答え
「だったら話は簡単じゃないか? リリィには二度と感情が大きく揺さぶられるような戦いをさせなきゃいいだけだ。幸い今回はお前らがあんなにドンパチやってても目撃者はジャレッドさんのみ。事後処理はなにもない。リリィにその時の記憶がないのも都合が良い。何事もなかったとこの子には思わせておこう」
リリィにとってもそれが一番良いはずだ。そんな危険な魔法を使えると彼女自身が知ったところでリリィには何も出来ないし、逆に不安を募らせて精神状態が不安定になるかもしれない。
だったら今回のことは当事者、目撃者である俺たち内だけの事柄に収めていた方がいいだろう。
そう思っての意見だがアリスは納得がいってはいない様子だ。
「甘い……甘いわよ! 次同じような事が起きない保証はないじゃない」
「今までだって起きなかったろうが! それが今回の件で初めて発覚しただけだ。たまたま起きた事で今すぐに何もかも背負わせようとすんなよ!」
「……大陸1つ壊してもいいと思ってるわけ?」
「やらせねーよ。起こさせない」
睨み合う俺とアリス。彼女が間違った事を言っているわけじゃない。しかし、今のリリィに事実を話したところでリリィが抱え切れるかといえば、俺はそんな風には思えなかった。
まだ11歳の子供に、そんなこの世界をボロボロにできる力があるという事実を。
アリスがジャレッドを睨むように見つめた。
「ジャレッドさん……あなたの意見を聞きたいです。あの大魔法を一瞬にして消し去った貴方に」
その言葉に俺もジャレッドを見た。あのリリィの暴走を治めた正体不明の男。俺達でさえ初めて拝んだリリィの秘められた力の片鱗を容易く打ち砕く実力の持ち主。彼女の秘密を見た時点でただで去ってもらうわけにはいかなかった。当然だが敵対した時点でアリスしか戦える者はいないためにそれを防ぐ手立てはないのだが、俺にはこの男がこちらの要求を蹴る可能性があるとは微塵も考えてはいなかった。
なんせこちらには『安寧スキル』があるのだから。独善的な正義感や異質な好意以外、純粋な害意や敵意であれば、完全に防御し消し去ってしまえるのだから。
そんなスキルのお陰か、元から逃走する気などなかったのか、ジャレッドは易々と俺たちの借りていた宿へと連れられ今に至る。
「いいのかい?」
ジャレッドの横分けの髪の間から鋭い眼光がアリスに飛ぶ。彼女は黙って頭を縦に振った。
「では意見させてもらおう。俺があの大砲を破壊した時に分析してみたんだが────」
「分析?」
「ジャレッドさんは解術士よ。魔法や呪術を解く事に特化した人々。呼びやすさからもっぱら解術士の読み方のほうが多く用いられるけど……あの大砲が砕けるのを見て確信したわ。普通の魔法使いじゃ、あそこまでの魔法破壊は不可能。特化型の人じゃないとね。それですぐに察したの」
ジャレッドさんの言葉を遮りアリスがそう説明をするとジャレッドさんは説明ありがとうと頭を下げ、続けた。
「魔法自体に含まれていた魔力が極端に少なかった。本来あのレベルの魔法は決死の覚悟が必要な程の魔力が必要になるが、あの月呑絶叫には中級レベルの魔力しか内蔵されていなかった。だからと言って威力が損なわれていたとは破壊した後では断言出来ないが、そのレベルの魔法が今の今まで日常生活で出てこなかった事を踏まえると……彼の言うように、レディリリィに不安感を与えるよりも、この事を内密にし今まで通り日常生活を送ってもらいながらも、秘密裏に君達が調べる方が良いと俺は思う」
まさかのジャレッドさんからの俺への賛同にアリスが目を見開いていた。
「本気ですかジャレッドさん!?」
「赤の他人でたまたま居合わせただけの俺の意見だから信用するしないは別として、俺がミスタージョンと同じような当事者ならそうするって話だ。まぁ、もしも俺が一国の王であり、あれを見ていたならミスアリスの意見に賛成だったかもしれないがね」
信じられないという目で彼を見るが、ジャレッドさんは俺を見つめた。
「だが、この決断は全ての責任を……ミスタージョン、君が背負う事になるという意味であることは分かっているね?」
