実力差的反撃
三人称です!
「フッ─────」
フォークスの出方を窺うジョンの耳にそんな彼のほくそ笑みの音が届く。その笑いはほくそ笑みから次第にボリュームを上げ、いつしかこの広い草原に響き渡るまでになった。
「フハハハハハハッッ───!!」
その突然の笑い声に誰もが口を閉ざした。一体どうしたと言うのか、フォークスの先程までの催涙ガスによる呻き声から一変したその気の狂った様な笑い声は尋常では無い雰囲気を場に訴えかけた。
誰しもがその笑いが治るまで待っていた。何を笑っているのだと問いかけられない程の異様な雰囲気であった。
「またも……だな」
笑い声と対比する程に静かな声でフォークスは口を開く。
「この間もこんな風に僕を苦しめたよな? 攻略屋。前回は投げナイフの柄頭だったか? そこから出たガスに苦しめられたんだったな。 いやはや、まったく成長しない自分自身に笑ってしまったよ。失礼したね」
目を擦るフォークス。その口調とは相反し彼の纏う気は『怒り』の色を濃くしていた。
「────『無鉄刀剣』」
ボソリと呟いた瞬間にフォークスの隣に出現した存在にジョンの背中は一気に冷や汗を噴き出した。
半透明にして光沢を放つ薄緑色の剣。まるでエメラルドで作られた儀礼用の剣の様に見えるそれが空中に出現し、その刃先をジョンへと向けていたのだ。
「魔法剣!?」
「あいつそんな高度な魔法まで使えんのか! すげーな!」
周りからそんな感嘆の声が上がる。言わなくても分かってるっての……ジョンはそう反発するような事を思うが、その存在は彼にとって自分の不利を更に決定付ける物であった。
魔法剣……この世界において魔法使い達がこぞって使用する比較的ポピュラーな攻撃魔法。地属性の魔法によって形だけ生み出し、それに他の属性を上乗せすることで、属性の効果を持つ斬撃魔法とする魔法である。
しかし観戦する冒険者が言ったようにこの世界では多くの魔法使いが使用はすれど、その難易度は並ではない。魔術に関する学園を卒業したものであればほぼ等しく使用は出来るが、学園に通ったことのない者では生み出すことはほぼ不可能と言っても過言ではない。
そしてそれを生み出しているフォークスは魔法に関しても卓越しているということ。決定付けられ、更に増やされる自分への不利要素を内心嘆くジョンだが、その手には既に投擲ナイフが三本握られていた。
考えて何もしないというのは最早悠長と言えた。何か行動しなくては敗北に一直線でしかない。その持論を抱えながら、その麻痺毒を仕込んでいたナイフを一本フォークスに向かって投げつける。
しかし
「無駄さ」
冷酷な宣言と共に、フォークスの側から魔法剣が射出され、それがジョンの投げたナイフを空への弾き飛ばした。ナイフを容易く弾くその早さと硬度を持つ、魔法剣が彼に迫る。だがジョンは迫る剣に、なんと自ら向かって走り出していた。
誰もが息を飲んだ。普通に見てただの自殺行為にしか見えなかったからだ。だがジョンはその刃と接触すると誰もが恐れた瞬間─────
思い切り踏み込み跳躍し、魔法剣を飛び越えた。そしてその先には、先程弾き飛ばされたナイフが空に舞っていた。
「ふっ!!」
そしてジョンはそれを見事にキャッチすると、元から握っていた二本のナイフと共にフォークスへと投擲した!
二本のナイフは左肩と右腹部に向かってそれぞれ飛んでいく、そして残った一本は左の太ももを狙い投げつけた。ほぼ同時に投げられたナイフを防ごうにも一太刀ではその三本を一度に斬りはらう事は出来ないし、体を逸らし回避したとして、このスピードとさほど遠くはないこの距離感ではどれか一つくらいの餌食にはなるだろう。
ジョンは抜かりない攻撃に、希望を抱く。それは願いにも近かった。既にフォークスは魔法を使用する宣言をしている為、戦いが長引けば長引く程にその魔法のレパートリーに翻弄され自分に勝ち目など皆無になってしまうのが予測されたからだ。この自信家の事だ、使える魔法が一つや二つのはずがない。
勝ち目があるとすれば短期決戦だ。この短い時間で相手に反撃させる暇も与えず攻め切ればまだ分からない!
その考えと共に空中から着地するジョンであるが、その耳が拾った音は、何かが一度に弾かれる何とも忌々しい金属音であった。
「─────無駄と言ったろうに」
勝ち誇るフォークスの声に頭を上げるジョン。そして目を見開いた。彼の周りを白濁色の硬質な円が包んでいたのだ。それは所謂『バリア』と呼ばれるもののイメージに酷似していた。
「『氷領域』……不出来なアンタは見た事ないだろう? 使用できるもの自体少数な、防御魔法だよ」
フォークスの勝気な説明に、これは悪夢か?と神に問いたくなる。
まさか防御魔法まで備えているとは、仮面の下でジョンは苦虫を噛んだ表情をしていた。フォークスの周りに散らばったナイフ達が、その無力さを物語る。
あのバリアの前ではそりゃ、ただのナイフじゃ太刀打ちなど出来るわけもない。当然の結果を嫌々飲み込むジョンはまたも何か手を講じようと懐に手を入れた。
その刹那である。
「─────そうそう、あと、そこ『切れる』ぜ」
憐れむ様に吐き捨てるフォークスの突然の言葉に、ジョンは頭でハテナを浮かべる。いや、ただの言葉ではない。それは明らかな忠告であった。では何の? それに何故? まさか──────それは『勝利宣言』と捉えてもいいのか? ……だとすればっ!!
気が付いた瞬間、ジョンの視界にいくつもの歪みが生じた。それはまるで夏の陽炎の様にも見えるが、明らかな『鋭さ』を孕んでいた。何かヤバイ!! そう考えて腕を前にして防御の姿勢をとるが────
次の瞬間には全身を襲う強烈な痛み。何が起きたと理解する時間も与えない連続した痛みがジョンを襲ったのだ。
「ガアアァァァァッッッ─────!!!!」
それは斬撃であった。止めどなく続く全身を切り裂く痛み、盾にした両腕の防御を無視し全身に至る斬烈に叫ぶことしか出来なかった。
永劫続くのではと錯覚させた斬撃の連打が止む頃には、全身を血に濡らしたジョンがただ立ち尽くすのみ。季節風が彼の背中を押し、彼は前から地に伏せた。
「お似合いだよ、アンタにはそんな姿が」
終わりを告げる様なフォークスの言葉。
幼き子供の悲痛な叫びが草原に響いた。




