

そんなたいそうなお方だったのか。

「私からしたらお嬢様というより、もはやお姫様のような人です。あの小さな顔に選び抜かれた麗しいパーツたちがつめこまれているでしょう。あれはまさに宝箱です。それに加えて、誰にも劣らない頭脳、人を和ませる空気を一瞬でつくる人柄の良さ。誰がどう見ても、完璧の具現化、というわけです」

新堂はどうやら、三角円香を崇拝しているようだった。

「ね、新堂さんが熱く語ってくれたように、三角さんが前多の机にそんな紙切れを入れるなんてありえないよ」

「うん、ちょっとでもそう思った自分がすごく恥ずかしいよ」

「はは、どんまいだね」

あまりの恥ずかしさに顔を机に突っ伏すと、授業開始のチャイムが切なく鳴り響いた。



読んでいただき、ありがとうございます!

次回もお楽しみに。

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