再戦開戦
今回は三人称です。
草原に草の靡く音が聞こえた。それはまるで何者にも邪魔をされない自由の音のようにもとれた。誰も何者も言葉を発さなかった。幾人もの影が日の出の光によって作り出され、太陽光を反射し草達が黄金の色を纏う。
黄金の草と影の黒がこの世界をつくりあげている二色にも思えた。
焔の如き赤い鎧を纏うひとりの男に沈黙は唐突に破られる。
「──────始めェ!!」
男の轟音にも似た開戦の合図に向き合っていた二つの影は駆け出した。一方は黒い犬を模した仮面をつけ、もう片方は凹凸や表情のない、まっさらな白仮面をつけている。陰陽の対比の様な二人ではあったが、黄金の太陽の下ではその二人の影はどこか類似しており何も変わりはなかった。
フォークスが背中の剣を引き抜き横払いへと振り抜いた。当然その動作を見てからでは避けられるわけはないジョンは跳躍しフォークスを飛び越えるように回避する。右手で肩の剣に手を掛けた時点で攻撃の予測は出来ていた。横か斜めに振り抜くのが一番走った勢いを殺す事なく攻撃出来る手段。それさえ分かればステータスの差異など関係はない。
それに今日のジョンの靴には細工がしてあり、ムシ型モンスターのキングオオバッタから入手した膝関節を仕込んである為、両足で大きく踏み込んでジャンプすることで普段の5倍ほどの跳躍を可能にするのだ。それが大きく回避率に貢献するのは想像するに容易いだろう。……だが着地する際にその衝撃でとてつもない痺れが足を襲う為、あまり何度も出来ないのが難点なのだった。
跳躍し、空中で前宙するジョンはそのローブからナイフを二本取り出しフォークスの背後へと投げ付けた。そのナイフが妖しくツヤ輝く。そのナイフ達には毒が等しく仕込まれていたのだ。致死量には至らないであろうが、少しでも体内に入り込めば数秒で麻痺させるほどの毒だ。侮れるものではない。
ガ、ガィンッッ!!
しかし自分に放たれた二つのナイフを、フォークスは振り返る事もなく剣を振り弾き飛ばした。
「背中に目でもついてんのか!」
「化け物の様に言うなよ。修行の賜物さ」
簡単に攻撃などさせてくれるわけも無いとは分かっていたが、こうして易々と攻撃を防がれるとやる気をなくすと思うジョン。だが休む事はない。
着地と同時に左腕の魔法装備に手を掛ける。手の甲側の手首の上部辺りに窄んだ袖口が存在したのだが、ジョンは躊躇うことなくそこに右手を突っ込み、引き抜く。そうすると右手には丸い物体が握られていた。ジョンの十八番である『爆弾』であった。
「ほう……面妖な」
噛威のそんな感想がボソリと吐かれるが、それもそのはずだった。ジョンの装備するそれにその爆弾が収まる程のサイズはなかったのだから。それならば何故そんなサイズ違いのアイテムが取り出せたか、それは籠手の素材であるブラックスクイートの細胞特性にある。
ブラックスクイートというモンスターはあらゆるものを飲み込める生態をしている。体内へ入れられる物体の許容量は、質量や面積に影響されるものではない。そしてそれを可能にしているのが彼らの体を作る細胞にある。実は彼らの細胞はひとつひとつが天然の魔術式になっており、それにより、限界はあれど身の丈以上の許容量を有することを可能としたのだ。そして死して細胞が死のうとも効果を残す方法をジョンは教わっていた。この装備は『友』と共に作り上げた作品の一つであった。
ジョン・ウィッチは躊躇いもなく右手の爆弾をフォークスへ向かって投擲した。
が、しかし。
「────ッッ!?」
信じられない事にフォークスはそれを予測していた様に投げられた空中の爆弾に向かい、それをジョンの元へと蹴り飛ばしたのだ。爆弾にはひとつひとつそれの起爆紐がついていて、それを引き抜いてから爆発までにはタイムラグがある。フォークスはそこをついたのだった。
再び自分の方向へと戻ってきた爆弾を回避するジョン。しかしその先には既に。
「逃がさないよ」
フォークスが豹の様に回避に気を取られたジョンの背後へと回っていた。背後に回られては相手の動きを予測することなど不可能だ。ジョン・ウィッチ、絶体絶命の窮地。
再び剣を振るおうとするフォークスの視界に可笑しな物が混入する。それは背中を向けた攻略屋の足と足の間に落ちた、黒く丸い一つの物体であった。
キィィィンンンッッ!!!
