70, 出立前夜の矜恃⑼ / そして首都へ
第一章完結です!
このあとひとつ外伝書いて、71,から第二章にする予定です。
今話はいつもより長く、読了予測時間8分となっております。
「なんだか“契約”みたいね。」
私は苦笑しながら言った。
精霊と人間の主従契約。
まぁこのシチュエーションは“共闘契約”のようなものだけど。
「しても良いけど、俺はやり方知らないぜ?」
「いやそういう事じゃなくてね……。」
少し呆れ気味の返事をする。
私だってやり方は知らないわよ。
「なんだか仲間ができたみたいで嬉しいってことよ。」
共闘……って言うには言い過ぎだけど、お互いに手伝い合うことができる仲間。
なんだかそれが嬉しい。
「それ、友達じゃダメなワケ?」
「友達……?」
「うん。」
友達……。
「『友達とは、勤務、学校あるいは志などを共にしていて、同等の相手として交わっている人。友人。
友情は、共感や信頼の情を抱き合って互いを肯定し合う人間関係、もしくはそういった感情のこと。
友達同士の間に生まれる情愛。
しかし、それはすべての友達にあるものではなく、自己犠牲ができるほどの友達関係の中に存在する。』
……確かに友達だわね。」
「ハハハッ!なんじゃそりゃ!」
シュヴァルツはぷはっ……と吹き出したあと、大声を上げながら笑ってる。
「そこまで笑わなくても良いんじゃない?」
私は不満げに言った。
……確かに、検索結果トップの暗唱──私が転生する前の時点での物──はやりすぎだったかもしれないけれど。
でもそこまで笑われるのは心外だ。
心外以外の何物でもないわね。
「だって面白いんだもん。誰の言葉だよそれ……!」
目尻にたまった涙を拭いながら、シュヴァルツは半笑いで言う。
いくらなんでも笑いすぎていやしないかしら?
“誰の言葉”……。
うーん、G〇ogle先生とは言っても通じる訳ないし……。
「本よ。本に書いてある先人たちの情報。誰だかは分からないけど。」
あながち間違いでもないでしょ。
実際にあれは誰かが書き込んだ物だしさ。
「じゃあ、その本にあるんだから“友達”でいいだろ?
よろしくなワケ。“友達リリ”。」
愛称呼び。
そして握手用かな、手を差し出してくる。
「よろしく。えっと……。
“シュヴァルツ”って、愛称なにかしら?」
「さぁ?ヴァルツで良いんじゃねぇ?」
なるほど、“ヴァルツ”。
……なんだか犬の名前みたいって思ったのは内緒ね。
「よろしく。“友達ヴァルツ”。」
愛称が分からないからって途中まで伸ばしたのに一度止めてしまっていた右手を、もう一度シュヴァルツ……もとい、ヴァルツのもとへと伸ばす。
友達の握手とか学生以来でなんだかむずがゆいけど、それ以上に嬉しいと思ってる私がいる。
友達が増えるのは久しぶりだ。
……いや、今までだって友達がいなかったわけではないわよ?
ただ、同僚とか既存なまま持ち上がりの昔の学友とかはいたけど、ちゃんと友達として新しく増えたって言うと、ヴァルツが久しぶり。
「ところでリリ。」
「ん?」
ヴァルツが急に真剣な顔になった。
「ずっと同じ場所で動かない人間がいるんだけど、何だか分かる?
リリが動くとそれも動くらしいワケ。」
んー……、心当たりがない訳じゃないわね……。
「その人、髪の毛が緑色だったり帯剣してたりしてた?」
「え?そうだけど……。」
それなら十中八九、キースだろう。
やっぱりあの人には屋敷を出たのバレてたか。
「多分、お父様がつけた護衛だわ。大丈夫。」
「護衛……。」
うーん……。
なるべくここの事、レグトルスにはバレたくないわね……。
大人に見つかってしまう秘密基地ほど悲しい秘密はないわ。
……ひとつ、試してみようかしら。
私はすうっ……と大きく息を吸う。
……そして、大きく叫んだ。
「キース・オルノーガン!!」
「うわ、びびった……!」
これはヴァルツね。
「ひとつ、命令があります!いたら姿を私の視界に入れてください!!」
これを全て、声を張り上げたままで言う。
……あまり大きな声が出ないわね。
リリアーネ、肺活量が小さいわ。
全然思った通りの声量に至らない。
二千も無いんじゃないの?
