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泥を食みし獣

 

 全身がキリキリと痛む────


 死んだか? もうあの世か? 一種の現実逃避にも似た考えがグルグルする。



 「立会人! 終いだ、僕の勝ちでいいだろう? もうこいつは立つこともできやしないさ」



 誰かがそんな『勝手な』事を言っていやがる。なにを決めつけた様に言ってんだよ、俺はここにいるぞ。



 誰かの足音が柔らかいに地面を通してきこえてくる。それは一歩また一歩と噛みしめる様な音だった。でも俺にとってその足音は何か特別に恐ろしくも思えた。何かの終わりを告げ、そして俺の心から何か決定的なものを奪い去っていくのだ。



 うつ伏せの状態からひっくり返される感覚があった。痛みに耐えていた目蓋を開くと、細い光景の中で紅の武者が俺を見下ろしていた。



 俺の体の節々まで観察されていることにすぐに気が付いた。



 「意識は─────あるようですな。攻略屋殿、ここいらで敗北を喫しておきますかな? 意識の虚ろな貴殿に代わり、体の状況を述べさせて頂くが、今の貴殿の体は正直に申して酷い有様である。ここで敗北を認めようとも誰も責めはしないであろうが」



 カムイさんのそんな持ち掛けを俺は煩わしいと言うように呻いた。まだやれるさ。まだ意識もあるし痛みも感じる。神経は死んでない。



 「フォークス殿の放った無鉄刀剣サベージはあの翠玉色から察すると、風の属性のものであろう。風属性の無鉄刀剣サベージは通過した軌跡に風の斬撃……即ちカマイタチを発生させる事があるのだ。己を襲ったのはそのカマイタチである。正直に言って無理はしない方が良い状況であるが……貴殿はまだ続けるつもりであるか?」



 説明ありがとよ、そこまで言われて納得出来たわ。だから見えない斬撃ってか。 ずるいねつくづく。



 しかしまたもやるかやらないかを聞くのかいカムイさん……俺の答えは変わらない。



 俺は仕方なく上半身を勢い良く起こしてやった。突然の事に傷口が悲鳴をあげるが、それを代弁して痛みを訴えるつもりは俺にはなかった。代わりに言ってやったのが。



 「できる……!」



 その言葉だった。痛みのせいで少し語気は強まってしまったが、俺は言葉と共にカムイさんを見ると、彼はまるで諦めたように頭を縦に二、三回振った。



 「好きにするが良い。敗北を認めて死者の気分を味わうにしては、貴殿にとって痛みも絶望もまだ足らぬようだからな。再開を認めよう」



 そう言いカムイさんは場を離れると群衆達に戦いの再開を宣言した。声高々に再び盛り上がる野次馬どもに俺の心も震えた。



 くっそぉ………やってやるさフォークス。こちとらまだ借りを返してないからよ。それに……『手は無事に仕込み終わったからな』



 俺は地面に座っていた体勢を変える。今度は両膝を着き、緩い正座の様にした。全身から流れる血液の生温かさが妙にハッキリと感じ取れる。何だが生をすぐ間近に感じているみたいに。俺はひとつ溜め息を吐く。心のモヤモヤが少しだけ晴れ渡った気がした。



 「──────大人しく地に伏せていれば良いものを……更なる痛みがご所望か?」



 忌々しい。何でも屋のそんな鋭い目つきが俺を貫く。嫌われちゃってもう。



 「……真空跳躍フリップホッパー 無鉄刀剣サベージ 氷領域ハートクオリア、お前の使える魔法の数々……正直言って恐れ入ったよフォークス。想像以上だ、強いよお前」



 俺の言葉にフォークスは鼻で笑う。



 「当然だ。僕とアンタじゃ才能と努力の量も、その質も桁が違う。アンタがどれだけ努力してきたかは知らないが、僕はその何十倍と頑張ってきた、足掻いてきたと考えた方がいいぞ」

 「なんだい、努力を自分で語るのか」

 「……なに?」

 「お前、それじゃまるで努力を語りたいが為に頑張ってきたみたいじゃないか、ええ? お前だって何かを成す為に今まで頑張ってその力を手にしたんだろ? それの使用法が明らかに自分より弱い俺を付け狙って力試しをするだなんて……なんだか滑稽だな」

 「新手の挑発か? 愚か者め」



 フォークスは煩わしいと言うように首筋を掻いた。



 「どう捉えようとお前の勝手だがな、俺はそう思うぞ。何でも屋は弱い者を狙って暴力を振るう最低の人間だってな。当然他の冒険者や贔屓にしている店にも言い伝えてやる。お前が酷い人間だと」

