危機
鈍い痛みにうなされながら、重く瞼を開いた。
暗い部屋だった。覚えのない匂いに自分の家ではないことは確かであった。
一体俺はどうなったんだ。薄暗い部屋の中、辺りを見回す目がまだ慣れてないのか、何も見えなかった。
「あら、おはよう。いや、こんばんはかしら」
その聞き覚えのある声がしたかと思うと、突然カシュッとした音が鳴り光が一つ灯る。壁に掛けられていた燭台だった。その上の3つのロウソクに火が灯され、大きな発光源として部屋を優しく照らした。
「アリス……俺は……ってうぇああ!?」
光が灯された方を見ると、優しい炎の明かりに照らされたアリスがそこには立っていた。一糸纏わない、生まれたままの姿で。
焦りつつも辺りを見ると、ここは小さな部屋だった。しかし壁や置かれているテーブルなどの家具を見るからに決して安くはない部屋である。その感じはどう見たって一般の家ではなく、明らかに掃除が毎日行き届いた宿の感じだった。
何が起きたかを思い出す。そうだ、俺はアリスに誘惑されたところで、頭を誰かに殴られて……って十中八九アリスだけどな!
寝ていた俺が起き上がろうとした時だった。腕を上にされていたのを戻そうとしたが、戻らなかった。そしてそれを予想していなかった、俺はその反動で再び背中を背後に打ち付けた。といっても俺はベッドに寝かされていたみたいで、優しくボフッと背中を包まれただけに終わったが……
どうやら俺の両手首は何か拘束するもので縛られ、その拘束具にはチェーンか、何かが結ばれているようだ。動くたびにチャリチャリ音が鳴り、手元を確認しようにも目の前にさえ、腕を持ってこれなかった。
軽く言って全く脱出出来そうにはなかった。
「ア、アリス……お前」
脱出しようともがく俺を、裸の彼女が楽しげに見ていた。
「フフ……滑稽ね。初めて首輪をつける犬でさえそんな醜態晒さないわよ」
妖艶に笑みを浮かべるアリス。幼い頃は見たことはあったが、大人になってからは初めて見る彼女の裸体は途轍もなくイヤらしく、そして美しかった。
俺とは違い丸みを帯びた女の体。薄明かりの中でも分かる、桜色の乳首を備えた豊満な胸。くびれのある腹回り。そこから流れるように大きな骨盤に続き、ブランド色の陰の毛が薄く茂る体の下腹部。何も履いていない太腿やふくらはぎ、足先まで素晴らしいの一言に尽きた。
何もされていないはずが、俺のアレは臨戦態勢に入る。そしてそこで気がつく。俺も既にほぼ全裸であり、唯一の砦がパンツ一枚であることを。
何をされるかなんて想像に容易かった。
「あ、アリス……これは強姦だぞ……何を言おうと、お前が犯罪者になることは変わりない」
「おっ立てておいて、その言い分は通らないと思うわよ。大丈夫、夜は長いわ。次第に貴方から求めるようになるんだから」
くそ、俺の童貞性を逆手に取りやがって!! 実力行使に出られたら俺の反抗心だって揺らいじゃうぞ!!
しかしまだ始まっていないのだからまだ交渉の余地はある。
「おい、アリス、お前普段から俺のことなんて見下しているじゃないか、お前にとって俺は虐げられている時が一番輝いて見えるんだろう? だったら俺から求められるのはお前にとって結果的に屈辱的なものじゃないか?」
自分で言ってても何を言っているか、正直わけわかんないけど、とりあえずは止めようと俺は必死だ。
「────確かに貴方が調子に乗って、私の体を好き勝手にするのは悔しいわね」
「そうだろ!」
「でもそれって最高ね」
「はぇ?」
「普段は雑魚同然の人間なのに、寝床では逆に私を虐げ、嬲り、無慈悲に犯す。ステータスでは私が上、反撃する事など容易いはずなのに……日々の鬱憤や仕返しの感情を打ち付けるが如く、私の体を貪る貴方に私は快楽の波に飲まれ、その気さえ薄れてしまう。貧弱な貴方に……弱い貴方に……乱暴にされる……良いわ。凄く……良い」
こいつ何言ってんの!!?
発情した顔で俺を獲物のようにジッと見るアリスに俺は恐怖と、情欲の入り混じった意味の分からない興奮を覚え、ひたすらにもがいた。
「暴れても無駄よ。鋼鉄の鎖を魔法で生成したの。貴方のステータスじゃどうあがいても破壊出来ないわ」
遂には俺のベッドに乗り上がるアリス。四つん這いで迫るその様は、肉食獣を連想する。
「ああ……ぁあ!! やっぱり逞しいわジョンの身体! 弱いくせに! 低ステータスのくせに! それなのに色々逞しいだなんて、なんて卑怯なの! そのギャップがズルいわ!」
俺の下着越しに息子を見つめるアリスの顔が変態のそれ。目付きがヤバイ。見開きながらも潤んでいるもんだから尋常ではないのがハッキリしていた。
彼女からのお褒めの言葉は、嬉しい言葉だけど嬉しくない!! いや、嬉しい展開だけど、違う違う違う違う違う違う違う!!! 相手がアリスだなんてロクでもない結末が待っているに決まっている!!
許しちゃダメだ! 許しちゃダメだ!
「助けてく──「おっと、叫んじゃダメよ? 人に邪魔されたんじゃ意味がないわ。 ここは私と貴方だけの空間なんだから。 でも叫ばれても困るから貴方が自分から求めるようになるまでは────」
俺は無理やり口を開かれ、布を咥えられされた。
しかもまず、丸められた布を口いっぱいに突っ込まれ、その上から細い布で頭の後ろに巻き付けるなどという厳重さだ。
「あは、これで大丈夫ね。因みに貴方の口の奥に突っ込んだそれ、私のパンツだから」
はああぁ!!?
その発言に一気に口の中を意識してしまう。
「…………へ、えへへ……ふふふふふふふふ……あ、はははっ!! 楽しみね!楽しみね! ジョーくん! ……ジョン! ああ………ああ!! 私、こんな気持ち初めて! 破瓜の時でさえこんな気持ちにならなかった! 勇者様の相手をするのに慣れた頃にもこんな昂ぶったことはなかった!! ……楽しい! 私絶対可笑しくなっちゃうわ! ジョン!」
うわわわわ!! ヤバイって! 口から軽く出たヨダレを人差し指で拭う彼女の姿は極めて扇情的だが、俺の初めてがこんなヤバイやつなんて納得いかねー!!
嬉しいけど、嬉しくねーーー!!
「もがもがもがもがーーー!!」
誰か助けてくれーーーーー!!!
「────猿は相応しい相手と盛ってなさい」
情欲が支配する部屋にシンとした雪のような声が響き通った。
俺もアリスも意表を突かれ一体何がと、その声の方を見た。そして驚愕する。あるはずのない現実に動揺を隠せない。そしてそれはアリスも同じだった。
パクパクと口を開き、言葉を零す。
「……リ、リリィ……ちゃん……?」
部屋の扉の前。虚ろな目で見下げ果てるようにこちらを見る、白いワンピースの白銀のエルフの少女。リリィ・キャラメリーゼが立っていたのだから。




