緊張
どうしてコイツがここに!? 感情が焦燥に飲まれる。
俺の左腕をこんな風にした張本人、フォークスが今また目の前にいる。その現実が俺の中に言いようもない緊張や警戒を生み出した。
いや、此処はしがないレストランだ。コイツがいたって可笑しくはない。しかし、こうして再び出会ってしまうとは……くそ、どう誤魔化しゃいいんだ……此処にはリリィもいる。リリィまで変な因縁をつけられかねないぞ……
「あの、大丈夫ですか?」
フォークスの目が俺に向けられていた。俺は彼の手を握ったまま静止していた。
「え」
「あの貴方左腕を怪我しているみたいだ。そんな方にぶつかってしまうとは僕はなんと失礼な事を。……痛みますか?」
気が付いてない……? フォークスの俺を案じ問い掛けに俺はその答えに辿り着く。よく考えればそれもそうだったのだ。俺は今仮面も着けていないし、ローブだって纏ってはいない。攻略屋としてのビジュアルでは髪色ぐらいしか類似していないのだ。その髪色だって同じような人間がこの街には沢山いる。バレるような事はない。
フォークスに出会ったからといって動揺し過ぎた俺に自分自身情けなくなった。
「……いや、大丈夫です。痛みもないです。治りかけですから」
「ああ、良かった安心しました」
物腰柔らかくそう言う彼にあの悪魔のような雰囲気は皆無だ。攻略屋の俺以外にはこんなに神対応していたのか。腹立つわー
「なによフォークス問題でも起こしたのかしら」
手を取り立ち上がると彼の後ろにパック族のソフィーが来た。白いマフラーに白い魔女装束。桃色の髪。何から何までこの間と変わっていなかった。
俺とフォークスの騒ぎを聞きつけ、何処からか来たようだ。
「ああ、少しね……本当にすみません」
「いや、いいんです。どうも」
ソファーも俺を見るが気が付いている様子はない。であれば離れるが吉だと考え、俺はとっととその場を去った。……去ったのだが。
俺が席に戻ると、その丁度後ろのテーブルに彼らは通されていたのだ。
な、なんということだ……ま、まさかよりによって俺達の後ろのテーブルとは!
「やあ、先程はすみません」
片手を挙げて俺に会釈するフォークスに俺は引きつった笑いを返すしか出来なかった。俺が椅子に座ると丁度後ろの席のソフィーと背中合わせになる形になった。テーブルを挟んで俺に向かって座るリリィからはソフィーの姿はほぼ見えず、恐らくフォークスの姿は良く見えることだろう。そんな席の配置になっていた。
「─────なにかあったの人間?」
俺の気不味い様子を見てリリィは疑問をぶつけてくる。
「ま、まあな、さっきその人とちょっとぶつかっちゃってこけただけよ」
これ以上は関わりたくないと思いながら、何でもないと装いリリィに返答をした。関わりたくはない理由には色々理由はあるが、その一つにリリィにだけはこの怪我の原因がこの後ろのテーブル席に座る二人組だとは知られてはならないというのがある。
リリィはこの怪我の原因を知りたがっていた。傷害であることはもうバレているから、その加害者をきっとリリィは頭の何処かで模索している状態だろう。それがまさか目の前にいるとは思いもしないだろうが、それを知ったら、きっと彼女は怒るだろう。報復しなきゃダメだというスタンスであることはもう公言していたから、もしかしたらフォークスやソフィーに対して魔法を使うかもしれない。そうしたら彼らだって黙って受けはしないだろう。リリィもただではすむまい。
そんな惨事は避けなくては!