 「卑怯者めが! この戦いを申したのはアンタからだろうが! それを歪曲し、僕の蛮行とするのか!」

 「元はと言えばお前からいきなり戦いをふっかけてきたのが原因だろ。それを忘れちゃいかんでしょ?」

 「ふん、それは攻略屋としてアンタの働き方が極悪極まりないからこそ、痛めつけたに過ぎない。冒険者のプライドに付け入り、高額の報酬金を要求するとはまるで悪魔の所業。僕がそれを咎めただけの話だ」

 「じゃあ全ては善行の名の下に行なっただけと?」

 「当然だ」

 「いかれちんぽ野郎め」

 「言いたいことはもう済んだか? もう終わらせてやる」



 バリアの中でフォーカスは剣を持ち直し、俺を鋭く見る。しかし────



 「まあ、待てよ。満身創痍の俺にもう少し付き合ってくれよ」

 「くどいぞ! こうして話している間にもアンタが少しでも体力の回復を図ろうとしているのは分かっているぞ」

 「だとしてもいいじゃねぇか、ボッコボコの俺に比べてお前はほぼ無傷だろ、少しぐらい休ませろっての。それともなにか? 俺に休まれると何かまずい事でもあるのか?」

 「……なめるな、僕はただ時間が無駄になるのが嫌なだけさ」



 フォークスは頭を掻く。明らかにイライラしていた。



 「じゃあいいだろ。少し話をしようぜ、聞きたいことがあんだよ」

 「聞きたい事だと? アンタみたいな人間が一体何を!」

 「簡単な質問なんだ。ごく平凡的な質問」

 「はぁ?」

 「何でも屋フォークス、お前出身は北の国だと前に言っていたよな?」

 「な、なにぃ? 」



 意味が分からないとフォークスは訝しんだように言う。俺は続ける。



 「だから出身地の話だよ。初めて出会った時にそう言っていたと思うんだけど……間違っていたかな?」

 「そうだが……それがどうした? そんな事を聞いて何になるって言う!」

 「あっあ〜〜、合ってる? よかったよかった。いやね、多分北の国っていう事ならここよりきっと寒くて厳しい環境下で育ってきたんだろうなと思ってさ。ここも冬は雪が降ったりするけど、多分ブライド国に比べればへでもない気温や環境だと思う。そんな中で過ごしてきたのなら、そりゃ体の作りからして俺達とは比べ物にならないくらい強靭なんだろうなと思ったら納得出来たんだよね」



 フォークスのほくそ笑む音が聞こえた。



 「ハッ……そんな事が言いたかったのか。当然だ。

一年を通し厳寒であるブライド国の人々は誰一人例に漏れず逞しく気高い。だからこそ王国騎士団『ブライド狼騎士隊』は大陸最強を謳っているのだ。国の環境とそれが生み出した人々の強靭な心、それを国を守る守護剣とする。これほど高貴な国は他にはない」



 いや、知らんし……そうは思っても口にはしなかった。



 「そりゃすげぇな。しかしそんだけ逞しい男達の相手をするモンスターもその環境だと同じくらい強く進化してそうだな」

 「まあな、熊や狼に酷似したタイプのものもいれば、ヘラジカの様なものもいるが、等しくどれも強力だ」

 「ほぉ〜……たしかにそんな奴らと戦ってりゃ人も更に強くなりそうだ。だが少し聞きたいんだけど、そちらの国には虫ってのはいるのかね?」

 「はぁ? 虫?」

 「ああ、虫だ。あの飛び回ったり、いきなり歩いていたら目の中に突っ込んできたりするあの小さい生物さ。こんな説明しなくても分かるだろ?」

 「馬鹿にするなよ、だが、ブライドの国には基本的に羽虫の様な類は生息していない。一年中寒い気候だからな変温動物や似通った生態のモンスターは生息できないのさ」

 「なるほどねー……じゃあフォークス、お前はこの国に来て驚いたんじゃないか? こういう生き物もいるんだなって」

 「まあ、多少はな」

 「だよな、こんな鬱陶しくて煩わしいと思っちまう生き物も珍しい。窓を開けてりゃ勝手に入ってくるし、料理を作ったらその上に止まったりもするしな。ムカつくぜ。 ……だけど、しかしながらフォークス、虫を知っているという事だったが、だったらお前は勉強不足だぜ」