気が付いた時には既に遅し。彼を閃光と耐え難き高音が襲う。ジョンの前回使った閃光の玉と発音の玉を合わせた『新作』である。そのスタングレネードのような爆弾は、この場を見守る冒険者達でさえ、無差別に襲い、あらゆるものを怯ませた。
視界と聴覚を完全にやられたフォークスだが、止まらず剣を振るう。しかし卓越した彼の剣は空しか捉えなかった。一瞬出来た隙は、一瞬であれど攻略屋の回避する時間を見事に作ったのだ。
遠くの方で爆弾の炸裂音が響く。先程投げたジョンの爆弾が爆発したのだろう。しかしその音は極めて低く小さかった。それに中身が破裂する様子もなく、その身から白濁の煙がもくもくと湧き上がるだけである。
「煙幕であったか」
噛威が少しだけ嘆じて言う。確かに有効な手ではある。今日は風が弱い。それに比べて、爆弾から出る煙幕はそれこそ並々ならぬ量だ。身を隠すのにはいい手段であった。
スタングレネードの影響をジョンも受けない訳ではなかった。瞳は閉じていたから閃光の影響はなかったが、聴覚がほぼ機能していなかった。しかしこのチャンスに畳み掛けない訳にはいかない。彼は『魔法装備』に手を再び突っ込むと取り出した複数の球。それは先程と同じスモーク玉であった。
そして見る、フォークスを。彼は今視界と聴覚をやられた中、周りに警戒を払って無駄に動こうとはしていなかった。
あんな感覚を張り巡らしている状態の人間に直接攻撃を仕掛ける程、ジョンも馬鹿ではない。視覚と聴覚を奪われた分、卓越した剣士ならば他の感覚は自ずと高まっている事だろう。であれば今は仕掛けず、『環境作り』に徹する事が得策だ。
フォークスの周りにスモーク爆弾を投げていくジョン。それぞれからは色とりどりの煙が立つ。赤、緑、紫。そうして混濁した色の中に彼の姿は見えなくなった。煙に臭いはない。だから彼も自分が何をされているか自分では分からないだろう。スタングレネードによる効果もそろそろ切れる事だし、この煙による視界潰しはその延長線上のものでしかない。急がねば。
ジョンは袋をブラックスクイートから取り出すとその口を下にしながらフォークスの周りを歩み始めた。中から金属を鳴らしながら何かが落ちてゆく。
……やはりな。
ジョンは思った。フォークスは音の位置を察知しているであろうが、仕掛けては来なかったのだ。あくまで俺の行動を見てから攻撃に移るつもりなのだ。
それが良いのか悪いのかはこの段階では分からないが、ジョンは無事にその袋の内容物をフォークスの周りへの撒き終えた。
「あれはマキビシであるか? なんとも既視感のある戦法をとられるな攻略屋殿……」
噛威の言葉通りそれは所謂マキビシと呼ばれる道具であった。踏んだものにダメージを与える、東の大陸から伝わった武器の一種であった。
この草が生い茂る草原で、マキビシを撒くと草の背と大差ないそれらが、いい具合に隠れて隠密性の高さを発揮していた。
戦う場所の状況を予測し、事前に準備しておいたのが、いい方向に動いているとジョンは微かながら揚々に思った。