「ああ、勿論です。この子のやる事なす事は俺の責任でいい。だから今はまだリリィには知らないままでいておいて欲しい」
「────だそうだ」
まるで挑発するようにアリスに向き直るジャレッドさん。彼は一々動作が意味ありげであり、アリスからすればウザッたくもあった筈だ。その証拠に顔が少しイラっとしていた。
「信じられない。 てっきり私と同じ意見でジョンを説得してもらえると思っていたのに……まさかの同意見だとはね」
「俺も素直な性格なもんでね。思ってないことは言いたくないね」
なんだその理由はと納得がいかない表情のアリスを見て、ジャレッドはほくそ笑んだ。
「適当に言っているわけじゃない。君達は先ほどから俺の素性を探ろうともしない。この宿に着くまでに無駄な詮索はしていないし、ここについても聞いてきたのは名前だけ……予想するに今回の件を他言してほしくない故に出来る限りの不干渉を決め込んでいると読んだが……どうかな? ミスタージョン・ウィッチ」
彼は予測と言ったがその口調は確信的だった。俺はそのジャレッドさんの察しの良さと妙に落ち着いた雰囲気を感じ取り、やはり只者ではないんだろうなと思った。多くの人間と関わってきて、観察力と洞察力のどちらも培ってきた人間のオーラを漂わせている彼。
そのオーラがあったからこそ『関わる』べきではないのだと思ったんだ。
「その通りです。あなたに感謝はしています。していますが……その大魔法を鎮める実力。そこから色々なことが予想できるんです。いや、妄想と言ったほうが正しいかもしれません。しかし万が一この妄想が現実と相違なければ……あなたに関わっていれば俺達から安息は損なわれる。そんな気がするんです」
力を持つ者にはそれ相応の色々な事象が引き寄せられる。だからこそリリィの力を一瞬で抑えられる力を持っていようと、安息の日々をこの子に過ごしてほしいならば、関わらせるべきではないと俺は思ったのだ。例え俺も一緒にずっといたとしても、この安寧スキルの本性を俺自身が完全に把握していないこの現状ではリスクは背負わないほうがいい。
「……っふ」
ジャレッドは軽く笑った。
「いやはやその通りだな、ミスタージョン。 危険な目に合わせたくないなら危険を呼ぶモノとは距離を置くものだ。 その意見に同意だよ」
ジャレッドが納得した様子で椅子から立ち上がる。
「どちらに?」
「お暇させてもらうよ。ミスタージョンもそれが希望だろうしね。あとのことは君達で考えなさいな」
「そんな、まだなにも御礼をしていないですし」
「ハハハ……そんなもの強請った覚えはないけれど? 俺はただ自分の地元を守っただけにすぎない」
アリスが申し訳なさそうにするが、ジャレッドはそそくさと退室を準備していた。そして俺を見る。
「良い面をしているね君は」
「初めて言われましたよ」
「ああ、そうか。しかし良い顔だ。覚悟が滲み出ている」
ニッコリと笑むと俺の横を過ぎ、ジャレッドさんは部屋を出て行ったのだった。通り過ぎざまの
「次会う時にまたその顔を拝めるのか────楽しみにしているよ」
という囁きを俺の心に残しながら。
ジャレッドがいなくなってから、アリスと俺は暫く無言が続いていた。
この宿に戻ってから俺の拘束は当然解け、服装もしっかりと整えていた。裸なんかじゃいられないからな。
俺は眠るリリィの側に腰掛け、アリスは先程までジャレッドさんが使っていた椅子に体育座りで座っていた。そのせいかいつもより彼女が小さく見えた。
「そーいえばアリス、お前さっき俺にパンツ口に突っ込んできたよな? ああいうのは二度とすんなよ、きたねーからよ」
「…………」
無言が辛くて、何かキッカケを生もうとその話題を口にしたが、アリスは浮かない顔で俺の言葉を無視しやがった。
「それにしても白のパンツとはね。柄は派手だけど、お前は色ももっと派手な物を使ってると勝手に思ってたから意外だったわ」
「…………」
追加の話も完全にスルーである。
「しかし色が清潔感のある白であろうと、使用済みは使用済だ! あんな不潔なこと二度とすんなよ! 変な病気にでもなったらどうする!」
「……うっさいわね、勃起してたくせに」
