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子供には優しくしろ

 

 散々馬鹿にされながらも予定数量に達した為に、仕事は無事に終わった。



 遅く始めた為に辺りは暗くなっていて、帰り道にリリィの魔法によって出来た炎がとても頼もしかった。



 村に着き、普段奥様方が井戸端会議に使っている広場の方が、この時間にしては騒がしく目を引いた。今日は祭りなどの催しなどはないはずだが……



 「ですから見た目10歳くらいの子供です。あの子の体力ではこの村くらいにしか来れないはずなのです」

 「そう言われても……まあ待って下されお客人、今人を集めて一軒ずつ家々に聞いてまわりますゆえ……」



 村長と聞き慣れない男の声だった。どうやら何かを話しているようだが、その周りの野次馬が壁を厚く作っている為にその様子は見えない。



 「何かあったのか?」



 俺は知り合いの男に声を掛けた。



 「ああ、ジョン……なんかついさっき到着したエルフでな、なんでも人を探しているらしいぞ。長い銀髪の小さい女の子なんだってさ。エルフ達の里から行方をくらまして3日は経ってるから、あのお兄さんがここまで探しに来たんだと」

 「え?」



 エルフの女の子? 3日?



 俺は心当たりしかなく、振り返りリリィを見た。しかしその場にはリリィはいない。辺りを見渡すが何処にも彼女の姿はなかった。恐らく俺達の会話を聞いて逃げたのだろう。



 どこに行ったと思う俺の耳に、その男エルフの声が入ってくる。



 「ああ……心配だ……獣などに食われてなければいいが……」



 リリィの身を案じている声だ。なんだよあいつ……ちゃんと帰る場所も、心配する人もいるんじゃねーか。ただの家出かなんか知らないが、知り合いに心配をかける事はよくないだろうに。



 仕方ない。ここは俺だけでもあの男エルフに情報を提供してやるか。



 俺はそう思って人の輪を搔き分けようと思うが、手を止めた。……なんでリリィは逃げたんだ。その疑問がどうしても引っかかり、足を前に進めるのを躊躇ってしまう。



 これは何かあるかもしれない。



 きっとまだあの男エルフはこの村にいるだろうし、とりあえずはリリィを先に見つけても遅くはないだろう。



 俺は一人、人の輪を離れた。



 探すといっても彼女の行きそうな場所は1つくらいしか検討はつかなかった。当然俺の家だ。あそこなら色々な物や家具の場所は分かっているだろうし隠れるにはもってこいであるからだ。



