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ミーティアの気まぐれ

 

 一体何故こんな事になってるんでしょうか?



 俺は隣に座り、目をキラキラさせるリリィを見る。彼女は初めて来たであろう酒場の雰囲気から、その目の前に置かれたグラスの中で小さな星が瞬いているような液体に興奮していた。



 「面白いかしらリリィちゃん」

 「うん! すっごく綺麗!」



 時刻は夜の8時を回っていた。客が俺達以外不在の店内で、俺達の前に座る『ミーティア』はリリィの花の咲くような笑顔につられ、にっこりとする。



 小さな酒場の小さなテーブルを三人で囲む俺達の状況に俺は声をあげた。



 「あの〜……お前から飲みに誘ってくれるなんて嬉しいんだけど……一体どういう風の吹き回しだ?」



 俺の問いに煩わしいというようにミーティアは俺の方へ目線を向けた。


 薄紫色のウェーブした長い髪の女。俺の行きつけのボディコスメの店の店主である彼女。片方が髪に隠れた紫色の瞳が俺を射抜く。(詳しくは17話の『怒れるのも才能と言って欲しい。』を見てね)そうして少し間を置いて、その美しき唇が開かれる。



 「最近、お店にめっきり来てくれないからこの機会に誘ってあげたんじゃない。それだけの話よ」



 お店で立っている時とは違う、少しだけタイトなドレスを着ている彼女から独特の色気が漂う。言葉だけを汲めばそういう怪しいお店に入り浸る男と女の会話のように聞こえるが、彼女の店は健全な店である。


 それにこれはただ俺を揶揄っているだけだとすぐに分かる。



 「商品を買いに行く時ぐらいじゃないと行かないに決まってるだろ。それにこんな誘いは業務外なんじゃねーのか?」



 俺の言葉にミーティアはニンマリとする。まるでおとぎ話の男を惑わす魔女のようだ。まあ、この世界じゃそんな言葉はややこしくなるんだけど。


 しかしながらこんな誘いにドキドキしている俺がいるのも確かだった。フォークスとの約束をこぎつけた俺達は久し振りにミーティアの店、『ラスメティア』へと伺った。そして消耗していた家で使っている石鹸を購入した後、店主である彼女に食事に誘われて今に至る。



 「勿論プライベートに換算してくれていいのよ? 良かったわねこんな美人と食事の席をご一緒に出来て」

 「そこについては否定はしないけどよ……なんか緊張しちまうなぁ」



 俺は居心地の悪さを覚えてまたもやリリィを見る。キラキラの液体を口に含んだ後、喜びを含んだ驚きの表情をしてその飲み物をゴクゴクと飲んでいる彼女の能天気さが羨ましかった。口を拭うための布巾を渡してやる。



 「ただ話をしたかったから誘ったのよ。緊張なんてしなさんな。それにしても前に会った時よりも随分とリリィちゃんと仲良くなったのね。まるで親子みたい」

 「そうかい? そうみえるなら良いんだけど……」



 ミーティアの言葉に負い目を感じる。



 「バツが悪いわね、何かあった?」

 「最近コイツには悲しませてばっかりでな……」

 「ほんとほんと、人間ってば私に心配させてばっかなんだから」



 追撃するようにリリィ。お前にそう肯定されると心が痛いよ。



 「そういえば貴方まだあんな危ない仕事しているらしいわね……それが原因かしら」



 ミーティアが俺を責めるように見た。俺はその圧に黙り込む。



 その言葉から分かるように、実はこのラスメティアの店主、ミーティア女史は俺の裏稼業の事を知っている数少ない人間の一人である。普段は口止めしている故に街中でも公言しないし、この間リリィと一緒に店に訪れた時でさえ口にはしなかったが、多分俺のリリィの関係性の変化に気が付いたからこそ、この場では言ってしまったのだろう。



