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アリスに泣きつく俺

 

 「ほぉ〜なるほどねぇ……その雑誌を本日中に編集部まで届けなきゃならないと……」



 俺の話を聞いたアリスはふんふんと頭を縦に振る。



 「そうだ。今すぐに出ればヴィヴィリオールには4時間程で着くだろう?」

 「そりゃまあね……けど、なに? ヴィヴィリオールの編集部に届けるの?これ」

 「だってそう書いてるもん」



 俺は雑誌の宛先を指差す。間違いなくヴィヴィリオールの編集部と記載されていた。



 「……アンタ、旅行で行く場所に、事前に行ってしまうだなんて、なんてお馬鹿なんでしょ……」

 「そりゃ、初めては旅行として行きたい希望はあるけど、背に腹はかえられない! それに旅行はその道中でさえ楽しいもんだろ? 飛んで行って物を届けるだけなら、ヴィヴィリオールの街を楽しむ内に入らない! 旅行で行った際も新鮮な気持ちで楽しめる!」

 「…………ふーん、そう思ってるんだ」

 「だから頼む!俺をヴィヴィリオールまで運んでくれ!」



 俺は顔の前で手を合わせる。精一杯の懇願だ。



 「嫌よ」



 しかしアリスはそう即答した。



 「な〜んでだ!?」

 「なんでわざわざアンタをヴィヴィリオールまで運ばなくちゃいけないのよ。面倒くさい」

 「そう言わずに……アリス、お前のステータスなら俺なんて小石を持つのと同じことじゃないか! な、なんならお前が雑誌だけでも届けてくれてもいいんだ!」

 「尚のこと嫌よ。それが私にとって何の得がありまして? くだらないわ」

 「わ、分かった、金なら払う。仕事としてアリスに依頼したい」

 「金なんていらないわよ。そんなもの必要以上にあって何になるの」

 「じゃ、どうすりゃいいんだよ!どうすれば動いてくれますか!? アリス様何卒ご慈悲を!!」



 なりふり構ってられねぇ!! なんとしても彼女には動いてもらわなくちゃならんのだ!!


 俺の言葉に顎に手を当ててこれ見よがしに考えに耽る彼女。そうして意地の悪い顔をした。俺は一瞬で嫌な予感がよぎる。



 「たったひとつ何でも私の言う事を聞くって権利をくれるなら考えてあげてもいいわぁ」



 アリスはネットリと言い放った。な、なんでもだとぉぉぉ……



 「ふざけないでよ! 駄目だよ人間、こんな口車に乗っちゃ!」



 リリィは怒ったように俺を制止する。確かにリリィの言う事は間違っちゃいない。こんな女にそんな約束をした日にはどんな事を言い渡されるか分かったもんじゃない。こんな交渉は止めるべきだ。



 だが、だがなぁ……



 「─────ほら、人間早く断って!」

 「黙りなさいリリィちゃん。今はジョンが考えて答えを出す時間よ? 貴女が諭すことはイケナイことだわ」



 ヴィヴィリオールへの招待券はペアセットだ。これならば家にリリィを残す心配も無く旅行へ行けるのだ……この機会を逃すのは非常に痛い。無償での旅行……観光……現地のご飯……選定された宿でのベッド……オシャレな街だ……浴場だって完備していることだろう……



 「ぺ、ペアなんだぞ……」

 「え」

 「リ、リリィ……チケットはペアだ。そして俺達は今仕事は休んでいる状態だ……これは神から貰ったチャンスなんじゃないか……?」

 「に、人間、まさか条件を飲む気じゃないよね!?」

 「…………お、俺は……旅行に行きたい。異国情緒、異文化交流……ク、クロスカルチャー!! ワクワクのドキドキ……」

 「………人間」

 「ア、アリス……おもしれぇ……テメェのそのクソッタレな条件飲んでやるゼェ!!」

 「クソッタレとか言うなら交渉も却下するわよ」

 「嘘です、ごめんなさい。調子乗りました。条件飲ませて下さい」



 俺の答えに満足したか、アリスが更に深く笑った。



 「フフン、決まり!じゃあ、条件も決まった事だし規約も付けるわね!」



 き、規約だと!?