少ない……。
これは訓練が必要ね。
でもキースに声は届いたらしく、森と見分けがつきにくい緑の髪と闇に溶け込みやすそうな黒い服を着た男が、白い花の辺りに現れた。
「この場所に関することのことは全て、他言無用願いたい!!」
私は続ける。
「承知したなら姿を隠してよし!了承できないなら理由を話しにこちらへいらっしゃい!!いいわね?」
キースは“全てご命令通りに行動致します”とか言ってたから、雇い主であるレグトルスにさらなる上位の命令を受けていない限り、お父様に伝わることはない。
それに“無理ならこっちこい”って言っておくことでそれがどっちかの確認もできる。
良い手でしょ?
キースは全く口を開かず、一度頷くと森の中へ溶け込んでしまった。
これはつまり……。
「了承致しました〜ってワケ?」
「……だと思うわ。」
ほんと、扱いやすいのか扱いにくいのか分からない男ね……。
ただの護衛としてはとんでもなく扱いやすいけど、攻略対象としては全く反対。
とんでもなく扱いにくいだろう。
どうやって攻略したんだ主人公。
……って言うか、キースがいる限りリリアーネが危ない目には遭いにくいから、セシルが死んでしまうのはキースルートではないかもね。
「って言うか、リリ時間大丈夫なワケ⁉︎
そろそろここに長居しすぎたんじゃねぇ?」
急に思い至ってヴァルツは言った。
「あっ!やばいかも!早く戻る!」
私は慌てて立ち上がる。
これは戻らないとやばいな!
ちょっと散歩のつもりなだけだったのに、シュヴァ……ヴァルツと会話したことで思ったより時間が経っちゃった!
「ヴァルツもあまりうろついて人に見つからないようにね!」
「お、おう。」
そう言って、私は足早に帰路へとつく。
明日は早い。
なんだっけ?
グルベンキア家御用達の馬車でも三時間はかかるんだっけ?
二時間?
記憶が曖昧だわ。
そもそもあまり詳しくないのだし……。
ともあれ、ココナータを楽しみにしておこうかしら。
/ / / /
翌朝。
朝の日差し。
昨夜の星空が幻であるかのような太陽のぎらめき。
まぶしい。
「リリ様。おはようございます。」
扉の外で声が聞こえる。
これはセシルの声ね。
「おはよう……。」
私は眠たい目を擦りながら答える。
「入っても?」
「うん。」
って言うかダメなわけがないけど。
「はい、これがお着替えです。一日中馬車に揺られることになるので、ラフな格好でいてください。」
「うん、わかっ……え?」
一日中?
「馬車って二、三時間じゃなかったっけ?」
「いえ、違いますけど……。」
「へ?」
でも私の中にある“情報記憶”には、二、三時間ってあるんだけどな……。
いったいどういうこと?
やっぱりこの情報が間違ってるのかなぁ……。
「あぁ、もしかして。」
困惑の渦中にいる私の隣で、セシルが声を上げた。
「二、三時間は、ノジュルーア・パトンにあるグルベンキア邸からアルドンサ魔法学校までの馬車での距離かもしれないですね……。」
「ノジュ……なに?」
「『ノジュルーア・パトン』、“貴族たちの場所”です。
魔法系用語ではないので、リリ様はまだ習っていなかったのかもしれませんね。」
“魔術系用語ではない”って言うことはその言語には“魔術系用語”ってものが存在するってことで、魔法を使うときに必要な言語はただ一つ。
古代語……。
……まったく、なんで古代語の知識は私の“情報記憶”の中にないのよ!
