絡め取られる
「冗談キツイぜアリス、悪酔いし過ぎだ」
狼が目の前に置かれた肉を、食べるのに待つことはあれど、拒絶することなどは決してない。それは彼らには倫理観などないからだ。
だが俺は違う。狼ではない。人間なんだ。人間には倫理っつーもんがあり、それこそが人間を人間たらしめる要因なんだ。
そして過去に一度裏切られ、相手を知り、学んだ俺には魅力的、蠱惑的な女体を前にしても最後の最後に立ちはだかる大きな壁が建設されていた。
「ふぇ?」
まさか予想外だという反応。少しばかりアホっぽい。それがアリスらしくて少し可笑しかった。
「ほら、アホなこと言ってないで宿探してとっとと寝るぞ。こんなフラフラになりやがって、世話の焼ける子だ」
グッと引き寄せられていた体を自然な流れでゆっくりと離した。支えてはやってるけれど。
「ジョーくん……」
「なんだよ」
「しようよ」
俺が本気にしていないと思ったのか、今度はしっかりとした口調で強めに申し出てくるアリス。その緩んだ瞳の奥には確かに本気というか、執念のようなものを感じた。
「ダメだ。というか嫌だ」
「なんで?」
「いや、普通に考えりゃ分かるだろ。お前、俺のことフッた。俺、お前にフラれた。幼馴染ではあれど、恋人にはもうならない」
「なんで?」
「いや、俺がなりたくない。それにお前だって結婚するなら金があって、顔が良くて、お前の全てを受け入れてくれるような人間がいいんだろ? じゃあこんなとこで安売りするなよ」
そういう人間が好きな男もいるけれど、体を安売りする女を大半の男は結婚相手には選ばないと思うから、そう俺はアリスに言ったのだけれど、彼女は何故だかクスクス笑いだした。
「……なんだよ、なんで笑ってんだ」
「クククッ……い、いや、結婚って……飛躍しすぎと思って……」
どういうことだ。
「あー……おっかしー……」
ひとしきり笑うと漸くアリスが再び俺を見ていやらしいニヤケ顔で言う。
「私、ジョーくんとしたいって言っただけよ? 誰も結婚なんて言ってないじゃない」
「え……」
「すぐそういう考えに直結するの?」
なんだよその時代錯誤の考え! え、え、ちょっとまってよ!少なくとも俺がこの世界に転生してから見てきた限りではこの世界は限りなく婚前性交に厳しい土地が多かった。というよりも宗教観だとか、両家の関係性だとか、そういうのを踏まえた上で性行為に対する倫理観が重んじられていた筈だった。
だから俺もアリスが魔王討伐まで清純な体を保持してきたのだ。それはまぁ、俺自身その時まではアリスの事も本気で愛していたってのもあるが、やっぱり村全体にそういう考えが浸透していたからってのも大きかった。小さい村だけど、そういう部分は大きな国や都市の風俗に倣っている村だったから、自然と俺もそれを迎合していたのに……
同じ村出身なのに随分と俺の前世世界的な発言をするなと驚いた。
「いや……そういうわけじゃないけれど」
「やっぱり! ジョーくんはそう言うと思った」
「なに?」
「多分村の男達なら私の今の言葉で『当たり前だ!』とか『そりゃそうだろ』とか、言ってきたと思うのよね。でも私は薄々ジョーくんならそう言ってくれると思ってたんだ」
「あ、そう、当たって良かったね」
「ええ。じゃあしましょうか」
「ちょ、待てよ!」
どんだけだよ! コイツ!
「なんで俺がお前とそういう事を致すんだよ! 」
「最近は男日照りだし……ジョーくんとの二人旅ってだけで最初からこうしようと思ってたもぉん」
「お前っ! あ……だからリリィは連れてかないって言ったのか!」
「えへへ……当たりぃ〜 じゃ、正解者の貴方には私を無茶苦茶にする権利を与えましょう〜」
「いやいや、それこそどっかの男捕まえてやりゃいいだろ! ナンパしろよ、ナンパ! 女に飢えてるやつを捕まえりゃ俺より無茶苦茶にしてくれるって!」
「やーよ」
「なんで!」
俺の問いに酔ってるくせして、真っ直ぐに俺を見てアリスは言った。
「貴方が好きだから。貴方が欲しいから」
……不覚にも重い生唾を飲んでしまったのは内緒だ。
「まさか私が誰でもいいと思って声をかけてると思ってるの〜?」
「そう思われても可笑しくない仕打ちを受けてるからね!」
「アハハッ!そうね! ……でもジョーくん聞いてよ。私、勇者様以外には体は許してないよ? 確かに村じゃ無理矢理手篭めにして勇者と結婚しようとした恐ろしい女って言われてはいるけど」
俺は馬鹿な女って聞いたぞ。現実を素直に受け入れられないのか、どうやってもイキリたいのか、コイツはそう捉えているようだ。
「貴方を含めたとしても二人しか経験してないのよ? それって多い方なのかしら。 貴族だって上手く行かなければ三度、四度と結婚する方もいるしぃ、貴方の隣に住むご老人だって若い頃は相当ヤンチャしていたらしいじゃない。村に住む娘四人程と関係を持って、その上でグランマの街に三人の貴族の娘とイチャコラしていたとかぁ。そういう話を聞けば私って凄い逸材だと思うわ」
「え、なんで」
「こんな何も特徴のない男とだけセックスしたいと思っているんだもん。凄い慈悲深いと思わない?」
ドMなら大歓喜なセリフだな、オイ! だが残念だが俺は被虐趣味じゃないんでな、ムカつくだけだわ!
