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ムキムキ筋肉と危ういリリィ

 

 「「はぁ〜……」」



 色々とあったが、結局俺とリリィは狭い浴槽の中で一緒に湧き上がる温和な溜め息を吐いた。



 多分恐らくだが、この狭い浴槽の中でも隣にいるリリィと俺の間は空いている。多分というのは、未だに俺の視界が蔦によって塞がれている為、目の前がどうなっているのか分からないのだ。けれどリリィの気配から察するに俺と彼女の距離は拳二つ分空いていると思われる。


 両者の間にそれだけの幅を有するには、この長方形型の浴槽で敢えて膝を曲げて、まるで縮こまった体育座りの様な体勢になり、横並びに入るしかない。俺一応怪我人なんだけどなぁ…


 怪我をしている左腕は浴槽の壁と空間に余裕があるからまだいいけどさ。なんかね。やるせねぇ。



 「なあリリィ」

 「なぁに」



 もう怒りは治ったか、気の抜けたリリィの声が返ってくる。



 「もう蔦、解いてくれていいんじゃねぇかな?」

 「ダメに決まってるじゃない!何を言っているの?」

 「だってよ〜目の前が見えないのは厳しいって。まあ氷で冷たいのは慣れれば気持ちいいけどさ……」


 因みに蔦の周りの氷もまだそのままだよ。



 「なーんにも厳しくないじゃない。お湯から出る時は手を貸してあげるし、身体を洗うのも手伝ってあげるもん」

 「けどよぉ……何も見えないのはなんていうか、不安というか……心寂しい」

 「大人の癖に情けないね」

 「うるせぇ。とにかく不公平だ! 本来お前の方から一緒に入ろうって持ち掛けてきたんだぞ? それなのに何で俺が目隠しなんだよ、お前が目隠ししてろよ」

 「なんで二人で目隠しするのよ。それこそ事故の元じゃない」

 「そうなったら俺が目隠しを取るからさ」

 「なにそれ! 一方的に人間が私の裸を見ることになるじゃない! 変態!やっぱり目隠し取るなんて論外だわ!」

 「はぁ〜? その台詞そっくりそのままお返しするわ。この状況、リリィは俺の裸を一方的に見えるってことだろ? 俺は何も見えないのに。 本当の変態はお前なんじゃないの〜?」



 横から顔面に思いっきりお湯をかけられた。



 「バッカじゃないの!? 私見ないもん! そんな気持ち悪い物!」

 「気持ち悪いって……酷い言い草だよホント。 ……ん? と言うかお前今『物』って言った? 俺、身体としか言っていないのに、お前今『何かを指した』様な発言したな」

 「なっ……そ、そんなことないもん! 考えすぎ!」

 「ほーん……にしては動揺し過ぎな気が俺はするけどね〜」

 「最低最低!! 人間最低よ!」

 「ハッハッハッハ! どうとでも言うがいいさ!お前がムッツリだと言うことはもうバレてるからよぉ!!」



 からかっただけなのに、溺れるぐらいお湯の中に俺は頭を押し付けられました。力でもリリィに敵わないとは情けなや。





 「─────ねぇ人間って意外と逞しい体してるよね」



 ひと騒動の後、リリィが俺の身体を洗ってくれる事になり、背中を石鹸の泡が滲む布でゴシゴシと洗ってくれたのだが、そんな時に彼女がそう言ったのだ。



 「まあ鍛えてるからな」

 「でもステータスは低いけどね」



 それを言うな。リリィの厳しい言葉に心苦しくなる。しかしリリィの言うことは、まあ正しく、この世界では筋肉量=力がある、素早く動ける、というわけではない。勿論強い人間は必然的に経験値が積み重なり、肉体的にも反映されるが、俺は日々身体を鍛えたり、ダンジョンに潜り込んでもその低いステータスの向上は微々たるものである。肉体は筋肉質になってるのにね。可笑しいね。


 では何故俺はこんな現実であっても日々身体を鍛えるのか。それはハッキリ言えば足掻きである。鍛えても00.01しか上がらない自分の身体。それでもこんな身体で生まれてきたと不幸に嘆きたくはなく、自分は何をしても無駄な努力と認めたくはなく、それ故に行動するのみとの思いからの行動である。


