世の中言いたくない事を一つは体験してるもの
先程までのアルバイトの疲れを感じながらも、朝食を食べている時にふと思った。
そういえばこのエルフの子供はいつまでいるのだろうと。彼女と出会って3日目。俺自身、流れに身を任せた結果、この幼女はここに住むような流れになってしまっているが……服を5セットも買っているところを考えると、完全に生活をするつもりのようだが……
「なあリリィ、お前いつまでここにいるつもりだ?」
俺の問いに小さくちぎったパンを口に放りながら彼女はキョトンとする。
「まさか本腰入れてここに住むわけじゃないんだろ?」
「何を言っている、ずっと住むに決まっとるだろ」
「冗談だろ。お前にだってやらなきゃいけない事とか、本来帰らなきゃいけない場所とかあるだろうが」
「だから前に言っただろうに。私は村を捨てた。もう行くところもない。であれば、少しでも過ごし易そうな場所に居座るのは普通だ」
「勝手に決めんなよ。あんな服まで大量に買い込んでいるけど、いつまでも置いとくつもりはねーぞ。食費だってかさむし、お前がいたんじゃ俺が落ち着いて暮らせないだろが」
むーっと膨れるリリィ。
しかし何かに気が付いた様にニヤリと笑う。
「へへへ……でも人間、お前は私を追い出す事は出来んぞ。そんな事をしてみれば私はお前の力のことを公言して回ってやる」
得意げに言う彼女だが、すっかり図に乗ってしまっているな。俺がそう言われれば何でもうんと言うと過信してしまっている。
「そうかい。そうすれば、俺はこの村を出るだけだ」
「え……」
「元々いつかは村も出てみたいと思っていたからな。この村以外でだって平穏に暮らす事は出来るだろうし、お前にバラされるのもそのキッカケとなるとしたら、特段問題ではない」
半分ハッタリみたいなもんだったがリリィは黙る。そりゃそうだろうな、自分の脅しが無為になってしまったとしたら、彼女にとっては徒手になっているのと同義なのだから。
「それは……本気で考えているのか……人間」
「嘘を言う必要もねぇだろに」
いつもはキャンキャン騒ぐその言葉が、今は静かであった。
「西の森の方には行くのか……?」
なんのことだ? まあしかし村を出るとしたら色々と各地を回ったりすることもあるだろうし、西の森の方にも行くだろうな。
「行くかも知れないな」
「……そうか」
「なんだよ、なんかあるのか」
「別…に……」
歯切れの悪い返事だ。何もないわけがないな。
それにこいつの反応で思い出したが、西の森はこいつと出会った場所だ。あのトラバサミが仕掛けられていたのがあの森であり、更に言うと、あの森の奥には渓谷がある。そこはエルフ達の住処があると以前に聞いたことがあった。
外界との接触を好まないエルフ達はその霧の深い渓谷を居住地としているらしい。という事は、リリィの反応と言葉から察するに、こいつがその渓谷出身であることが推測される。本来の住処である渓谷で、何かあった事は確かだな。
「別にお前がこの村から出る必要もないだろうに、必要ならこの家くらいはくれてやるよ」
「それでは意味がない! お前のその力にあやからなければ、安息は約束されないだろう」
なんだそれ。
「別に安息を約束なんて一度もしてないだろうが」
「なに」
「だいいち、俺の力の全貌をお前が把握しているわけじゃないだろ。俺は一言もそんな力があるなんて言ってねーだろが」
「…………」
「だいたいお前……どうして俺から安心する匂いがするなんて言ったんだ? 安心の匂いって……」
俺の問いにリリィは間を置いて答えた。
「……エルフは元来、人の持つ力やスキルを看破する能力に長けている。その者が持つ力が大きければ大きいほど、それに対してエルフは過敏に反応出来る。その力が暴力的なものであれば嫌な感じがして、癒しの力や平和な物であれば暖かい感じがするのだ。 ……お前からはそれがダダ漏れで、私からすればまるで冬に暖炉の前で寝転がる様な安心感がある。それが私の安心の匂いと言った理由だ」
やっぱりそうなのか……推測はしていたけど、やはり彼女らにそんな力があるとは……今後絶対エルフには関わりたくないな。
それにしてもリリィは俺に対してそんな風に感じていたのか。しかしそれは俺から離れられない理由にはならないだろう。
「だからといって俺に依存することもないだろ。帰る場所がないなら無いなりにお前も旅にでも出ればいいじゃないか」
「……だから…それは…思った」
「え」
「そう思って、村を出た……そしたらお前とすぐに出会った……だからもう目的は果たしたのだ……」
そんな勝手に目的達成するな。
「そんなの俺が認めるかって。俺の安寧は俺だけのもんだ、お前みたいな俺の平穏を脅かす要因になりかねないヤツを、側には置いときたくはないな」
「…………」
「それに、お前も元々の場所にいた方が仲間もいるし、守ってもらえるし、平和じゃないのか?」
「…………」
また黙った。伏し目がちに俯き、ちぎったパンを指先でこねる彼女にこれ以上問い詰めるのも可哀想かと思った。腐ってもガキだしな。
「まあ……答えたくないなら、答えなくてもいいけどな」
そう告げて俺は食器を下げようと立ち上がる。
「あの」
「あ?」
黙っていた彼女が怯えた様な顔を俺に向けていた。
「理由……ちゃんと言う……今じゃないけど……それにお前の力の事もバラさない…絶対……だから…もう少しだけ側に置いてくれ……お願いだ……」
なんだよ、泣きそうな顔しやがって。これじゃまるで俺が虐めているみたいじゃないか。胸くそ悪りぃ。
「……勝手にしろ」
そんな顔を見て、これ以上何も言えない俺も俺だけどな……
事情は知らんが、コイツもコイツで、逃げ出さなきゃならない状況下に今までいたのかもしれないと思うと、どうにも追い出す気が薄れる。そういうのは苦手だ。どうにも自分と重ねちまうからな。それに辛気臭い雰囲気の子供も……苦手だ。