 「お、おいふざけんな! 条件はひとつの筈だろう!?」

 「誰も条件を増やすなんて言っていないわよ。規約よ規約、こちらとしても色々妥協してアンタに協力するのだから、これぐらい当たり前でなくて?」

 「ず、ずりーぞ……」

 「あら〜? 良いのよ私は。べーつに連れて行かなくても」



 ク、ク、クゥゥ〜〜……ぐや"じい〜〜……俺ってば完全に手玉に取られてるじゃねぇかぁぁぁぁ……



 「き、規約とはなんでしょうか……アリスさん」

 「ふん、そんな難しい事じゃないから安心なさいな。まずひとつ、連れて行くのはジョン一人。リリィちゃん、貴女はお家でお留守番よ」

 「え!?」


 リリィが驚愕する。しかしアリスは言葉を止めなかった。



 「そしてもうひとつ。ジョン……あなた、私の足にキスなさい」



 アリスはそう澄ました顔で言ったのだ。



 シンと空気が静まった。



 「…ふ」



 リリィが小さくその静寂を裂く。



 「ふざけないで!!!! もう怒った!! 下手に出てれば良い気になっちゃって!! 人間、もうやめよう!!こんな人に媚びへつらう意味なんてないよ!!」

 「怒るのも結構! しかし、リリィちゃん! 貴女の大切な人はどう思っているかしら!?」

 「……ッ!?」



 リリィが俺を見た。交差する俺とリリィの目。しかし俺はその信じられないと訴えかけるリリィの目から逸らしてしまった。



 「……足ならばいくらでもキスしてやろう。だがリリィは置いていけない。流石に日中から夜まで一人で放置ってのは……」

 「人間!!」

 「────安心なさいなジョン、リリィちゃんは私の実家で大切に大切に預かるわよ。それならばいいでしょう?」



 アリスの実家か……確かにアリスのご両親は真摯な良い人達だ。リリィを安心して任せられる……



 「……いいだろう」

 「人間、勝手に決めないでよ!!私の気持ちはどうなるの!!心配させないって決めたじゃない!」

 「俺は何としてもチケットを手に入れたい! それにこれはダンジョンやら誰かとの決闘という危ない事ではないからな! お前との約束破ることには繋がらん!!」

 「そ、それはそうだけど……だ、だってアリスと二人きり……」

 「こいつはヤベーやつだが言っても友達だ。俺を攻撃や殺すような事はしない。 ……しないよね?」

 「────まあ、望むならしたいところだけど、何かあったら『何でもいう事を聞く』って言う約束が叶えられなくなる可能性もあるしね。危害は加えない事は約束するわ」

 「ほらこう言ってる。利害の一致ってやつだ」

 「……そ、そうじゃなくて……攻撃とかじゃなくて……二人はずっと一緒にいるって事……だし…その……」



 歯切れの悪いリリィの顔をアリスは覗き込んだ。



 「あらぁ〜? リリィちゃんどうしたの〜? 何か言いにくい事でも考えちゃったのかなぁ〜 ……たとえば……おませな事とか?」

 「……ッバ、バッカじゃないの!? 私を貴女と同じように考えないで!! わ、私はただ……その……そう、油断ならないって言いたかっただけよ。人間の私物やら金品が貴女に掠め取られないかってこと。貴女ってば手癖悪そうだし」

 「い、言ってくれるわね……金やら富やらなんてジョンに求めていないってのに……ふん! まあ良いわぁ……ジョン、さぁアンタはどうするのよ。足にキスできるって言うなら────」



 アリスは先程俺が寝転んでいたソファーへと深く座った。そうして足を組む。清楚な印象の空色の青いワンピースを着ている彼女の太腿がアピールされた。丈の短い、くるぶし辺りまでのブーツを組んだ方の片足だけ脱ぐ。そして履いていた黒いニーソックスも。



 「────ほら、今すぐキスなさい」



 妖しく笑むアリス。唇が妙に艶やかに見えた。



 「……人間」


 心配そうにするリリィの頭をポンポンとしてやり、俺は跪いた。自身の前に向けられた足先。手入れはしているのか意外に足全体も爪も綺麗だ。


 けれど、なんか臭そうだなぁ……いや、足を前にして臭いはないんだけど、なんかそう思ってしまう自分がいた。



 「さぁジョン、騎士が女王に忠誠を誓うようにキスなさい。なんならそのまま足を舐めて綺麗にしてもいいわ」

 「冗談きついぜ……」



 俺は向けられた足の踵あたりに手を添える。頭を動かしただけじゃやりにくいからな。



 「ッ冷た……」

 「あ、ご、ごめん」

 「だ、大丈夫、少し驚いただけ……」

 


 いつのまにか冷えていた俺の手は、靴を履いていて仄かに温かいアリスには冷たかったように申し訳なかった。……でも晒された反応に、どことなく昔の彼女の面影を感じ、俺は少しだけ嬉しかった。



 「あ、あのさ……アリス」

 「なに?」

 「お、俺……キスなんてしたことないから、上手く出来るか分んねぇんだけど……」

 「へ? そんなの接吻って意味でしょう。 頬とか首とか、手にはしたことあるんじゃなくて?」

 「いや、ない」

 「…………」



 呆気にとられたような顔しやがって。そりゃそうだろ、名目上はお前との結婚を約束し合っていたんだ。他の人間とキスなんてするわけないだろが。



 俺のその言葉を聞いたアリスの顔が少しだけ赤くなっていた。なんでお前が赤くなるねん。



 「し、しししっ、知らないわよそんな事! 何でも良いからキスなさい! 貴方が初めてだとか初めてじゃないとか知ったことではないわ!」

 「そう? なら俺の記憶の見様見真似だけど、許せよな」



 俺はアワアワとするアリスの足の甲に寄り、その上に軽く唇を乗せた。



 俺の隣でリリィが息を飲む音が聞こえた。



 ほんの3秒ほどそうしていただろうか。俺が口を離すとアリスの恍惚そうな顔が見えた。



 「フ、フフフフ………」


 意地の悪い笑いが吹き出していた。



 「────アッハハハハ!!! 本当にキスしたわぁ……滑稽ねジョン! 貴方を虐げるのが享楽とする私に……まるで……まるで敬愛するかのような優しいキスをしたわね!!」



 すげぇご機嫌じゃねぇか。何なのよこの子。それに優しいキスだったってのはやり方が分からなかったから、ビビってそうなっちまっただけだと思う。



 でもこれでキスはキスだろ。約束は守ったぞ。



 「これで協力してくれるよな?」

 「ええ、良いわよ。貴方の屈辱と恥辱を糧に働いてあげるわ!」



 ……恥ずかしくはあったけど、そこまで屈辱的ではなかったけどなぁ。



 女心はよく分からん……



 そう思いながら、再び立ち上がる俺。そうすると直ぐに手を握る感触があった。



 「リリィ……?」



 そこには俺の右手を両手で強く握る彼女がいた。気の所為か少し不機嫌そうに。



 「……大馬鹿」



 えぇ……なんで貶されたんだ。思いもよらぬリリィからの罵倒に少しショックだった。



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