「慈悲深いかどうかは置いておいて、とにかく俺はしないから」
「……私のセカンドバージン受け取ってくれないの?」
「それ多分使い方間違ってると思う。セカンドでもサードでもいりませんから俺は」
「ふーん……」
渋々というか納得いかない様子でアリスは諦めた様子だった。酔ってはいても聞き分けはいいようで助かった。
あいいいいい!!??
しかし突如として俺のアレに衝撃が走った!
「そういうわりには……」
不意打ちにアリスが俺の息子様にしっかりと手をやっていたのだ! ズボン越しに触れられる彼女の細い指に触られ、しかしそれでいて痛くない甘い感触に俺はすっかり動揺していた。そりゃ童貞だからね!
「貴方も期待していたんじゃない。なによ、興味ないみたいに振る舞ってるくせして……」
「や、やめろアリス」
細い蛇が俺のアレを布越しに這うような感覚。恐ろしく甘美だ。夕日が傾きかけて、人通りのない道で助かった。こんな醜態を赤の他人に晒せるわけがなかった。
「だったら押し退ければいいじゃない」
「お、俺の低ステータスじゃ……」
「嘘、それくらいはできるはずよ。なんなら私は抵抗しないと約束してもいいし」
余裕を持った顔をするアリスに一矢報いてやると意を決しようと思う俺だが、いまいち踏ん切りがつかない。……ちくしょう! 俺が童貞だから……ちくしょう!
「ほ〜ら出来ない。やっぱり私の魅力には逆らえないのよジョーくんは。 可愛いわね……可愛いわね……ホント好き。 ……あ、そうだいいこと教えてあげる」
「は?」
「こうやって触って気が付いたけど……」
「…………」
「ジョーくんの……勇者様のより立派よ」
背筋がゾクっとした。……ああ、俺はこの感覚を知っている。これは優越感だ。情けなや、俺が憧れる勇者様より優れている部分があると、その男の裸を知っている女に言われ、嬉しくなってしまったのだ。情けない男だとつくづく思った。
「こんなのでやられたら……私壊されちゃう」
「ア、アリス……」
「……それもいいかも」
も、もう限界だ……コイツは呆れるほどに俺の嗜好を把握しているというか、どこで知ったのだと驚くほどに熟知していやがる。俺を喜ばせ、その気にさせる術を持っているのだ。
もう身を任せてしまいたい。そんな欲望がフツフツと頭を支配する。
だが、そんな俺にストッパーをかける存在が頭の中で一際光を放っていた。リリィだった。
何故彼女がこんな時に出てくるのか。俺とアリスがもしも情事に至ったとして彼女に関係があるわけじゃない。でも……そう分かっていても……俺はリリィが悲しんでしまうという妄想が拭えなかった。
「────や……めろ」
「……え?」
「やめてくれ……アリス。な、情けないけど……俺にはお前の手を退かせられないけど、お前とはしない……どうやったって『俺は』しないぞ!」
俺の決意表明にアリスは冷ややかな目を向けてくる。見損なったというような目だ。ま、そうでしょうね、気持ちのいいアレの感覚からは逃れたくないが、絶対関係は持たないと言っているんですから。都合のいい極まりないです。
「そう……やっぱりしないの」
「ああ、しない!」
名残惜しいが俺のアレから手が離れる。ようやくこの快感地獄から逃れられるのだ。俺のギンギンちゃんも黙ってれば大人しくなることだろう。
無理だと思っていたがアリスも分かってくれたようで良かった。これで安心だと俺が思った時だった。
ガツンと頭部に強い衝撃が走る。一気に視界がぼやける程のもの。何が起きたと状況を把握しようとすると同時にしっかりしなきゃと思う俺の意思。しかし反対に意識は次第に暗闇へと落ちていった。




