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解術士


 ─────寒い



 ────冷たい



 ──痛い



 どこだろう。ここ────




 体が重い……痛みも酷い……それに寒い



 暗い─────暗い─────




 怖い。怖いよ。



 ジョン……どこにいるの? ……すぐそばまで来て欲しい。






 水面に沈んだリリィの体を水が抱く。真夜中の水温は冷たくどんどんと彼女の体を冷やし、弱らせる。そこに最早戦えるほどの気力は残っていない。



 ────私……なにしてたんだっけ?



 リリィの中にあったのは闘争心ではなく疑問であった。どうして自分は水の中にいるのだろう……そんな疑問で埋まっていた。埋め尽くされていた。



 永久にも似た孤独感に泣き出しそうになる。四方八方を包む闇に叫びそうになる。愛しき人の温もりを求めてもそれはどこにもない。



 「─────あ」



 名を呼ぼうとした。それは泡沫に消え、ただ異音に変わる。



 届かない助けの言葉。自分の生命の危機を感じた。死をこんなに身近に感じたのはエルフの村にいた頃以来だった。



 しかし突如リリィの右腕に締め付ける感覚が生まれる。強烈な締め付けだ、その感覚は締めるだけに留まらず、一気に彼女を引っ張った。



 ザバァッッ!!



 そんな水面を裂く音と共に自分の肺に一気に空気が入り込んでくる。



 「オェッ!! ゴホッ! ガホッ!……ハァ、ハァ」



 むせながら水を吐き出すリリィ。寒さは消えないが清々しさを彼女は感じていた。水の中では感じられなかった絶対的な恐怖を今は感じなかった。



 「リリィちゃん!!」



 自分が誰に抱きかかえているのかリリィは見た。アリスだ。────なんでこんなところにアリスが? リリィはそう思った。



 だが、彼女の並々ならぬ焦燥の表情はリリィにさえも不安を移す、それ程のものだった。



 「戦いは終わりよ、貴女の勝ちでいいわ! こんなに殴ったり蹴ったりしてごめんね、謝るわ」

 「ゴホッ……え、なに?」

 「だからお願い。今すぐあの魔法を止めてちょうだい! あんなもの簡単に出していいものじゃないわ! さぁ、早く!」



 尋常ではない恐怖の表情にリリィは理解が追いつかない。しかし、焦っているアリスが指をさすその方向に目を向けてみる。そこには夜よりも深い闇の色をした翼を持つ砲が天空で停滞していた。



 「……なぁに、あれ?」



 リリィの偽りなき問いにアリスは動揺する。畏怖する翼を持つ砲から感じられるのはリリィの魔力。明らかに彼女が生み出したものだと断定出来る。がしかし、その彼女がなんだあれはと言ってしまっているのだ。アリスには嫌な予感しかしなかった。



 「おふざけは終わりよ! リリィちゃん、あれが何が分かる!? あの大砲はね、この街を焼き払えるだけの能力があるの! ううん、街だけじゃないわ、その余波だけで此処から半径10キロに渡って地表を削り取るほどの力はある!」

 「な、何を言っているの……?」

 「リ、リリィちゃん……あれは貴女が生み出したものなのでしょう?」

 「……え、私が……? ……どうして? アレはなんなのアリス? ……それに此処はどこなの? どうして私達濡れているの? に、人間に会いたいよ……」



 連続して繰り出される質問に、アリスは察する。



 この子、何も覚えてないのか────と。



 「アリス……アレなんなの? 気味が悪いわ。見ていると吐いちゃいそう」

 「……そうね。けど説明した通りの代物よ。私が何とかしたいのは山々だけど、残念ながら私にはどうにも出来ないの。リリィちゃんには何とかならないかしら? 寒いでしょうけど……どうにかならない?」



 アリスの申し出にリリィは天に浮かぶ『それ』に手を伸ばす。そうして強く念じるが───



 「……あれ、可笑しいな、 魔法が練れない。 アリス……アレに対して魔法が作れないわ。 どうして」

 「……貴女にでも無理なのね。そう……」



 やはりそうかとアリスは色々と察しがついた。最早アレは使用者のリリィの制御出来るものではないらしい。既に自立し、1つの魔法として暴走している状態のようだ。リリィからの同一魔力の魔法では干渉が不可能になっているのもその一端だ。耐性を持ち過ぎて、生みの親であるリリィの魔法対象からさえも逃れているということだ。