 諦めて現実に打ちのめされるには、まだまだ色んな闇が足らないって事ですわ。



 「いいんだよ。そんな事は俺が一番よく知ってるさ」

 「でもステータスが上がらないとまた怪我をする事があるかも。普通にステータスが高いなら怪我をしなくて済むことも、貴方にとっては重傷になるかもしれないわ」



 それは……あるかもな。



 「でも……それを言っても意味がないしなぁ。まあ、怪我をしない様に努めるって思っておくよ」

 「…………私は」



 背中を擦るリリィの手が止まった。



 「……私は心配だよ…」

 「……リリィ」

 「またこんな事があって、今度は助からなかったら? 家まで帰って来れなかったら? そんなの嫌だな……」

 「大丈夫だよ。もうこんな事はない。安心しろって」



 声から分かる彼女の不安に、声を重ねる。まるで何も不安はないと、言い聞かせる様に。



 「……ねぇ人間」

 「なんだ?」

 「人間をこんなにした人を教えて」

 「……は?」



 俺は耳を疑った。



 「な、何を言ってるリリィ……それを聞いてどうするんだよ」

 「決まってる。私がその人の所にいって、報復してやるわ。人間をこんなにした罰よ」



 その言葉に俺の心が重くなる。それは一番聞きたくなかった台詞だったから。


 俺が怪我をして帰ってくる事でリリィは必ずそう言うだろうと想像はしていた。だからこそ、この怪我をした時も自分で処置しようとしたのだが、失敗した結果が今のこのリリィの心境だった。



 「リリィ」

 「うん」

 「……それは何があっても教えない」

 「どうして!? 人間はこんな風にした奴が憎くないの!?」

 「これはもう終わった事だからな。それにこの怪我は俺と加害者の間で同意があって行われた事の結果だ。報復や仕返しなんてそれこそお門違い」



 まあ、本当は半ば強制的だったけどな。でもリリィに復讐なんてさせたくはないからこう言うのが正しいだろう。



 「でも私は納得いかない……それにしてはやりすぎだもん! 帰ってきた時の人間、凄い怪我だったんだよ!? 沢山の血も出てたし」



 多分それはフェイクの血溜袋の血だと思うけど、確かにアレが破裂すれば尋常ではない血が吹き出す。それこそ死ぬぐらいの量は。



 「あれは俺の血じゃない」

 「嘘だよ! 胸から腹部にスッパリ切り傷があったもん」

 「それでもあれは俺の血じゃないんだって。攻撃した人間を騙す為に腹にしまい込んだ血溜袋の血だ。決して重傷じゃなかった」

 「でも切られたのは切られたんじゃない! それに腕も折られてっ……」

 「リリィ、だとしてもお前は何もするな」

 「人間……」

 「俺はお前にそんなやられたからやり返すなんて女の子にはなって欲しくない。勿論防衛する為に、そうしなけりゃならない状況だってあるかもしれないが、これは俺の問題だ。だからそんな恐ろしい事は言わないでくれ」

 「…………」

 「俺は相手が憎むべき奴だったとしても、お前に代わりに復讐なんてして欲しくないし、絶対にさせない。……いいな?」

 「……………でも……でも……」

 「リリィ」



 俺は言い聞かせる様に語気を強めて彼女の名前を呼んだ。それにより、彼女が息を呑む様な音がした。



 「っ……わ、わかった……何もしない……」

 「約束だよ?」

 「や、約束……」

 「よし。いい子だ」

 「で、でも……何かムカつく事があったら言ってね! 私、力になるから!」

 「はいよ」



 そんな事は絶対にないだろうな。俺は誰かに虐げられようとリリィには頼らないつもりだ。こんな小さな子にそんな感情は抱いて欲しくないからな。



 この再び背中を擦り始めた両腕が、他者を傷付ける様にはなって欲しくない。それを俺は切実に願った。しかし同時にリリィの俺に対する思いが『他の誰かを傷付ける』凶器になりえる事も分かり、彼女がいつまでもそんな事象に立ち会わぬ事も一緒に願うのだった。



 リリィ……恐らくお前の力は他人に向けるには余りにも強大すぎる。入浴中の俺の頭にはそんな考えがずっと残っていた。

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