飛びます。
「じゃあお母さん、リリィちゃんのことお願いね」
アリスが快活そうに告げる。
不安げなリリィの頭に女性の手が置かれた。その手を置いた人は俺も見慣れた人物だった。
「はぁい。……まったく、こんな小さい子一人ぐらい担いで行ったって無理ないくせに……その面倒くさがり、なんとかならないの?」
娘のアリスと同じブロンドの髪。年相応の小皺が目立つ顔。頼り甲斐と抱擁力を印象付ける恰幅の良い体。アリスの母である。
「うるさいなぁ……時間を要するから少しでもお荷物は減らしていきたいのよ」
「そんな酷いこと言っちゃって……本当はジョン君と二人きりの時間を作りたいからだったりするんじゃなくて?」
「うっさいよ! そんなことないんだから、変な事言わないで!」
元勇者パーティのアリスも流石に自分の母親には強く出れないのか、いつもよりも子供っぽい対応になっている。少し面白い。
「すみません、アリスのお母さん。……急にこんな事頼んじゃって」
「あら、いいのよジョン君! いつも仕事とか頼んでるし、助け合いでしょ! それに誤解しないでね、私自身リリィちゃんを預かる事自体には何も不満はないのよ!買い物とかの時に見かけていたけど、この子、ちっこい体で頑張ってて可愛くてね〜〜……いつかはお近付きになりたいと思っていたし!」
「……はぁ、そう言って頂けると俺自身助かるんですが」
「リリィちゃん! 今日は私の事をお姉さんだと思って甘えていいからね!」
そこはお母さんじゃないんですか。お茶目なところは昔から変わっていない。可愛いお母さんなのだ。リリィは少しビビってるけどな。
「ジョン、早く行くわよ! 時間がないんでしょ」
自分の親と友人が会する場は何とも居心地が悪いのか、アリスが俺を呼び立てた。ご機嫌を損ねて協力してくれなくなると不味いしさっさと出発しよう。
「分かってる! ……じゃあリリィ、アリスのお母さんの事をよく聞いて迷惑かけるんじゃないぞ。夜には戻れると思うから」
目を伏せて不安げなリリィ。頷くだけで言葉は発さない。たしかにリリィは最後まで反対していたからな、少し怒ってるのかもしれない。
俺は彼女の目線に腰を折ると、両手で彼女の頬を挟み、唇の方へ皮膚を寄せ、仏頂面にしてやった。リリィは顔を振るってそれを振りほどいた。
「もう! 約束だよ、ちゃんと夜には帰ってきてね」
「ああ」
「あと、なにかお土産も忘れずに!」
「はいよ、忘れたら怖えから買ってきてやるよ」
少しだけ強めにリリィの頭を撫でると、俺はアリスの方へと歩み寄った。
「──────で、なんでこんな事になってるんですかね」
夏風を受けながら俺はアリスに問いを投げた。
「こんな事ってなによ?」
「なんでこんな風に運んでんのかって話よ!!」
村を出発してからというもの、頼み込んだ身として、わがままは言えないと俺は寡黙を貫いていたが、流石にこの状況には叫んだ。上空約50メートル。俺は命綱無し、パラシュート無し、まさに一歩間違えば死亡の状況で、俺の生命線は両脇の下に忍ばされたアリスの手のみであった。
飛ぶアリスに吊るされる形で俺は全身に風を受け、死への近さをマジマジと感じていた。
「もうちょっと上手い運び方みたいなのあるだろ!」
「うるっさいわね。貴方の希望で運んであげているのにそんな注文してくる? 普通。アンタ、非常識ね」
「分かってるわい! だからしばらくは黙ってたんだろうが! ……でも、これ怖えんだよ! 今にも落ちるんじゃないかって気になってくる!」
「安心なさいな、私に魔が差さなければ落とす事なんてないから」
「だから心配なんだろうが! 俺をいじめるのがお前の楽しみなんだろ!? 不安で仕方ねぇわ!」
行き先まではアリスによれば6時間もかからずに着くということであったが、その道中、彼女の気まぐれで落とすような事があるのでは……と悪い想像しか出来ないのだ!
「そんな事言うだなんて、敢えてそうして欲しいと言っているようにしか聞こえないのだけれど?」
「馬鹿馬鹿! 頭おかしいんじゃねーの!間違っても止めろよ!?」
「間違ったら止められないもーん」
「その巫山戯調子も止めろー!」
まったく……頭が痛くなる女の子だぜ……
「……アリス、頼むからその背中にでも乗せてくれ。これじゃ怖くて落ち着けない」
「ええー……やーよ、なんでジョンに背中に乗られなくちゃならないのよ。そんなの屈辱的だわ」
「背中に乗せるだけだろ? 俺一人が乗ったところで、お前のステータスなら子供一人乗せるようなもんじゃないか」
「何かを担いだり、誰かを乗せるなら大歓迎。……でもアンタだけは乗せたくないわ」
「なんだよ!差別か?」
「……差別じゃないわよ」
「じゃあなんでだよ。乗せてくれよ、友達だろ」
「なんでもいいでしょ、とにかく嫌」
「ちぇー……」
くそぉ……頑なだな。
俺の意見はアリスに却下され、結果的に1時間後の休憩まで俺はアリスに吊るされ続けた。久しぶりに着いた地面がなんだか柔らかく感じ、何だか少し生きている実感が湧いて感傷的になったのは内緒だ。