 彼女はそこんとこが敏感な女である。だからこそ俺もそこまで驚きはしなかった。代わりにリリィが固まり、口から言葉にならない音を出す。



 「おぇぇうぇ!?な、な、な、な、なん!?」



 慌て過ぎだっての。こいつぜってぇ誰かにカマかけられたら一撃でボロ出すタイプの人間だな。



 「落ち着けってリリィ、彼女は俺の仕事のことを知ってるよ。昔それ関連で少しだけ関わってんのさ」

 「貴方がヘマして私に正体がバレたのよね。 ……フフッ」



 意地悪く笑うミーティア。まあその通りなんだけどな。今はほかに客もいないしその発言も抑止する必要もないだろう。



 「あ……そ、そうなのね。ビックリしたー……」

 「安心してねリリィちゃん。貴方の大切な人に危害が加わるような事は言わないから〜」



 ひらひらと手を振りながらそう告げる彼女だが、どこか胡散臭く感じる。恐らく攻略屋の件は漏らさないだろうからいいけど。



 「それで話は戻すけど……風の噂で聞いたわよ? 貴方最近やってきた新参者と決闘するらしいじゃない。悲しみの種はそれでしょうね」

 「確かにそうだけど、リリィには納得してもらってる悲しみの種なんて言わないでくれ」



 事前にリリィには俺が決闘を挑む事を了承してもらっている。でなければあの場に彼女を連れて行くわけがないでしょうに。リリィには自分も決闘の場に連れて行く事を条件にして納得してもらったのだ。



 リリィ自身それをもう掘り返してくる女の子ではない事は俺は知っている。



 「何を言っているの!? ミーティアさん聞いてよ、人間ってばとんでもない事を言い出したのよ! 頭がおかしくなったと思ったわ!」



 ええ!? 掘り返しちゃうんですかリリィさん!



 「『俺、もう一度あのヤローと戦ってくるよ』とか言い出したの。私心臓が飛び出すぐらいビックリしちゃった! 理由を聞いても教えてくれないし、意味が分からないの」

 「ふーん……理由も教えないなんて悪魔ね貴方」

 「……うるへー」



 理由を言っちまったら意味ないだろうが。当然リリィはそんな事をしなくても良いと言う。けれどその言葉に従ってしまえば彼女の俺に対する見方はこれからもずっと一緒だ。俺の代わりに俺を傷付けた物に報復してやると簡単に考えてしまう子だぞ? 俺はリリィにそんな子にはなって欲しくない。 俺が一人で全てのことに対処し立ち向かえるのだという事実を見せ付け、俺に対する見方を改めさせなければならないのだから。



 「どうせつまらない意地でも張ってるのでしょう?  彼女に頑なに言わないという事は彼女の為に何か成そうとしているのかしら……」

 「え、そうなの!?」

 「おいミーティア、勝手な事言うなよ! それはお前の妄想だろ、誤解を招くような見解を口にすんなよ!」



 やべーなコイツ! コイツのペースに合わせられたら全部露呈しちまう! これ以上は喋らせない方がいい。口を閉ざした後の彼女は目を細め蠱惑的な怪しい笑みを浮かべる。まるで俺の事など簡単に見破ったぞと言いたげな表情であった。クソ、可愛いな……



 「リリィちゃん、今は言いたくないだろうから、その決闘が終わったら貴方の素敵なご主人様に聞いてみなさいな。全てが終わった後ならきっと教えてくれるわ」

 「素敵かどうかは分からないけど、じゃあ聞いてみる!」



 おい、素敵を否定するなよ。冗談でも付け加えとけ。



 「フフッ……貴方最低限喋れる状態での帰還が絶対になったわね」

 「喋れる状態でもぜってぇ教えねぇ……それにそこに関しては大丈夫だと思う。決闘っつっても立会人もいるし、命の危険が予想されたらすぐに止めに入ってくれるって言ってるしな」

 「それに私も止めるから大丈夫! 危ないっと思ったらどっちも一瞬で凍らせるから!」

 「あら、頼もしいわぁリリィちゃん。ジョン・ウィッチなんかより何倍も」



 席に座りながらもリリィは胸を張る。俺ばっかり馬鹿にされてんなぁ……まあ、良いんだけどさ。



 「─────けど、貴方も気を付けなさいな。リリィちゃんもそうだけど、貴方が傷付く事で心配する人間が他にもいるでしょう?」

 「えー……いるかぁ?」



 カナリーは心配してくれそうだが呆れの方が大きそうだ。アリスは逆に喜びそうだし……グリムロードは『試練を乗り越えたか』とさも当然という態度を取りそうだし、ヤーブイーシャさんには怒られそうだ。



 心配しそうな人を想像してもあんまりピンとこない俺を、伏し目がちに見つめるミーティアの顔がいつのまにか少しだけ近くに寄っていて俺は驚いた。



 「な、なんだよ……」

 「別に……なんでもないわ。なんにしても死ぬのだけはやめてね。私のお店の売り上げが落ちるから」



 そう言って離れる彼女だが、溜め息を一つ吐いて、コクリと酒を飲む彼女は少しだけ不機嫌そうにも見えた。


 ひでーな! なんか勝手に呆れられた感が半端ないんですが……



 俺が何をしたって言うのよ。そんな気持ちを抱えながら俺達の夜は更けていった。



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