 「おいクソガキいるか?」



 俺は家の扉を開け見渡す。返事はなかった。しかし奥のベッドルームへと入るとすぐに目的の者はいた。ベッドの上で毛布がこんもりと不自然に膨らんでいる。



 なんのひねりもない所に隠れやがって。



 「お前を探しに来たんじゃないのか。あれは」

 「…………」



 返事はない。



 「心配そうにしていたぞ。帰らなくていいのか」

 「……あんなやつは知らない…」



 くぐもった声でリリィは答える。



 「嘘をつくなよ、この村にエルフなんて今まで数回しか来たことがないのに、こんな短期間に2人もこの村に来るなんて、お前らに関係性がないわけがないだろう」

 「……知らない」



 聞くつもりもないといった感じだ。イライラする。人と話す時はせめて体と向かって話すもんだろうに。



 俺は力任せに毛布を剥いでやった。



 「おい、てめぇ知らないなら逃げる必要も───」



 しかしそこにいた、こちらを見る彼女の顔を見た時、俺は後悔と共に負い目を彼女に抱く事になった。



 普段から白い肌を、更に青白く染め、そのコバルトブルーの瞳は恐怖に呑まれている。全身は微震し、素人目から見ても尋常ではないのが分かった。



 「人間……」

 「お前……どうしたんだ……」



 何が彼女をそこまで追い詰めたのだろうか。俺は混乱に呑まれる。



 「こわい……」



 そう一言しか告げなかったリリィだが、その一言にこの小さいエルフの全てが詰め込まれている気がした。



 「何がこわいってんだ」

 「…………」

 「おい」

 「……し、死にたくない…」



 トラバサミに挟まっていた時とは比べものにならない程、重々しく、怯えた声で彼女は言う。本気の恐怖がそこにはあった。しかし死にたくないとはどう言う事だ。



 俺は怖がるリリィに毛布をかけてやる。あまりにも不憫だったから。



 そうすると彼女は寝転んだ状態からゆっくりと体育座りのようにし、身に毛布を纏った。



 「なんでいきなり死ぬなんて言い出す。俺はあのエルフの話をしているだけだぞ」

 「あの人は祭司様……私を連れ戻しに来たんだ……私が…生け贄の巫女だから」



 聞き覚えのない単語に俺は頭を捻る。



 「生け贄の巫女?」

 「エルフの村に脈々と続いてきた伝統。決まり事。一年に一度、巫女に定められた女は『モルティア様』に捧げられる」

 「モルティア様ってのは?」

 「エルフの里を守る守護竜様……凄く怖い……残虐……」



 あまり多くを語りたそうにしない彼女だが、前世が日本生まれ日本育ちの俺には大体の事が推測出来た。要はあれだ、エルフの里に染み付いた土着の習わしの一環でリリィは貢物にされると。そして一年に一度ということは、そのモルティアとか言うやつは一年間かけてその貢物を好き勝手に扱うってこった。ファンタジーじゃ良くある話だわな。まあ、これは現実であるからそれだけじゃ片付けられないのが悲しい話だが。



 「モルティアってやつはいい竜じゃないみたいだな」

 「里自体、大昔からモルティア様の支配下にあるから……誰も逆らえない……私のお母さんも前に巫女として捧げられた」



 まじか……



 「……竜に食われた話ってのはそれだったのか」

 「厳密には違う……」



 リリィは苦い顔をしていた。



 「別に言わなくてもいい」

 「お母さんは貢物として出て行った丁度一年後に帰ってきた。『皮』だけ。背中の皮だった。そこには丁度一年が経ったから、次の巫女を寄越せって文が刻まれてた」



 俺は息を呑んだ。なんだよそれ、あまりにも非人道的だ。貢ぐ者と貢がれる者同士の間でやっていいことじゃねーだろ。



 リリィの目からは自然と涙がつたっていた。彼女自身相当にキツイ記憶のようだ。当たり前だ。



 「……言わなくていいって言ったろうに」



 リリィは毛布をきつく抱き締め、それで目元を覆う。涙を拭っていた。



 「モルティアを殺そうとはしないのか、エルフの奴らは」

 「無理だよ……」

 「なぜだ」

 「モルティア様は対魔法の護りを持っているもの……それにエルフの弓矢じゃ、あの方の鱗は貫けない」

 「じゃあ、エルフじゃなくて冒険者に助けを求めろよ。街にはギルドもある。竜退治くらいお手の物ってのが、少しはいるだろ」

 「エルフの里は人間は入らせない。先祖代々人間との接触は控えるように言われている。手を借りるなんて禁忌中の禁忌」



 閉ざされた文化圏での決まり事か。どこにだってそんな話はあるもんだ。

しかし、そんなエルフがこの人間だらけの村にまで下りてきてリリィを探しているとは……相当にこの儀式の成功が重要であるらしい。



 俺はどうしたものかと溜め息をついた。まさかこのエルフにそんな事情があったとは……てんで他人には安寧をもたらしてはくれない、自分のスキルのシビア差を思い知った。



 「そうか。お前が里に帰らなければエルフ達はどうなるんだ?」

 「多分……みんな死んじゃう……モルティア様は里の女以外の生贄は受け入れない。要求に応えなかった場合は皆殺しにするって言っていた」



 暴力による支配か。好き勝手やってるね。しかしなんだ、こいつが生き残る方法はあるってことか。



 「なんだ、抜け目があるじゃねーか、お前の生きる」

 「え」

 「お前がいなければ、皆んな死んで終わりだろ? だったらそうすればいいじゃん」

 「な、何を言って……」

 「だってそうだろう? 自分を殺す里だぞ? そんなもん滅んじまえばいいんだよ。 こいつがいなくて儀式が成功しなかったとしてもそのモルティアって竜が里の全てを殺すんだろう? だったら里の結末を知る者はいないし、誰かに怨まれる心配もなく余生を過ごせるってわけじゃないか。万々ばんばんざいだ」