「リ、リリィ……そろそろ出るか。お腹も一杯になっただろう」
俺は彼女の皿に未だ残るチキンを見ながらそう持ち掛ける。いや、勿論まだ食事は始まったばかりだとは分かっていたさ、当然リリィはキョトンとした顔を一瞬見せる。当たり前だ。
「人間……まだ自分の料理も来てないじゃん」
そうなのだ。こんな時に限って俺は石窯で調理するような料理を頼んでいたのだ。だからリリィの方が先に食事は始めていたのだが……
「パ、パン食ってたら腹一杯になっちまったよ……」
そんなことはない。俺の胃は今から来るであろう窯焼きのミートパイを心待ちにして胃液をダラダラと垂れ流しているといっても過言ではないほど、空腹であった。しかし、リリィへ怪我の原因がバレることと引き換えには出来ない!
「えぇ? ほんと〜?」
「ホントだって……水も沢山飲んで胃がタプタプだよ」
そう言った瞬間、俺の胃がグゥと声をあげた。クソ、パンは食わせたろうに腹が減ったと主張するでない!
「ほら、お腹空いてるんじゃない。なんでそんな嘘を突然言うの?」
「い、いや、その……」
「────もしかして人間……」
リリィの目がギラリと光った。
え、うそ、なんかバレたのか!?
焦る俺にリリィが言葉を紡いだ。
「……怪我が痛むの?」
「……へ?」
「そんな嘘言うなんて変だもん。何か早く落ち着きたい理由でもあるんでしょ?」
おお? 理由は違うがリリィは俺の早く店を出たいという意思を感じ取ったのか、そう心配そうに問う。
怪我か……そうだな!そうしよう! 怪我が痛むから早く帰りたいって事にしよう!
「そそ、そうなんだよ! ごめんな! ちょっと怪我が痛んでさ……いつつつ、なんだろ、やっぱしまだキツイみたいだぁ」
「大変! じゃあ早く私に見せて!」
「え」
「折れた骨の治癒はまだ出来ないけど、痛みを抑える事は出来るから、今すぐやるわ」
「こ、この場で?」
「当然じゃない! 痛むんでしょ? 無理しちゃダメだよ」
いや、そんなことよりも俺は早くこの場を去りたいのだ! どうしても!
「違う!」
「え……」
「痛いけど、早く俺帰りたい! 今すぐ!」
「い、いや、だからこそ痛みを抑えないと、馬を使っても村に戻るには数時間かかるんだから……その間もずっと痛くなるよ?」
「いい! それでいい! もうこの店出たい!」
「わ、分かった……じゃ、じゃあ早く出よっか…」
少々過剰な演技だったかもしれないが、俺の要望をリリィは受け入れてくれた。ようし! これで危機を回避出来るぞ! あとは会計を済ませるだけだ!
俺は身重のフリをしながら席を立ち上がり、会計を済ませる為のカウンターに行こうとした。
だが
「────いや、それにしても攻略屋という輩は本当に矮小な存在だったな」
そんな侮蔑するような台詞が俺達の後ろの席から響いてきた。そこまで大きな声でも、通る声質でもなかった。しかし、その話し言葉はまるで何者にも阻害されることのない激流の様に、俺の耳へとしっかり届いていた。
発信者は分かりきっていた。何でも屋フォークス、その人である。しかし何の運の悪さか、何故このタイミングでそんな話をしだしたのか。きっとソフィーとの世間話の一環でしかないのだろう。それは分かっている。しかし何故このタイミングなんだ!
だが、早とちりしてはいけない。俺には届いていたとしても、リリィの耳には入っていないかもしれないのだ。逆に俺がここで話に反応し足を止めたら、それこそその話がリリィにバレる要因にもなりかねない。ここはその一点にかけて、何も反応してないと装い、立ち去る事に賭けよう!
俺はフォークス達の世間話に歩を止める事なく、カウンターへと向かおうとする。しかし現実とは何とも悲しい事に、悪い方へと傾いていた。
俺の後に続く気配がなかったのだ。俺は嫌な予感を抱えながらも、自分達が先程使っていたテーブル席の方へと振り返った。
そこにはリリィが立ち尽くし、その視線をフォークス達に向けている光景が広がっていた。俺の恐れていた想像が現実となっていたのだ。
リリィのコバルトブルーの瞳が見開かれ、射抜かんばかりにフォークス達を見詰めていた。




