真っ赤
来た時と同じように俺はアリスに釣られて空をいく。異なる事と言えば俺の頭の上にネズミに化けたリリィがいることと、買った服の入った布袋、軽くなった金袋の空虚感だ。
宿主にこっぴどく怒られ、俺は弁償として多額の金を請求された。絶対ベッド1つの値段じゃねぇと思ったが、後腐れなしにしたいが為に、値段を請求された途端に躊躇なしに払ってやった。壊したのは俺だが絶対ぼったくられていると思った。まあ、半分はアリスが出してくれたから良いんだけども……
帰っている中でも元気なリリィとは対照的にそのアリスに元気な様子は見られず、休憩として湖畔に降りた時も上の空は抜けなかった。
「大丈夫?」
「ええ、平気」
再び飛行を開始した後もそんな会話を何度も交わす。多額の金を持っていかれたのが余程ショックだったのか。いや、そうではないんだろうけど……しつこいと言われない事や何回聞くんだと突っ込まれない事が何より平気ではないと俺を思わせた。
「ねぇねぇ人間」
俺の頭の上でネズミになっていたリリィがそう聞いてきた。
「なんだ?」
「雑誌の懸賞は無事に通ったんだよね? 」
「ああ、そうだよ。ツアー券やら詳細やらは後日郵送するって言ってたぞ」
「えへへ……楽しみだね!」
「いや〜……全くだな! グルメ、宿泊、レジャー、観光! 楽しみが沢山だ!」
「いつ頃行けるの?」
「あ〜……それは確認してなかったな。帰ったら確認しよう!」
「しよう、しよう!」
鼻歌を陽気に奏でる俺の頭の上のネズミ。こんなにご機嫌なリリィを見られたのもアリスのおかげだ。
「アリス」
「…………」
「おい、アリス!」
「え、な、なに!?」
「しっかりしろーボーッとした運転は事故の元ですー」
「ご、ごめん……それで? なに?」
「いや……大した事じゃないんだけど……今回の件はお前がいてくれて本当に良かったよ。 ……ありがとね」
俺が素直にその感謝の気持ちを述べると、俺の両脇に入れられた手の力が少しだけ強くなった気がした。
「別に大したことじゃないわよ」
「嘘だー、来る前は凄い俺に拒否感出してたじゃん」
「そうだったかしら、優しい私がそんな対応したとは思えないわね」
「俺に足にキスさせたくせに」
「はて? 誰のことかしら」
「覚えてないのか! まあ、それならそれでいいんだけど」
「あ、貴方にどんなお願いをするかは考えておくわね」
「覚えてんじゃねーか!」
そう突っ込むとアリスは少しだけ笑い声を零す。その笑いでさえいつもより力が無い。やはりリリィの存在が原因なのかと思う。
しかし俺はリリィには真実は告げない派として守っていくと発言した身だ。告白派として苦悩しているアリスをフォローするのは今は違う気がした。彼女も今は一人で考えたいと昨晩言っていたし、今は放っておいた方が良いのだ。どれだけ気になろうとも。
「はい、到着」
そう言って俺を家の前に降ろすアリス。2日ぶりに見る我が家が何故か懐かしく感じた。
「おお……愛しき我が家、今帰ったぞ!」
「大袈裟ね」
俺に呆れた様に半笑いするアリス。横ではリリィが元の姿に戻っていた。そして開口一番に
「わ〜……なんか一週間ぶりって感じ!」
と、俺と似た様な事を言った。似た者同士ねとアリスから向けられた視線に軽く笑ってみせた。
「わーい、ただいま〜」
元気よく扉を開けて一人で家の中に入っていくリリィ、アリスはその姿を見ながら俺に言う。
「私もなんか疲れちゃったわ。何かお茶でも一杯だけ頂いていっても良いかしら?」
「ああ、別に構わないよ。アリスには感謝してんだ。お前のおかげでリリィとの良い思い出が作れそうだ」
「良い思い出ね……」
そう言ってアリスは弱々しく微笑んだ。
「貴方はそうは思ってないだろうけど……昨日のお昼の事とか、私、結構楽しかったわ。昔を思い出した。まだ仲の良かった、きっとずっと一緒にいるんだろうなって信じていたあの小さい頃のこと」
「…………ま、悪くはなかったかもな」
「フフ……拒否感も出さない貴方は私にはもう興味さえないでしょうけど……ね」
「わかる?」
「分かるわよ。これで私をずっと怨んでくれているなら、私に固執していると思えるけど……それさえ無いって言われちゃうとね……どうしようもないわ」
「過去には囚われない主義なもんで」
「あらあら、カッコいい」
そう言ってクスリと笑うアリスが突然顔を近づけてきた。一瞬の出来事に俺は反応出来ない。
「でも色仕掛けには弱い」
そう言って俺の唇に指を這わせるアリス。不覚にもドキリとしてしまった。あー!あー!そうですよ! アリスに興味無くとも、この俺の体及び煩悩は女体には興味津々ですとも!クソが!
「だったらまだやりようはあるわ。そうでしょジョン?」
「……ッグ」
「あ、なんだったら貴方から来てくれてもいいのよ。今回の件で私から貴方に接触するのはリリィちゃんにも良くない影響があるって分かったしね。貴方から……私を求めてくれるのは大歓迎だから。夜なんて特に待ってるから……体だけの関係ってのも大歓迎。そこから私に執着しだすってこともあるしね」
「……それ、言わない方が良かったんじゃ」
「…………………さ、お茶お茶」
あ、という顔をするアリス。妖艶な雰囲気を醸し出していたのが一気にアホっぽくなり、そそくさと逃げ出す。最後の最後で要らぬ墓穴を掘ったな。そんな策略があると言われればワザワザ体だけを求めにいく輩もいないだろうに。それは本人も分かっているようで、俺の家に逃げ入っていくのだった。
でもいつもの調子が少しは戻ってきたみたいで安心した。俺も固まった体をほぐす様に一度伸びると、その後を追って家に向かって歩き出す。その時だった。
「リリィちゃん!?」
危機感を含んだアリスの声が家から響く。すぐさま俺は駆け出し、家の扉を開いた。
そこにはリリィを抱きしめるアリスの姿があった。
足には力が入っておらず今にも倒れそうなリリィ。息は荒く、顔は紅潮している。汗を滲ませる顔の表情はとても辛そうだ。
「しっかりして!」
アリスの呼びかけにも反応をしないリリィ。これはお茶どころではないと、俺はリリィをアリスから受け取り、寝室のベッドへと連れていくのであった。