 だとすればアレを破壊出来るのはリリィ以外の人間のみに限られるが……



 「私じゃ無理だってー……の」



 不幸か幸いか、まだ『月呑絶叫ルナティック・コーリング』に気が付いた他の人間はいないようだった。というよりも時刻は丑三つ時を既に回っていて、いくら観光地といえど、街には人っ子一人いなかった。だから騒ぎになる前に対処すれば良いだけだが、その方法がアリスにはなかった。



 自身の扱える魔法をもってしても、砲を破壊出来ないことは滲み発せられる魔力の量で分かっていたからだ。実力差は歴然だった。



 「どーしたものかね……」



 余裕のない顔が無理矢理な笑顔を作っていた。














 夜の街を『俺』は駆けていた。その身に風を受けながら夜の街を松明が灯す中を駆ける。目指すはアリスとリリィの元へ───



 「ってクソ重ぇなこの鎖よ!!」



 俺ことジョン・ウィッチだ。ただいま絶賛奔走中。その手は未だ拘束され鎖がチャラついているが、その鎖の先、先程までベッドのフレームの一部として活躍していた木片を俺はその手に抱えながら走っていた。



 ええ、ええ、そうです。拘束を解いてもいかなかったアリスとリリィの馬鹿野郎共には頼らず、俺は一人で鎖からの呪縛から逃れようと暴れていたところ、木製のベッドが先に根をあげてぶっ壊れてしまったんです。低ステータスの俺の力で壊れてしまうとは案外管理の行き届いていない宿をアリスはケチって借りたようです。ま、お陰で金具の擦れで手首は痛くてたまらないですが。血も少し滲んでいるし。



 しかしそうは言ってられない! あの二人がドンパチをするだなんて、止めなくちゃヤバイでしょ!



 俺は両手首を縛られた状態では服を着ることも出来なかったので、ベッドのシーツを上手いこと体に巻きつけ、宿を飛び出した。流石にパンイチじゃ無理だった。寒さ的に。



 てなわけで、ほぼ変態と変わらない姿で俺は夜の街を駆けていた。靴は履けたからまだ走りやすいが、ベッドフレームの欠片や、はだけないためにシーツの端を握っている手は忙しく、走りにくさを倍増させる。手を離せ? そんなことしたらフレームと鎖が地面で引きずられてガラガラうるせぇんだよ!それにシーツは離したら彼方まで飛んでいって、残るのはパンイチの拘束変態M野郎だろが!



 って今はそんな事を考えている場合じゃない!先程から嫌な感じが空からしていた。なんつーか……二日酔いに似た気持ち悪さっつーか、小便のキレが悪い時っつーか……とにかく嫌な感じだ。



 その方向に向かって走っていくと、案の定、空に不気味な存在が浮かび上がっていた。



 「な、なんじゃありゃ……」



 ドロドロとした翼を持った大砲。見た通り伝えるならそうだ。そんなもんが月明かりに照らされ、砲身を地上に向けていた。言わなくても分かる。あれだ……あれこそが嫌な感じの正体だ。



 しかしありゃいったい……



 「アリス!?」



 驚いた事に河のすぐ水面の上で浮遊しているアリスの姿を見つけた。その手にはリリィもいる。



 「ジョ、ジョン!? どうして貴方が!」

 「お前らを追ってきたんだっつーの! ドンパチやって街に迷惑かけるんじゃねーかと思ってな!」

 「大丈夫よ、私達空の上で戦ってたんだもの。迷惑なんてかけてないわ」

 「そうか、それなら良いんだけど」

 「そうよ、分かってくれたならいいわ。──ってそうじゃないのよ!」



 そう叫んだアリスが超特急で俺の側まで飛んできた。その腕に抱えられた眠ったリリィがびしょ濡れだったことに俺は驚いた。



 「何があったんだよ!?」

 「リリィちゃんは水に落ちただけよ。そんでもって今は眠っているだけ、心配ないわ。眠らせたのも暴れられると困るから私の催眠魔法でやったの」

 「……のわりには顎とか少し青ざめているんですけど」

 「……それは女の名誉として受けとっておいて。そんなことより不味いわ」



 いつになく真面目な表情をアリスがする。



 「見えるでしょ? あの魔法」

 「ああ、あの嫌な感じを発しているやつだろ?」

 「そう、アレはヤバイわ。魔法に詳しくない貴方に簡潔に言うと、あの大砲が魔力の球を放った時、この街が吹き飛ぶ。だから今すぐ街を出ましょう」



 簡潔すぎだろ!



