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小さな幸せ

 

 フォークスとの一件から数日が過ぎた。あれからフォークスの姿をグランマで見ることがなく、消息は不明になったのかと思ったが、ギルドの依頼ボードには相変わらず『何でも屋』のビラが貼られており、羽根も補充されているところを考えると、彼らも何事もなかったかの様に活動しているみたいだった。



 その一方で俺はこの間の一戦により本格的な休暇をリリィに強制されており、最後にギルドに行ったのもボードから攻略屋の張り紙を撤去する目的で訪れたきりだ。



 今では街に買い出しに行く際に通り過ぎ様に、横目で見るくらいの距離感になっていた。



 「最近私安心かも〜」



 自宅のソファーに寝転び、いつもの調子で雑誌を読む俺にご機嫌な調子でリリィが語りかけた。その手に持つ籠には沢山の洗濯前の衣服が入っていて、彼女の小さな体からすると、持つのさえ一苦労ありそうなものだが、そんな素振りをカケラも見せない彼女。これから裏口から出て井戸の側でそれを洗濯するのだろう。



 「何がだよ?」

 「人間がちゃんと家で休んでくれてるから〜」

 「そりゃお前が無理矢理休暇にしてるからだろ」

 「人間の事だから、こっそり抜け出すもんだと思ってたわ」



 ……そりゃ無茶というもんだろう。四六時中何処からかお前の目線を感じるし、何をするにもやってきて手伝おうとするんだから、そんな事考えるだけ無駄だと思っている。それに俺だって考えは改めたんだ、俺が無茶な行動を取ることで、リリィが自ずと俺と同じように無茶なことをしでかしかねないと分かったからな、最初から予測出来る不幸には自ら突っ込むのは馬鹿というものさ。



 「……まあ、俺も色々考えているのよ。暫くは休むさ」

 「そっか! ……ふふ〜ん……そかそか〜」



 絵に描いたようなご機嫌アピールで裏に行くリリィに苦笑を隠せなかった。やれやれ……ついこの間も休んでいた筈だが、こうなっちまったのならしょうがない。長期の休みだと思って本格的に体を休めるとしよう。



 丁度定期的に購入している月刊雑誌も買ったままで放置していた事に気が付いたから、今日一日はこれで時間が潰せそうだしな。



 「ふーん……今帝都じゃ帽子が流行っているのねぇ……オシャレなことで……」



 俺の読んでいたのは昨今の帝国での内情、流行り、ポップカルチャーを掲載している、広い年齢層から親しまれる『プッチイン』と呼ばれる雑誌であった。この情報が貴重な世界で流行を発信し、世間に浸透させるに大義を担っている勤勉で高尚な雑誌である……と、俺は思っている。真面目さや真摯さとは無縁に近い俺からすれば尊敬するに値する凄い雑誌だ。



 「お、先月のクジナンバーねぇ……」



 密かに楽しみにしているコーナーに俺は目が釣られる。毎月何万部と発行される雑誌の裏表紙に記載されている発行ナンバー。実はその数字はクジのナンバーになっており、毎月雑誌の中では前月の当選番号を発表されるようになっている。そしてそのナンバーの雑誌を編集部に贈ることで豪華な賞品が当たるというものだ。



 8桁の羅列した数字に、自分自身が当たる確率など皆無だと頭では否定しておきながら俺は毎月ワクワクしながら確認するのが常であった。



 「ほー……今回は帝国最大の流行の街、ヴィヴィリオールのツアーに御招待か」



 ヴィヴィリオールとは帝国領の東側に存在する小国である。古今のファッションの流行りの発信地として誰もが知り、特に女性からの観光地としての人気が高い国である。ミーハーな俺も一度は行ってみたいと思った国だ。



 「華と祝福の街ねぇ……いいなぁ……行きてぇなぁ……」



 諦めを抱きながらも俺は今回の当選番号を確認する。『19191515』の数字だ。……イクイクイコイコ……完全なる語呂合わせじゃねーか。どんだけ行きたいんだ。



 俺は編集者のセンスを疑いながらも、本棚から先月購入した分のプッチインを取り出した。どうせ当たりゃしないと頭で分かっている半信半疑の状態で裏表紙に目を通した。



 えー……当選番号は19191515だよな……俺の持っているのは……



 ……19191515か、なんだよ当たってんじゃん。やっぱな、想像通りだわ。人生そんな甘くねーっての。



 俺はやれやれと消沈しながら先月と今月のプッチインを本棚に収納する。



 ふぁ〜……ちょっと眠みぃな……少し昼寝するか。そう思い寝室へとフラフラ歩いていった。









 って、えっっっっっ!!!??



 当たってる!!?









 嘘嘘嘘嘘!!!嘘だろおい!!



 慌てて俺は本棚を再び漁り、今月と先月のプッチインを落とし開いた!



 19191515……


 「19191515……」



 指差しながら確認する! 何度見ても何度指で確認しても、数字に相違はなかった!



 「アーーーーッタタタタタタタタ!!!当たったァ!!!!」



 信じられん!購読二年にして初めての快挙であります!