一番大事だと思うんだけど!?
……えっと、“ノジュルなんちゃらにあるグルベンキア邸”って事は、いわゆる別邸のようなものよね?
別邸からアルドンサだと馬車で三時間で、本邸のある領地からだとほぼ丸一日……。
つまりアルドンサ復帰は明日からって言う昨日のセリフは、“アルドンサに向けて発つのが明日”って事だったのか……。
まぁもう今日だけど。
「ごめん、なんか記憶が混乱していたみたい。
やっぱり寝込んだからかしらね?」
「まさか授業内容も……⁉︎」
鋭いなセシル。
忘れたどころか元々知らないわ授業内容。
定期テストとかがあったとしても魔法とかは“無詠唱チート”でやれば良いけど、筆記がどうにもな……。
「授業内容を忘れてたら、忘れたことすらも忘れちゃうだろうから分からないわ。」
「それもそうですね。」
何気ない(?)朝の会話をしながら支度をし、荷物を揃える。
一日中揺られるって事は、朝とお昼の食事も持っていかなきゃいけないわね。
夜は向こうで食べられるって言っていたけど。
一日中……。
とてもお尻が痛くなりそうね。
昨日、夜に出かけないでちゃんと休んでいればよかったわ。
それに勝手に外に出てた事セシルには気付かれてたし……。
まぁそれは“また夜中に外に……!”って怒られ方だったからよくある事だと思うんだけど。
あ、外に行っていなかったらあの場所も見つけられていなかったものね。
白い花が咲き乱れる空間と、赤い宝玉の王杖を持ったボブカット女神の象がある神殿……。
それにヴァルツとの約束もできなかった。
精霊に関する科学者を見つけたら私がヴァルツに紹介して、ヴァルツはセシル救出を──どうやって何を手伝うのとかは分かってないけど全面協力してくれるらしい──手伝ってくれる。
だから、あとのことを考えないで行動してしまった夜出掛けだけど、わりと良い事尽くめではあったのね。
その代わり“今日”は多少の疲れと眠気の中を馬車に揺られる──多分馬車酔いするわ──最悪の一日になるかもしれないけれど。
「ほら、もう馬車が出発しますよ。」
「うん、じゃあもう行くね!ばいば〜い。」
「はい。」
私は馬車に乗り込む。
お見送りは二人だけ。
そんな珍しいことでもないのかもしれないわね。
「セシル、ブルネラ、行ってきます!」
「気をつけて行ったらっしゃってくださいね。」
数人に見送られて、馬車はグルベンキアの領地を発った。
……さて、次はどんなことが待っていることやら。
楽しみね。
“お友達”が増えるのが楽しいことも思い出してしまったし。
『学校』なんて言ったら人が沢山だもの!
面白いことが待っていない方がおかしいわ!
そこではどんな攻略対象や人物たちに会えるのかしら……!
ほんとに、楽しみ以外の何物でもないわね。
私は、“私”にとっての新天地である『アルドンサ魔法学校』で、どんな楽しいこと、面白いこと、もしかしたら大変な事とかが待ち受けているのかと楽しみにしながら、遠ざかっていくグルベンキア邸を眺めるのだった────。
79639/100000
おしい!ぎり80000文字行ってない!
キリが分からなくて書き続けていたらいつの間にやら4000文字……。
第一章が完結してしまいました。
この後“ちょこっと外伝”を書きます。
もしかしたら後から差し入れ更新することになるかも……。
ヴァル……。
愛称合ってるかな……。
やっとひと段落しましたね!
次からアルドンサ魔法学校編です。
下に今話の語群があります。
ノジュルーア・パトン=貴族たちの場所
ノジェルス・パトン=貴族の場所
ノジェルス=貴族
ノジュルーア=貴族(複数形)
パトン=場所(空間は別にある)
バリバリ造語してます。
今は日常会話を作っているところです。