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プッチイン出版社、ニアース

 

 赤煉瓦の街並みの中、一際目立つ乳白色の建築物。それこそがプッチイン出版社、ニアースだった。



 「はぁ、はぁ、あ、あのー……」



 結局アリスの一人酒により時間ギリギリのところで俺達は受け付けへとたどり着くこととなった。



 息を切らせながらカウンター越しの受付嬢に俺は語り掛ける。少し引いているのが分かったが俺の気持ちはそれどころではなかったので、気にもならなかった。



 「こ、こんにちは本日はどのようなご用件でしょう……」

 「け、鑑賞……」

 「え?」

 「鑑賞が当たったんですが……どこに持っていけばいいんでしょうか?」



 ブラウン髮の眼鏡をかけた女性の受付嬢にそう申し出るとすぐに彼女は察してくれた。



 「あ、鑑賞ですね、ちなみにどちらの雑誌の事でしょうか?」

 「プッチインです! 今月の鑑賞、ヴィヴィリオールへの旅行のやつです!」

 「プッチインですね、それでしたら封筒に住所、当選者名、旅行に行く方の二人分の名前住所などを書いた用紙とナンバー掲載ページを同封してこちらまで送っていただければ。勿論切手も貼って下さいね」

 「違う、違う! 当たったには当たったんですが、今日が締め切りなんです! それじゃ間に合わないんです! だからこうしてワザワザ持ってきたんですよ! 雑誌あります、住所とか書いた紙もあります、切手もあります、一応封筒もあります! ま、まさか配達員を仲介しないと当選受付しないなんてありませんよね!?」



 俺の必死の事情説明に受付のお姉さんは軽く引いているが、なんとか理解してくれたようだった。



 「ちょ、ちょっと担当者に確認します……」



 笑顔を引攣らせ、俺から受け取った一式を持ち、彼女は建物の奥へと消えていった。前世の世界では自分の手にはおえないと言う人間に遭遇した時、人は自分以外の者に判断を委ねるものだった。 ……この世界も一緒だな!



 そして十分程したのち……



 「やあやあすみません! わたくし、プッチイン編集部のワイロンと申します。貴方がワザワザ当選雑誌を持ってきて下さった方ですか!?」



 こちらも眼鏡をかけたインテリ系スマート紳士が先程の受付嬢を引き連れてやってきた。



 「そうです。あの……それで当選した景品は貰えるんでしょうか?」

 「ええ勿論! 当然、差し上げます! それが当然の権利ですから!」



 よ、良かった〜〜!! ワザワザきた甲斐があったぜ!



 「それにしてもこちらの受付嬢から聞きましたが、ワザワザ鑑賞の為にこちらに来ていただいたらしいですが……この街に住んでいるんですか?」

 「いえ、グランマの方です。更に言うならもっと下の方の小さな村から」

 「なんと! それでしたら車を使っても一日以上かかるでしょう? それだったら速達で出した方が……」

 「あ、いや、空飛んできたんで四時間ちょっとで来れました」

 「飛空魔法ですか! いやはや便利なものをお持ちで何より」



 ま、俺の魔法じゃないんだけどね。



 「しかしこうして読者の方と直々にお話しできる機会が降ってくるとは……嬉しい限りです」

 「そうなんですか?」

 「はい、普段は建物に篭りっきりなもんでして……」

 「大変なんすね」


 編集は大変だな。こんなお洒落な街に住んでいても仕事の内容はどこの出版社は変わらないと言う事だ。



 激務を心で労いながらも俺は気になっていた事を口にした。



 「あ、そうだ一つだけ聞いてもいいですか?」

 「なんでしょう」

 「なんで鑑賞の応募期間、こんなにギリギリなんすか? 俺、当たったのを喜んだのも束の間、絶望の淵に立たされたんですけど」



 そう、俺がずーっと移動する際も納得のいかない気持ちでムカムカしていた、この購入者には優しくない鑑賞の期限のギリギリさ加減である。



 俺の言葉にワイロンは言われちまったかという表情をした。



 「あーっ……それですか。実はなんですけど、ここだけの話ですよ?」

 「はい」

 「編集長の意向なんですよ。期間を極端に短くする事で、読者にスリル感を与えたいらしいです」



 本当かよ! 絶対嘘だね!



 「って言うのが建前で、本当は当選者を諦めさせたいってのが本音らしいですけどね。鑑賞もタダじゃないですから」



 あらら、内部の人が認めちゃったよ。まあ、しかしそんなとこだよな。けち臭いが、何処だって出資は抑えたいもんだ。ニヤニヤして内部情報を漏らすワイロンに俺は苦笑いしながら頷いて答えた。



 「……ま、その話は置いておいて、鑑賞の景品は後日発送させていただきますから! ご心配いりません!」

 「よろしくお願いします!」

 「はい、本日は遠路遥々来ていただいてすみませんでした。末永くわたくしどもの雑誌とお付き合いお願いいたします」







 優しそうな笑顔で送ってくれたワイロンさんに挨拶し、出版社を出ると陽は傾き、夕焼けの空が水の街を染めていた。側を流れる運河の水面がキラキラとしていて少し見惚れた。



 ええっと……アリスは……



 「…………」



 道に備えられていたベンチの上で、クゥクゥ寝息を立てて座っていた彼女。近付くと、顔が真っ赤であるのがハッキリと分かる。これは決して夕陽に照らされているだけではないのが俺には分かっていた。



