到着
「よいしょ……と」
降り立った場所は白磁の石畳みの上であった。
「おぉ……おおおお!!」
俺の体の内から湧き上がる衝動的な情熱を、俺は声にして吐き出した。
「ついにきたぜー! ヴィヴィリオール!! 華と流行の街〜!」
統一感のある赤煉瓦の建物の並ぶ景観。それはヴェネツィアを彷彿とさせる運河の上に造られた水上街の姿である。街全体に流れる運河にはゴンドラが運行していて、何から何までヴェネツィア色である。道路に竜車が走っていたり、水面から妙な魚やらが顔を覗かせている点を除けばだが。噂でしか聞いたことがない、水棲トカゲにゴンドラの紐を括り付けた急行ゴンドラなんてものも走っている。そして住んでいる人々が皆美意識が高いのか、家の軒先きには鉢植えが多く備えられ、種類様々な花や植物が植えられていて街中が彩られていて、目にするもの全てが驚きと興奮に溢れていて全く飽きない。
しかしそんな街のど真ん中に着地したアリスと俺を、街行く人々が奇異の目で見てくる。俺は自分達の姿を省みてみると、この場には少し相応しくない格好であることに気がつく。誰も彼もがお洒落な格好をしていて俺達の田舎者感がハンパではないのだ。
「おい、アリス……着いたはいいけど、ちょっと恥ずかしいな」
「同感ね、私としたことがこの街がどういう場所か忘れていたわ」
「じゃあ一先ずは……」
「そうね」
服を買うことにした。
俺にしては即決の買い物だった。それくらいには恥ずかしかった。
そして数十分後……ブティックに入って行った醜いアヒルの子達は綺麗な白鳥になって出てきましたとさ。
俺は小綺麗なジャケットを基調に、平服一式を揃えて、アリスは清純そうな桃色のワンピースと白い上着を羽織っている。靴には編み上げのヒールサンダルを履きながら。二人とも思いっきりこの土地柄に馴染もうとした結果だった。
「……ってオイ!! なんで俺がお前の分まで金払ってんだよ!!」
買わされたんです! 僕! この女に! なんか、あー……どうして私の事情でもないのに服を買うことに一憂しないといけないのかしら。とか俺の方をジロジロ見てきましてね、結局買わされたんです。せしめて35000円程でした。 たけーよ。
「フフンッ、愛してるわジョン」
「喧嘩売ってんのか」
ここまで来るための旅費と換算しても大分デカい出費だったぞ。しかし、これでようやくプッチインの出版社に乗り込めるぞ。流石に今俺が持っている紙袋の中に詰めた、さっきまで俺達が着ていた服じゃ少しばかり恥ずかしかったからな。これで堂々と伺える。
「ま、とにかくさっさと行こうぜ。なんやかんやで早く着いたけど、17時くらいには受付もしまっちまうだろうからな」
街の至る所に設備された花をあしらわれた日時計は既に14時を回っていた。予定より早く着いたが、善は急げだ、早く出版社に乗り込もう。
「ねぇ、ジョン」
「うん? なんだ」
そう俺が先導しようと歩み始めた時だった。アリスが語りかけてきた。
「お腹空いたわ」
「え」
「まずお昼にしましょうよ。でないと動きたくないわ」
「じゃ、じゃあ用が終わったらすぐにご飯にしようぜ。申し訳ないけど今はこれを届けるのが先決問題だ」
俺だってお腹は減ってる。でも不安要素を排除してから腹は満たしたかった。
「い〜や〜よ〜お腹減った、お腹減った! 先にご飯にしましょう!」
「じゃ、じゃあ二手に分かれちまおう。俺は出版社、アリスは飯食いに行けば良い」
「私に払わせる気!?」
「集る気かよ!?」
「へー! その程度の恩義しか感じてないのね!」
「服は買ってやったじゃねーか!」
「それとこれとは話が別でしょ! それになによ、買ってやったって! 貴方に付き合ってやってる分の代金よ、これは!」
ちくしょう足元見やがって〜
「それはお前の言うこと一つだけ聞くって条件で飲んだじゃないかよ! これは謂わばプラスαになるだろが!」
「乙女を自由に出来る代金は高いのよ! それに長時間飛ばされたんだからエネルギー補給はさせてよ〜」
うぐっ……確かに休憩は挟めど、ずっと飛んでもらったのは申し訳ない。ステータスの比で俺など軽く持ち上げられると言えど、持ちながらの飛行は腕にも来るだろうしな……
くそ、仕方がねぇ。不安要素は除きたかったけど一先ずは飯にするか。
「お待たせしました。こちら『10種の香草と炭火焼ベーコンのサンド』と……『炙りガーリックと香りネギのスパゲティ』……の大盛りです」
俺達が入ったのは昼閉店間際のお洒落なお店だった。店員さんも店に相応しい様な温和な態度の方で、ギリギリ入店の俺達を快く受け入れてくれた。しかも人が掃けたお陰で空いた、人気のテラス席を用意してくれる等、良いサービスも受けてしまった。
んで、飯を注文したのだが……
「わー! キタキタ最高〜!」
自身の目の前に置かれた料理に目を輝かせて早速アリスは手を伸ばした。
炙りガーリックと香りネギのスパゲティに。
「んふふふふ〜 いや、最高! 美味しい! 素晴らしいわ!」
上品にフォークで巻き取り口に運ぶ彼女、その姿は幸せそのもの……ってちげーよ!!