 何を言っている。そんな顔をしたフォークスの視線を受けて俺は彼を見つめ返すが、そんな彼が太もも辺りを摩る様に掻いているのをみた。



 「何が勉強不足だって? 虫が? 何故」

 「ここの国には多種多様の生物が生息しているが、当然虫達にも多くの種類がある。その中でベニクイアリという種類のアリがいる。こいつらは非常に攻撃的……いや、巣に近づいた者を執拗に撃退する性質を持つアリでね。特に天敵であるテンジョウオオアリには敏感に反応し苛烈なほどの攻撃を仕掛ける根性の座ったアリなんだ。ベニクイアリは女王を喰い殺すテンジョウオオアリをその体から発せられるフェロモンに強く反応し接近次第有無を言わず攻撃を開始する」

 「…………」

 「敵はテンジョウオオアリだけじゃない。敵対する彼らを横から掠め取るアリクイだっている。でもベニクイアリっていうのは勇敢なアリだ。巣に接近したなら相手が大きかろうと戦いを挑む。しかし相手が大きければ大きいほどベニクイアリは仲間が集まるまで攻撃を始めない。ベニクイアリの賢いところはそこだ。勝ち目がないうちは様子を見ていて、一匹一匹がその対象の周りや体に付着し、仲間が十分集まってから攻撃を開始するのさ。彼らの足は特殊な進化によって付着した対象にその感覚を伝えないようなクッションになっているから、その存在を知るのは中々に難しい。……まあ、人間ほど大きいと彼らも攻撃を仕掛けようとはしないから安心しろ」

 「……なんだその話は。虫オタクの戯言か?」

 「違う。ただの警告さこれは」

 「……警告?」

 「ああ、今ベニクイアリってのは人間を襲わないと言ったが、彼らは人間の区別を生物の体から出る各々のフェロモンによってしている。だからもしも人間の体に天敵であるテンジョウオオアリのフェロモンが付着していた場合、いくら人といえどその攻撃を受ける事になるんだ」

 「何が言いたい」

 「しかも人間ほどのサイズともなればベニクイアリ達も多くの兵を率いて襲うだろうさ。そりゃ彼らにとって人間サイズのテンジョウオオアリなんて、天災レベルの敵だ。戦うのを避けていれば自分達の巣がやられかねないんだからな───────」

 「一体何を言っていると聞いているだろ!! 攻略屋ぁぁ!!」



 俺は確信を持ち告げてやる。



 「いや、なに簡単な話だ。先程の煙玉。あれはちと特殊な細工をしていてね─────あの煙の中には『テンジョウオオアリの体液』が混じっているって話よ」

 「は、はぁ?」

 「そろそろ気が付いてもいいんじゃないかい? さっきから全身にどこか違和感があるだろう? 」



 俺は目撃した。フォークスは先程から、首筋を掻き、頭を掻いたりしていた。恐らく本人は自分の気持ちの変動、ストレスなどで一時的な痒みにその掻く行為を無意識に行なっていたはずだ。しかし本当は違う。



 「なッ─────────!!!!!」



 息を飲むフォークスの首筋に素早く動く『赤黒い点』が見えた。



 「なんだこれはぁぁぁぁあッッ──────!!」


 

 慌てふためくフォークス。彼は焦燥と恐怖の入り混じった顔で、自分の両手や全身をくまなく確認していた。



 突然上がった悲鳴にも似た彼の絶叫に観戦していた冒険者達はどよめく。彼らの位置からではフォークスの体に起きている事態を確認するのは難しいのだろう。しかし俺にはしっかりと見えていた。



 フォークスの全身には赤黒い体色をした『ベニクイアリ』の軍団が付着していたのだ。彼の纏う衣服に、晒している素肌に。靴の爪先から始まり襟元まで。そして既に顔にも数匹這い回っている。全身を幾百幾千のアリ達が蠢いていた。恐らく服の中の素肌にまでアリ達は進行していることだろう。側から見ても気持ちの悪い光景なのだからやられている本人の嫌悪感は計り知れなかった。



 「ああああああぁぁあああ!!!!!」



 全身を手で振り払うフォークス。それは尋常ではない様子だ。その展開を巻き起こした張本人である俺が観ても不憫に感じてしまう程の慌てようであった。



 「ようやく気が付いたか。なんだ、俺に気を向けすぎていて体を這うアリ達の感覚にさえ、無神経になっていたのかよ。まあ、さっきも言ったけどベニクイアリ達の足はクッションのようになっているし、気が付かなくても無理はないかもな」