 「おい、アリス終わったぞ。起きてくれ」



 肩を揺すると瞼をゆっくりとあげるアリス。その瞳に俺が映った。



 「あ……ジョー君終わったの?」

 「ああ、用事は終わりだ。帰ろう」

 「うぅ……うぅ…嫌だ……」

 「え」

 「まだ……まだ……まだ飲むんだもん!!」



 そんな馬鹿馬鹿しい程に大きな声をあげて、アリスは宣言した。えー……察しの良い方であればもうすでにお気付きかと思いますが……そうなんです、彼女大分酔っております。



 結局飯を食ったあの店で彼女は調子付いたのか、酒を泥酔するまで飲み現在こんなヘベレケになっていた。と言ってもたったの2杯しか飲んでないんだけど。しかも度数もそこまで高くないやつで。アリスは酒に極めて弱いみたいだ。



 少し寝れば復活すると思っていたが……ダメみたいだった。



 「でもぉ……ジョーくんがそう言うなら帰りましょ〜かぁ……私が抱っこしてぇ村まで一緒にぃ……ひひひひ」



 冗談ではない。そんなことをされてみろ、俺に明日は無い。明日の明朝バキバキの落下死体になっているところを発見されてしまうだろが。



 くそ、命には変えられない。今日はヴィヴィリオールに泊まっていくしかないな。リリィとすぐに帰ると約束したのに……破っちまう事になる……



 だけど死んで会えなくなるよりかマシだ。あとで伝書蝙蝠にでも飛んでもらってアリスのお母さんにその節を伝えよう。



 「いや、予定変更だ、今日は泊まっていこう。俺は死にたくない」

 「そっかぁ……ねぇねぇジョーくん」

 「なに」



 出来上がってるアリスは俺の大昔の愛称で呼びつける。



 「服脱いで良い? あつぅ〜い」

 「ダメだって。お前の母ちゃんに殺されちまう。ほら立って」



 彼女の脇の下に腕を入れて抱き上げる。男には無い女の子の匂いがするが、今はアルコールとニンニク臭の方がデカい為、なんにも意識しない。



 「キャッ……ジョーくん強引〜」

 「じゃあしっかりしてくれよ〜」



 俺の支えが無くてはまともに立てない癖に強引とは厳しいやつだこと。



 しょうがないとりあえずは宿を探そう。格安でなるべく綺麗なところを。



 まったく……なんでこう上手く物事が運ばないかなと俺が心の中で悪態をついた時だった。突然アリスがグイッと体を寄せてきた。俺の鳩尾付近に彼女の豊満な胸が押しつぶされるように密着してくる。その事に俺は悲しながら意識してしまった。嫌いだと言っても女体に反応してしまうのは悲しき男の性なのだ。



 「おい、アリスしっかりしてくれよ」

 「ねぇ……ジョーくん」

 「なんだ」



 彼女の声が一際潜んだものになったと思った瞬間だった、俺の耳にアリスの唇が触れるほど接近し、囁いた。



 「──私としてみない?」



 呼吸が止まった。



 俺はゆっくりと顔を動かしアリスを見た。夕焼けに照らされた赤い顔はアルコールの所為で更に赤いのだと分かっていた。でも瞳を潤ませて、少し恥ずかしそうな彼女の表情を見るとそれだけが理由じゃなさそうだと思ってしまいそうになる。



 いつも見ている馬鹿馬鹿しい程に強欲、強引、強気な彼女とは異なり、大昔の……あのよく二人で遊んでいた頃の幼き日の彼女。まだ戦いを知らない乙女。世界を救うなどという大義を背負う前の、無垢なる少女。



 今はそんな彼女がまた戻ってきているのではと錯覚してしまう。ここにいるのは紛れもなく、俺ではなく勇者様を選び、結婚を破棄し、それさえもまた破棄された、一人の成長した女である筈なのに。



 「私……もう準備できてるよ」



 思い切り自分の心臓が跳ね上がるのを感じた。情けない事に。



 俺はずっとアリスのことを別になんでもないと思っていた。あの婚約破棄をされた日から。彼女は俺の知っている昔の彼女とは違うんだと分かったから。成長し、世の中を知り、人間の優劣を判断出来るようになったから。だから俺は見切りをつけられたのだと踏ん切りがついていた。



 だからアリスが結婚を破棄され、その後俺にいくら好意的にしてきても、俺は冗談だと思ってたし、例え本気であっても所詮は保険のような対象でしか見られてないと思っていた。



 なにより当の本人が冗談っぽく言ってくるのだから。



 けれど……今ここにいるのアリスは違う。昔の俺が好きだった頃のアリスのようじゃないか! 彼女はよくこんな風に不安気な表情をよくしていた。というより、今より気が強い子ではなかったのだ。まぁ、以前その頃から内心俺には加虐心があったらしいことは告白されたが、それでも控えめの可愛らしい子だったんだ。



 そして今俺の目の前にいるアリスはその頃の気質のまま、立派な女性に成長したような雰囲気を出している。



 俺がクラクラくるのも仕方がなかった。



 清純さと扇情的さを兼ね備えた、今のこのアリスを俺には押し退けられなかった。

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