 「ちょ、ちょ、ちょっと待てって! え、吹き飛ぶってマジかよ!」

 「うん」

 「うん……じゃねーよ! 何とかしないとダメだろ!? この街には何千人と人が住んでんだぞ!?」

 「そんなこと分かってるわよ」

 「い、いやに冷静だな……なにか、あれか? あのまま放置していれば大砲は発射されない的な意味での冷静さか?」

 「いいえ、あとものの数十秒で発射されるでしょうね」



 そう言ってアリスが大砲に指をさすと、確かにその砲口から紫色の眩い光が輝き始めていた。



 「いやいやいや!! どーすんだよ! アリス!何とかならねーのか!」

 「私には無理だから言ってんの!!冷静さを欠かさないでよ!! 無理矢理キャラ作ってたんだから!!とにかく今の私には貴方とリリィちゃんを連れて逃げる事しか出来ない!早く私の背に乗ってジョン!」



 そう言って体勢を俺の背中に乗りやすい様にしてくれる彼女だが────



 ちょ、ちょっと待てって!!



 「い、いやアリス待てよ! こんなの不味いって! 俺達しか今あの大砲に対処出来るヤツはいないんだろ!? 逃げたら大勢死ぬんだろ!?」

 「分かってるわよそんなこと!! でも私には出来ないし、リリィちゃんにも無理、貴方にはもっと無理でしょ!? 逃げなくても大勢死ぬわよ!! だったら逃げるしかないじゃない!! いいから早く乗りなさいよ!! 死にたいの!?」

 「……そ、そんなわけはねーけど」

 「死なせないわよ!! リリィちゃんだって死なせない!! ──もういいわよ!!」



 そう言ってアリスは無理やり俺にタックルする形で背に乗せると猛スピードで飛んだ。



 その時だった。大きな炸裂を立て、大砲が唸った。



 紫色の閃光と共にどす黒い何かが運河に向かって放たれるのを俺は見た。



 「────ッ」



 胃の中をひっくり返された様な恐怖が一気に膨らむ。



 間に合わない。確実に死んだ。



 垣間見ただけの砲弾に一瞬でそんな確信を抱いた。あれはどうにもならない存在だ。アリスの言うことが一瞬で理解出来た。少しでも対処しようと考えた俺がどれだけ馬鹿だったか……分かった。














 「『虚無魔導ネル・リタイア』」



 砲弾が運河に衝突する瞬間、男の声が刹那に響いた。そして俺は目の前で信じられないことが起きるのを目の当たりにした。大砲から放たれた黒弾が徐々にスピードを落とし、遂には水面上で停止したのだ。



 「アリス見ろ!!」

 「ッ!?」



 目の錯覚かと思った。しかし確実に止まっている。俺はすぐにアリスに声を掛けると、彼女もそれに気が付き、急ブレーキをかける。



 「どういうこと!?」



 あんなにも恐れていた大砲の攻撃が停止していたのだ。その動揺は当然だった。



 そしてその動揺は更に深まる。止まった砲弾がボロボロと砂団子が壊れるように崩壊し始めたのだ。そしてそれに続き、大砲やドロドロのスライム状の翼も

。遂には完全にチリと化し、夜の風に消えていった。



 「───いや〜……やめて欲しいねぇ、あんな物騒なもんを俺の地元で振り回すのはさぁ」



 先程響いた男の声と同一の声が俺達に向かって浴びせられる。動揺する俺達がそちらに向かって視線を投げると、そこには黒いズボンに白いシャツ。大した特徴もない格好の捻れた黒長髪の男が浮遊しながら俺達を見下ろしていた。



 「ね?」



 そう言ってウィンクする彼の登場を俺を素直に怪しいと思った。






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