逆じゃね!? 普通! 俺が炙りガーリックと香りネギのスパゲティでコイツがこの可愛らしい香草とベーコンのサンドイッチを注文するんではないかな!! しかもアリス、大盛りにしてるし!
なんか男と二人でこういう洒落た店に来るなら、可愛げを装って、匂いとかも気にした注文をするのが乙女心ってもんじゃ……
「アリス……美味いか?」
「うん! このパスタいいわよ! そのサンドは? 美味しい?」
「うん、美味い」
「よかったわねー! 店選び失敗しなくて!」
そういう事は小声で言いなさいな。
「ねぇアリス、素朴な疑問なんだけどさ」
「なに?」
「お前……飯食った後の事とか考えてる?」
「え? 出版社に行くんでしょ?」
「うん。そうなんだけど……よくニンニク物食えるなーっと思ってね」
「大丈夫、大丈夫、私何も喋らないから。ぜーんぶジョンにお任せするから平気よ」
「そっか。じゃあ安心だな。でも俺と二人で会話する時とかニンニク臭が俺に伝わるのはいいのかね?」
「そんなもの気にしないわ」
「…………」
「アンタと話す時にそんなもの気にしたくないもの」
そっか。豪胆だな。
「ジョンにはなんか全部晒しちゃってもいい気がしてんのよね、私。いっても色々あったじゃない? だから今更って感じがして…… それにどんな私の姿を見ても貴方なら評価を変えなさそうだし」
「ええ、結婚破棄ぐらいされたら、結構どんな姿を見てもも動じなくなるもんよ」
「そうそれ、その感じが楽なのよ。私の数少ない心を許せる人って感じ。 私魔王討伐の旅をしてる時は超カマトトぶってたしね〜……食べたいものも遠慮して、やりたい事も他の人に譲ったりしてたし……まぁそれもあの結婚式で醜態晒してバレちゃったけど」
「ありゃ傑作だったな」
「殺すわよ? でもまあそんな感じ……貴方なら一番私を変わらず見てくれるって気がするから」
「それ、良いようにも悪いようにも取れるからな、盲信的にお前を見てる人間か、お前に興味が然程無い人間かって事にもなるからな」
俺は絶対後者だけども。
「それでもいいわ、楽ちんで楽しいのが一番よ」
「プラス思考だな」
彼女の表情からそれは紛れもなく本音なんだろうなと感じ取れた。そしてこの前向き加減がアリスの強みだなとつくづく思った。
「あ、それにもしも貴方とセックスするならどんなプレイでも対位でも引かないでくれそうじゃない!?」
「ブッ!!!!」
何言ってくれてんだ、このアマ!!
「洒落た飯食ってる時にセックスの話すんなよ!!」
「え〜……本音で語る本音トークぐらいしましょうよ。私、アンタならいつでも夜這いかけられてもOKよ」
「しないね絶対、命掛けた」
空から爆弾が落ちてくるって言われてもしねーわ。
「あらそう。 ……ねぇジョン」
「なに」
「……お酒飲みたい」
昼間っからか!? 自由だなコイツ。
「……もう好きにしろ」
「体を!?」
「飲んでねぇのにもう酔ってんのか!」
フフフと笑うアリス。俺はサンドイッチを持ち上げ噛り付く。その拍子にまだ半分ほどしか食べてなかった炭火焼ベーコンが地面に落ちてしまった。くそ……ついてない日だな。
恨めしそうに俺はベーコンを見つめ、拾おうとした時だった。真っ白なネズミが一匹それを掻っ払い去って行ったのだ。固まる俺だが、ま、元々食べる気などなかった落ちたベーコンだ、ネズミに食べてもらった方がベーコンも喜ぶことだろう。
それにしても白いネズミとは……珍しいもんを見たと思いながら、酒を幸せそうに注文するアリスに視線を移す。やっぱ外見だけなら凄い美少女だなと心の奥底で感じながら、ベーコンの抜けたサンドイッチを俺は再び口にした。