 何度も夢見たこの時がまさか今日訪れるとは!!



 「な、なに!! なにがあったの!!?」



 俺の声に驚いたか、リリィが裏口を開けて飛び込んできた!



 「イェーイ!! リリィちゃん〜 俺様ヤリ遂げましたわぁ〜」



 堪らん!思わず踊り出すほどに!!



 「ど、どうしたの人間……頭可笑しくなったの……?」

 「ドン引きしてんじゃあねぇぞ〜 行けるんだよ、行けるのさぁ〜  華の都に俺たちはぁ〜」

 「…………」



 意味が分からぬと顔で示すリリィに俺は雑誌をバンと広げて見せた。ヴィヴィリオールの情景の絵が描かれたページである。



 「ここ、素敵な場所だと思わんかね、お嬢さん」

 「う、うん……凄い良いところだと思うけれど?」

 「実は……ここに俺達は行けるのさ」

 「?……仕事ってこと?」

 「ちげーよバカ! 完全に観光でだよ! 懸賞当たったのさ! 旅費、宿代、飯の費用、観光スポットへの案内人、全て込み込み無料で行けるって言ってんのさ!!」



 リリィはポカンとする。しかし俺の言っていることを理解したのか徐々にその顔は笑顔に歪んでいった。



 「ええ〜!! す、凄い!! 食べ物も宿も無料!?」

 「そーだよ!! しかもお前は分からないかもしれないが、ここってばかなり人気の旅行地だからな!! オシャレなカフェやら歴史ある建物やらいっぱいだぞ!!」

 「オシャレ!……カフェ!……グヘヘ」



 意味が分かった途端、俺よりも欲望を剥き出しにするリリィ。まあ、気持ちは分かるがな。



 「で、人間それはいつ行けるの!?」

 「まあ、まて。まずは応募しなきゃな。この本を送らなきゃならん」

 「そうなんだ!じゃあ早く送りましょ!」

 「おうとも!!」

 「因みになんだけど、応募期限が切れてるなんてオチは嫌よ?」

 「バーカ、これは今月の雑誌だぞ? そんな期限が切れてるなんてあるわけないだろ」

 「そうだよね」

 「ホラ見てみろ、6月35日着の当選雑誌のみ有効としますと書かれているだろ?」

 「ホントだー」

 「今日は35日だから今日出せば余裕で………」



 !?



 「今日!?!?」



 今日じゃん!!! え、何故!? え、え、え、ええ!?



 「嘘嘘、え、この懸賞今月のでしょ!? なんで月初めに出た雑誌の懸賞が、月末締め切りなんだよ!?」



 俺は過去のプッチインの懸賞ページを貯めていた雑誌から見返す。しかしそのどれもが当月の月末の締め切りであったのだ。今まで当たったことが無かったから気にした記憶がないが、何という悪どい商売だ!!

これ月末最終日に買った読者には当たったとしても、応募資格がないみたいなもんじゃねーか!!



 俺は早めに雑誌は買ったが、読む事なく放置していた事が仇になったのだ。クソが……



 いやいや、そんな事を今は考えている場合じゃねぇ!!



 「ど、どうすれば……」

 「え、やっぱりダメなの……?」



 リリィが俺を悲しみにくれた表情で見る。こ、このままではぬか喜びさせただけに終わってしまう!!



 この世界には速達なんてもんはない!! しかも郵便で最速運んでもらったとして七日は掛かるだろう……



 ク、クソ……どうすれば……どうやっても間に合わない!!




 「もういいよ人間……これは当たったって記念にしようよ……」



 消沈した姿で俺を窘めるリリィ。い、嫌だ!俺はヴィヴィリオールに行く権利を貰ったのだ。それをみすみす手離せと言うのか!ぜってぇ嫌だ!



 ど、どうすれば……せめてグリムがいれば……ヴィヴィリオールの近くまで、何とかお願いして背中に乗せてもらえば、空を飛べば4時間程で行けるはずだ……



 しかし彼は今不在……どうしたらいい……




 俺はシワの少ない脳味噌をフル回転させる。何か策はないのか。



 熱暴走するのではと思うほどに頭に血がのぼる。だがしかし、そんな俺を神は見放さなかった!!



 突如として玄関のドアが乱暴にノックされたのだ。丁度10時ごろを回った時間。一体誰だと思いながら俺が扉を開けた時、その人物が俺には正しく英雄に見えた。



 「ヤッホー元気〜? 遊びに来てやったわよ〜」



 アリス・ローモチベーション、その人である!!



 グリムに飛んでもらう……



 飛んでもらう……飛ぶ…飛ぶ!?!?



 「と、飛ぶぅぅぅぅ!!!」



 飛んでもらうならばグリムじゃなくてもいいんじゃん!!



 「びっ、ビックリ!! な、なによ!!」



 何というタイミング!! ここに一人飛べる奴がいるじゃねーか!!



 「ア、アリス!!」

 「は、はい……!!」

 「飛ぼう!!」



 キョトンとしたアリスが今は女神のように見えた。

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