 「…………」

 「戻らなきゃいい。皆んな殺してもらってエルフの里なんて無かった事にしてもらえやいいんだよ。そんな事を言ってる竜なら里を壊したって、何とも思わないで次の自分を崇めてくれる場所を探すだけだろ。リリィに固執する可能性も低い」

 「ダメ……でしょ…そんなのは……」

 「いけないことか? 俺はそう思わない。お前の人生はお前のものだ。お前が生き残るためにはこれしかないなら、それに従っても良いだろう。だって別にお前がエルフ達を殺すわけじゃない。エルフ達が屈した力の被害者であるお前が逃げた結果、自分達の絶滅に繋がったってだけだ」

 「そうとは思えない……」

 「どうせお前が生け贄になったって、そのイカれた文化は未来永劫続いていくんだろ? 遅かれ早かれ里は滅ぶ運命にあるってこった」

 「そんなことないもん……お母さんもいつかはこの儀式が終わるって言っていた」

 「終わると思うか? ヤツにとって得しかないのに? モルティアは自分に利益がある内はこの儀式をやめようとはしない。だってそうだろ? 自分を止める足枷なんてないんだからよ」

 「……………」

 「だからよ、逃げちまえよリリィ。それがお前にとって、幸せへの第一歩だ」



 そうだ。逃げてしまえ。自分の為に。



 逃げる事はいけない事ではない、それは弱者にとっては逆転の一手でもあるのだ。周りには甘いだの弱いだの言われても、逃げて逃げて……ようやくたどり着ける幸せもある。それが強者への道に続いていることだってあるんだ。



 逃げる事を恥じても、禁じてはいけない。それは自分の武器を殺す事にも繋がってしまうのだから。



 「……ダメだよ」

 「…………」

 「里には私より小さい子もいるもん。その子達もこの儀式がいつか終わる事を信じて日々生きてる。未来には何をしたいかとか、何を食べたいかなんてお話もしてる。大人達は人間と接する事を禁じているけど、小さい子達は人間と交流したいと思ってる子も沢山いるの。きっとその子達が大人になったらエルフの里にももっと人が来て、家も増えて、幸せな里になれると思う」



 リリィは弱々しくも語る。



 「……きっと直ぐにじゃないと思う……来年、再来年にも生け贄になる子もいると思う。でもあの子達の誰かがそんな未来を見れたなら……私は嬉しい……」

 「じゃあどうするんだ。そんな恐怖に塗れた里に戻るのか」

 「…………」

 「お前は死んで終わりだぞ」

 「…………」

 「死よりも恐ろしい目にあうかもしれん。母親よりも辛い結末を辿るかもしれない。それでも来るかも分からない未来の為に犠牲になるのか」



 リリィは怯えていた。肩を震わせ、目を弱々しく細め、涙は引いていたが、その答えは強かった。



 「それでも私は……帰る」



 先程まで怯えていた子の答えとは思えなかった。でも幼い彼女にも守らなくてはならないものが里にはあったのだろう。



 「馬鹿なやつだ」



 俺の言葉が届いていたかは分からない。結局彼女は逃げる事は選ばなかった。



 家を出て広場に送るまで彼女は一言も喋らなかった。死に対する恐怖がその心の大半を占めていたに違いない。しかし彼女は最後俺と別れる時に一言だけ優しく言った。



 「ありがとう。人間、あなたの事は忘れない」



 いつもの天邪鬼あまのじゃくや、駄々っ子とは違う調子のしっかりとした口調の彼女の礼。それが妙に大人ぶったように感じられて、彼女に不釣り合いな気がした。



 俺は彼女と別れ、ひとり家に戻ると、残された彼女の服を見て、この家の普段の静けさを思い出した。





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