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自分のために

 

 いつからだろうか。人に対して『戦う』という選択肢を自ら放棄していたのは。



 少なくとも幼き日に自分のステータスがゴミクズ同然だと判明したあの日よりは後だったのは確かだ。そりゃ……それが事実上の原因だから当たり前なのだが。



 劣等感、自己嫌悪、慚愧ざんきなんてもんは数え切れない程抱えてきた。あの頃の俺には『安寧スキル』なんてものが自分に備わっていると知る術はなかったし、前世で何があり、どういった経緯でその力を手に入れたのかなんて分かるわけもなく、日々自分の存在理由と悔しさに苛まれていた。


 それが認められなくて、自分を馬鹿にした友達に噛み付いたこともあった。当然敵うわけもなくて、返り討ちにあうのが常であった。



 だからいつしか俺は自分から誰かに噛み付くなんてことは止める人間になっていた。嫌な事を言われても、間違っていても、その場しのぎの愛想笑い。便乗。都合が悪ければ見て見ぬ振り。



 それはきっと前世の記憶が戻ってからも、何処か俺の心の端の方にこびりつき根を張っていたのだろう。



 「───必要が無いならそれが一番だけどね」



 俺に仮面を授けた『友』の声を思い出す。俺に戦い方を教えてくれた師であり、俺に勇気を教えてくれた友であり、俺に生きる事の奔放さを示してくれた先導者であった『彼』の事を。



 俺の臆病さを彼は否定しなかった。そのくせ自分は強いくせに、自分は強くないと謙遜したりして……なのに俺が失敗すると馬鹿にして。自分に得もないのに他人を救ったりして、それはそれでいいと納得したりして……見返りを求めなかったアイツ。



 ……今もアイツのような人間になりたいと何処か意識している俺がいることは分かっていて、結局なれはしない事も分かっていた。俺はアイツのように強くもないし、勇気もない。



 友が死んでしばらくして、グリムロードが俺の友達になり、守ってくれるようになって、少しだけ心に余裕も出来ていたが、結局俺の心の内は少しも変わらない臆病者だった。



 ダンジョンに潜りモンスターを相手にするのとはまた話が違う。俺と同じように目があり、口があり、体があり、言葉を話し、意思を向けてくる。俺を認知する同族同種の人間という生物。そんなものと敵対し戦う事が俺にとってどれほど難しい事か。




 何でも屋フォークスなんて輩に目をつけられ、いたぶられた時、どれほど嫌な気持ちになった事か。逃亡したのだって死に物狂いであった。死んだふりの最中に、もしもバレたらどうなるのかと考えたら不安でたまらなかった。



 正真正銘の臆病者であることを俺は知っている。



 けれどそうも言ってられなくなった。



 甘えた自分を殺し、その体を跨ぐ日が来たのだ。



 自分から喧嘩を売るなんて行為を選択するだなんて俺も愚かになったものだなぁ……





 ギルドの扉はいつもより重く感じた。確固たる決意を抱いた人間には触れるものがこんなにも『しっかり』と感じるんだな。



 いつもと同じ光景だった。冒険者でごった返すギルド ロートスは昼間は当然の喧騒に飲まれていた。俺は店内を見渡す。心の何処かで見つかってくれるなと諦め悪くうじうじとする自分を俺は蹴り飛ばす。



 ……いた。目的の人物を見つけた瞬間、喉が渇いた。わざとらしく濡らすように唾を飲んだ。



 俺がその男に向かって歩むと、見て見ぬ振りの冒険者達の視線が飛び交う。俺が昼間から此処に来ることは比較的珍しいからだろう。そして負い目があるからかもしれない。……どうでもいいか。そんな事など気にするな。自分に言い聞かせる。



 そいつらが座るテーブルの前で俺は足を止めた。喧騒のせいだったのか、俺がその距離に来るまで彼らは俺に気がつく事もなかった様子だ。なんせ、その白い仮面の奥の瞳が驚きに見開かれていたのだから。



 「───攻略屋」



 いつもと変わらぬ装いの『何でも屋 フォークス』が俺の名を呼んだ。



 「久しぶりだな。二週間ってところか? 腕は大丈夫かい?」



 嬉々として彼が目を細めたのが分かった。ローブの中から左腕を出し、手を握り開いて見せ完治していることをアピールした。今日から折れたあの日まで一週間は経っている。当然骨折がそんな期間で治るわけはない。あの日からのリリィの毎日の懸命な治癒魔法による治癒力の増幅と、ヤーブイーシャさんから教わった怪我後の日々の処置の結果が、そんな短期間の完治を叶えたのだ。



 そして今回のMVPであるリリィ・キャラメリーゼその本人は俺の横に立ち、相棒としての『子兎バニー』の装いで、目の前に座るフォークスを見ていた。彼に対して何を考えているか分からない彼女の瞳は不思議なほどに澄んでいる。



 「もう大丈夫みたいだね」



 ほくそ笑んだ音が俺に届く。もう完全に舐められているのだ。そりゃそうだ。こちらが何を考えどう行動したってコイツは自分の都合の良いようにしか解釈しない人間なのだろうから。



 俺はおもむろに懐からある物を取り出し彼らのテーブルへの投げ置いた。



 それは薄い封筒だった。



 「フォークス」



 訝しげにフォークスとソフィーはそれを見つめた。



 「─────もう一度俺と戦え」



 俺の言葉にフォークスとソフィーからの視線が一度に交う。まさか俺からそんな挑戦をふっかけられるとは微塵も想像してなかったのだろう。俺は続けた。



 「日は3日後、明朝。太陽の光が山から射した時。 ……どうだ受けるか?」



 フォークスの目が細まる。



 「ククッ……本当に言っているのかい? 攻略屋。それは僕に対しての挑戦状ってことで間違いないよね?」

 「ああ、その通りだ」



 彼自身は抑えているつもりだろうが、フォークスが心底喜び、楽しんでいるのが俺には伝わって来た。こいつが断る事など想像出来なかった。



 「その袋ん中に場所や日は書いといたから、後でもう一度確認しておいてくれ」

 「おいおい僕が受けると既に思っているのかい? まだ何も答えてないぞ?」

 「……断るのか?」

 「受けるに決まっているだろ!!」



 フォークスは小馬鹿どころではなく、大馬鹿にしたような声をあげる。嫌な奴だな。出会った当初少しでもいい奴そうと思ったのが悔やまれる。



 「僕もヤリ足りないと思っていたところさ。攻略屋、嬉しいよアンタからそう言ってもらえるとは」

 「言わなきゃお前からふっかけて来たくせに」





 




 

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