 「あ、ああ! うわぁああああ!!!」

 「……聞こえちゃいないか。もとから俺はこの場所を指定した時からこの戦法を考えていた。この草原にはベニクイアリが多く生息しているからな、こんな戦術も有効ってわけよ。俺が場所を指定した時点で怪しむべきだったなお前は。 ……どうだい? 自然豊かなグランマの地の洗礼は」



 俺の策にハマった彼。手を、足を、振り払うフォークスの目に俺は映らない。バリアをいくら張ろうが草原に足をつけている時点でアリ達の侵攻を防ぐ事はできるわけがなかったのだ。もっともバリアの有効範囲が地面の中まで至っているならば話は別だが、油断しがちなフォークスにそれはないと確信していた。完全なる慢心により、彼はアリ達にその身を襲われたのだ。仮面をつけている上でも読み取れるほどの焦燥に俺はやってやったぞと心の中でガッツポーズをした。



 だが彼も全身を揺さぶり払うことに専念するほど馬鹿ではなかった。



 「クソがぁぁぁぁ!!!!」



 その叫びと共に彼の周りを暴風が巻き起こった。風属性の魔法だ。フォークスの体から一気にアリ達が巻き上がった事だろう。虫の嫌悪から解き放たれた奴の目が憎悪を孕んでいた。



 「小賢しい真似を……っ! アリ程度を纏わせたところで僕に勝てないことを分かっていながら、僕に勝負とは無縁な嫌悪感を与える為にだけにそんなことをしやがって!!」



 憤怒を露わにする彼を俺は睨む。俺はこの勝負にそんな侮辱するような真似はしない。



 「果たしてそうかな?」

 「─────ほざけ!! 無鉄刀剣サベージ、攻略屋を切り裂け!!」



 そう言いフォークスが右手を突き出す。



 しかし────



 「……? ……サベージ! ……くそ、なぜ出てこない!!」



 彼の右手の先には魔力が集まることはない。何も掴めず生み出せず、空に伸ばした掌が無様にそこにあるだけであった。



 「……ッ……ならば……」



 フォークス右手が今度は上空へと向けられる。その先にはエメラルド色の剣、先程生み出し俺へとその牙を向けた『無鉄刀剣サベージ』であった。新しく剣を作ることは諦め、今あるもので俺を襲うつもりらしい。確かに先程味わったカマイタチの威力は凄まじかった、未だにその痛みは続いているし、二度も喰らいたくはない。であれば今すぐ俺としては逃避する体制をとった方が良いと思われるが────



 「……な、何故動かん……どういうことだ……」



 俺が逃げる必要はなさそうだ。宙に浮いたサベージはそのままの位置から微塵も動く様子はなかった。



 まあ、分かっていたことだけどな。



 「─────なぁフォークスさんよぉ、何故テメェの魔法が言うことを聞かないか知りたくはないかい?」



 俺はワザとらしく彼に語りかけた。そう、俺は知っているのだ。何故突如フォークスが魔法を使えないかのその理由を。



 「な、なにぃ……ま、まさかアンタが……アンタが何かしたって言うのか!?」

 「よく分かってるじゃねぇか。御名答、やらせていただきましたよ、ええ、しっかりとね」

 「……クッ……クゥッッ………」



 ギリギリと歯を噛み締める音が聞こえ伝わってくる。



 俺はここで漸く片膝を立て、地に足をつけて起き上がる。ゆっくりとだが着実に俺はその二本の足でしっかりと立ち上がった。全身の傷はぐじゃぐじゃと痛むが、心に吹き荒ぶのは確かな『感覚』、フォークスを出し抜いてやったという、優勢からくる自尊心。晴れやかな勝利の理想イメージであった。



 「────フォークス」

 「────攻略屋ぁぁ……」



 明らかな憎悪、唾棄の感情が向けられる。俺と彼の間には相容れぬ距離とどこまでも深い溝がある気がした。



 そうして俺は語る。その彼が使えなくなった魔法の理由を。



 「テメェはさっき俺が投げたあの煙玉を覚えているか? 赤、緑、紫と……三色の煙を放っていたアレさ」

 「ふざけるな、覚えているも何も、たった今その煙によって僕はあんな矮小なアリどもに集られたんだろうが!」

 「実はアレには、テンジョウオオアリの体液以外の成分も含ませていた」

 「な……んだと…」

 「赤色の煙の玉にはその体液の成分を含ませていたけど……他の二色には別の『効果』を齎らす成分を注入していた」

 「……魔力阻害……魔力欠乏?……いや……それならば……まさか!!」



 確信を得たようにフォークスが叫んだ。

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