ようやっと口を開いたアリスに少しだけ俺は肩の荷を下ろしたように楽になった。
「……アリスよぉ、どうしたんだよ、らしくないじゃねーか。いつものお前はもっとバカバカしいほどに快活な女だったと思ってたが? 俺の記憶違いか?」
俺の言葉にジロリとした目を向けるアリス。その瞳には不安が浮かんでいるのを俺は見逃さなかった。
「こんな気持ちで元気になれってのが無理な話よ」
「なんでだよ」
「アンタにもジャレッドさんにも失望したわ。そこまで楽観視できる理由はなに? あんな事が起きたのよ? 怖くならないの?」
悲痛な叫びを押し込めたような言葉だった。心の底から怯えている人間の声。アリスは見た目以上に怯えていた。
「俺だって不安はある。でも不安がって普段通りを崩せば、また同じような事が起きる可能性が高くなる……そんな気がするんだ」
「だったら、それ相応の対応を今から準備した方がいいじゃない?」
「監禁したり、体の隅々まで調べるとかか?」
「そ、そうね……そんな感じよ」
「そんなことをしてみろ。想像するだけでこの子の精神面は更に追いやられて、また無意識の内にあの魔法を発動させるぞ」
「……それは…………」
アリスもそれが正しい未来であるとは思っていないのだろう。言葉は弱かった。彼女はただ怯えているだけなのだ。
「……ジョン…こっちに来て」
弱々しい彼女の申し出に俺は素直に従った。椅子に座る彼女の側に立った。
「私……リリィちゃんの魔法を見て確信しているの。貴方が言った父親が分からないって言葉も聞いて更にそれは深まった」
「…………」
「だってあんな魔法を使える存在は一人しか知らないもの。もしかしたら世界中を探せばまだいるのかもしれないけれど……少なくとも私は一人しか知らない。だから怖いの……リリィちゃんも同じような……そ、存在になるのではないかと」
俺はそれが誰を指しているのかすぐに分かった。
だってあんな邪悪な雰囲気を醸し出す魔法を生み出せる、たった一人の存在として誰が最も相応しいかなんて馬鹿な俺にも想像がついた。
「……魔王か」
最近までこの世界を敵視し崩壊を目論んでいた魔物達の王。そしてそれを討伐した勇者パーティーの中にアリスはいた。その骨身まで彼の恐ろしさは染みているのだろう。俺には知らない世界だ。
「まだそうだと決まったわけじゃないだろ? それはまだアリスの妄想レベルの話だ」
「でも限りなく現実的な妄想よ! ……あんな悲惨な戦い……二度とごめんよ」
アリスが頭を横に振った。
「……あの結婚式の時、勇者様の近くにパーティーメンバーがいたでしょう?」
アリスが破棄された結婚式の事だろう。たしかに勇者パーティも出席していたのは俺も目撃している。
「本当ならあそこにあと10人はいたはずよ」
「え……」
「戦いの旅の中で皆死んでいった。あの残った人達や私なんかよりもよっぽど強い人もいたわ。けれど容易く魔王に命を奪われていったわ。残された私達はただ……ただ運が良かっただけなの。決して強かったから残れたわけじゃないのよ」
「…………」
「ジョンには分からないわよ……自分より強い人がやられる時の絶望感や悲壮感なんて。 戦いの最中に突然やってくるのよその恐怖は。悲しむ暇なんてないわよ! 次は自分が殺されるって恐ろしさしかなかった! 仲間が死んだ事を悼めるのは漸く戦いが終わって心が鎮まってから。 私達はそうやって生き残った」
「……アリス」
「……話が逸れたわ。でも……私にとって、魔王の因子や、再来を予感させるものはそれだけ過敏に感じ取ってしまうの……ただそれだけ」
「…………」
「ごめんね、気にしないで……リリィちゃんが悪い事は1つもない。直ぐに立ち直るから……今はほっといて……」
そう言ってアリスは足に腕を回して顔を埋めた。
俺はアリスのそんな気持ちなどを少しでも配慮してやりたいと思ったが、リリィを守ると決めた俺にそんな中途半端な選択は許されないと分かっていた。
「ゴメンな……」
だから謝り、ただアリスの頭を撫でる事ぐらいしかしてやれなかった。
その撫でる行為でさえした後で間違いなのではと思ったが、彼女が俺の手を払うことはなく、俺は暫くそれを続けていた。




