女の戦い
三人称です。
「『無鉄刀剣』」
アリスの言葉に彼女の周りに4本の魔法剣が生み出される。リリィはその魔法を覚えている。あのフォークスも使用していた高難易度の魔法だ。ただ、アリスの生み出した剣はフォークスのものと違い、その全体色はブラッドオレンジ色であった。
「最近は何事もなくて体が丁度鈍っていたところだったからね、感謝するわリリィちゃん。良い運動になるわ」
余裕綽々の発言。リリィはそれにうんともすんとも答えない。
そして魔法剣を展開するアリスとは違い何も周囲には魔法を起こさないリリィにアリスは疑問を浮かべる。
────あの足場にしている氷の地面……そして浮かせるための風の魔法……同時に2つの魔法を併用している。しかもここまでくるのに同じ物をいくつも作り出しているだなんて……彼女のキャパシティは異常だわ。エルフだからなのかしら? いやそれにしたって……数えただけでも8つの魔法の同時使用を行なっている。それって凄い事だわ。そしてそれだけのスペックをしていて何故身を守る魔法を展開しないのか……同時に使用出来る魔法は8つ程度までなのか……身を守る魔法を覚えていないのか……分からないところだわ。
アリスはそう思いながらも問う。
「準備はいい?」
「ええ」
リリィの答えにアリスはすかさず右手を彼女に向けた。
「『風神拳底』!!」
リリィの体を風の衝撃波が襲う。軽々と氷の足場から突き落とされるリリィ。すぐさま彼女の体は落下を始める。
「────風よ」
しかし宙で一回転するとその足元にあらかじめ作り上げていた氷の足場のひとつがやって来る。見事に着地するとリリィはアリスを見る。そうして意識を集中する。
するとどうだろうか。リリィが足場として作り出していた氷の円形の足場が次々とアリスに向かって飛翔していくではないか。
「な、なんですって!?」
1、2、3……計6つの巨大な円盤による攻撃をアリスは無鉄刀剣で迎え撃つ。深みのある橙色の魔法剣は炎の属性が付与されている。その効果は速度の倍増化。他属性を付与された無鉄刀剣よりも素早く操る事が出来るのだ。
アリスはそれを使い、剣の腹で受け止めたり、或いは両断する。相手に出来ないものは自分自身が避ける。
両断した氷板が落ち、運河に水飛沫を上げて飲み込まれた。もし昼間であれば船や付近からクレームが来そうだ。そんな事を考えながらもアリスは次の手立てを講じる。
「厄介な魔法ね」
避けたはずの氷板が大きく旋回して再びアリスを襲おうと迫り来る。しかし────
「『剛氷弾』!」
空から飛来した巨大な氷塊に衝突され、リリィの氷板は砕け散った。
───これで残る氷の足場は2枚ほど……
そう思うアリスはリリィに再び視線を移すが。
「嘘でしょ……」
リリィの姿は少しだけ目下にあった。しかしその見下ろした先にある信じられない光景にアリスは閉口した。
白銀の氷の円盤。たった今6つのそれらを相手にしたばかり。それなのに気が付けば、それが今度は30……いや、50は軽く凌駕する量で、目下の世界に作られていたのだ。
ひとつも漏れず宙に浮く氷の板はまるで、空に浮かぶ島を連想させた。
「──準備はいいかな?」
子供の問う言葉。しかしアリスには冷たく見下げられた格上の言葉の様に感じた。
「あ、貴女……いったいどんな魔力の量を……」
その数の氷板をこの短時間で作り出す時点で異常な筈なのに、その上で風魔法を同時使用し全て浮かせる。それは即ち100を超える魔法を同時に使用し、異なる動きを可能にするということと同義だ。
そして先程から気が付いていたが、リリィは魔法名を口に出さない。なのに魔力が属性と結びつき、理想の形を成して魔法として成立させている。
そんなものは言ってしまえば例外だ。魔法は名を持って、想定された形を持って初めて発生させることのできる技術だ。そんな……そんな理想を現実にするような真似は……まるで神の所業……
どの枠組みにも属さないというならば……あえて言うならば……『無形魔法』……そう名指すのがふさわしい。
そしてこの無形魔法……年端もいかない少女が操っているとなると……それは最早認めるしかなかった。彼女は魔法の神童と。
「やって」
多数生み出された氷板のひとつに立つリリィが、呟くような指示を下す。彼女の周りに浮く十数個のそれを残し、他の30〜40の氷円盤は群れをなす生物を連想するようにゆっくりと一斉に動き出す。鈍重に動き出すそれは徐々にスピードをあげ、一斉にアリスに向かって飛んできた。
「……だからといってやられる私じゃないわよ!!」
アリスの周りに更なる無鉄刀剣が出現する。今度は青く発光し、稲妻がバチバチと走る『雷属性』の剣だ。それを追加で4つ、計8つの剣で彼女は受けて立つ意気込む。そしてそれだけではない。
「『炎放射』!!」
その言葉と共に差し出された両掌から巨大な火炎放射が放たれる。素早く散開する氷円盤だが、逃れられなかった物は一瞬にして消滅する。それほどまでの威力だ。
「チィ……二、三個しか壊せなかったかぁ」
とっくに酔いの冷めた頭で冷静に戦況を分析すると、明らかに自分が不利であることをアリスは理解していた。自分より明らかに実力が劣るであろうリリィに対して5つほどの魔法で対処しようとしていた自分を今は馬鹿であると叱責していた。そして出し惜しみしている場合ではないかもと考え直す。
「……まったく……とんでもない天才と出会ってしまったわね…」
そう言いながらアリスは目を閉じると静かに呟く。
「『韋駄天生』……少しだけ本気になってあげる」
瞬間、アリスの周りを異様なオーラが包んだ。ブロンドの髪が風もないのに少しだけフワリと持ち上がった。その様子は今までのアリスとは明らかに異なっていたのだった。




