お風呂に入ろう!
小雨の屋根を打つ音で目が覚めた。窓の外を見ると久方振りの雨が降っていた。
時計を確認すると、もう正午に差しかかろうという時間だった。今日の夜には昨日のダンジョンとは別件の依頼で手に入れたアーティファクトを依頼主に渡す用があるのだ。
少し寝過ぎたかもしれない。早く準備をして出発しなくては。
……と、その前に。
俺は今一度自分の状態を確認する。ソファーの上に座る俺の姿は昨日のままだ。ローブは脱いでアイテムを入れるポーチなどは全て取っ払っているが、服などはダンジョンの砂や埃を被ったまま。どうもこんな格好で寝たせいか、睡眠は十分取れたが、少し気持ちが悪かった。
「……とりあえず風呂でも入るか」
当初の予定じゃグランマに大分余裕を持って到着しようと思っていたが、まあ予定変更だ。こんな気分じゃ仕事にも身が入らないってもんよ。どうせ時間はあるからな。
思い立てば即行動。リリィならば風呂場で火炎魔法などを使って直ぐにお湯を沸かし、湯槽を満タンに出来るのだろうが俺にはそれは出来ない。キッチンで火を焚き、ヤカンや鍋を置いて一つ一つ水を沸かしていくしかない。風呂場とキッチンの往復作業だ。自分の都合で風呂に入るのだからリリィを起こす気にもなれなかった。
しかしその作業をこなすにも、静かに出来るわけもなく、忙しなく風呂場とキッチンを行ったり来たりする俺の足音などで目を覚ましたか、気が付けばリビングにリリィの姿があった。
「よお、おはようさん」
「人間何してんの?」
ブランケットを抱えながら欠伸を漏らす小さなハーフエルフに俺は行動を止める事なく答える。
「見りゃ分かるだろ。風呂に入んだよ」
「そう……大変ね」
「まあな。お前と違ってフツー人間の俺はこうやってお湯を汲むしかないのよ。しかも片手しか使えないしな」
リリィはまだ眠いのかそのまま床に寝転ぶ。頬を床につけてうつ伏せの状態になる彼女を見て俺は言う。
「おい、だらしないぞ。寝るならベッドに行けよ、風邪引くぞ」
そんなリリィの行動は初めて見るが、だらしがないのは確かだ。それにそこで寝てはブランケットまで汚くなるだろが。
「ねぇ人間」
「なんだ?」
なんか反発でもするつもりか?
「私もお風呂入る」
ふーん、ああそうかい。まあ確かにリリィも昨日の格好のままだしな。砂や埃で汚くなっているだろうし、その選択は悪くない。でも先に入るのは俺だぞ!? こうやって汲んでんだからよぉ〜。
「じゃあ俺の後に入れ〜。一番風呂はいただきだぜ。譲る気も無いからなぁ!」
「ううん、人間、そうじゃなくてさ」
「へ?」
「……人間、今片腕使えないでしょ? お風呂に入れても体とか洗うには大変じゃない?右手だけじゃ届く所にも限界があるでしょ」
ああ、それは確かにそうだな。特に背中なんかはしっかりとは洗えないだろうさ。でもまあ、それもしょうがないよ。怪我してるんだし……
「……うーん、そうだなぁ。けど我慢するしかないからな」
「だからさ……私思うんだけど」
「ああ」
「………その……」
「なんだよ、はっきり言えよ〜」
「……い…一緒にお風呂入らない?」
なに?
「わ、わ、私が体洗ってあげるから! それに一緒に入れば順番とか関係ないから待つ時間もないし!お湯も冷めないし! い、いいい、良いこと尽くしだよ!?」
俺はピタリと作業を止めてリリィへと振り返った。寝転がりながら頭までブランケットを被っていた為、その顔は見れなかったが、声の抑揚から揶揄いとか冗談で言っているわけでもなさそうだった。
けれど確かにそうだな。怪我をしている俺からすれば体を洗ってもらえるのは正直有難い。それに一緒に入ればどちらが優先されるべきなどという諍いも起きない(まあ、普段から起きてはいないけど)。悪くない持ち掛けだ。
でもしかし一緒に入ると言う事は、当然お互いにスッポンポンになるわけでして……俺は良いけれど、コイツは前に俺の裸を見てスゲー取り乱していた事を俺はまだ覚えていた。……どういった心境の変化だ。
「……じゃあお願いしようかな」
でも別に何かされるわけでもないだろうし、ここはお言葉に甘えて手を借りるとするか。
「へぇッ!?」
俺の言葉にリリィは変な声を出してブランケットから顔を出した。暑かったのか、白い肌の顔がほんのり赤い。
「ほ、本気!? ホントに一緒に入るの!?」
「いやいや、お前から言ったんだろが!」
俺に問うリリィ。なんだコイツ!
「だ、だって本気でオッケーが出ると思わなかったんだもん」
「なんじゃそら」
「人間なら「きもちわりぃなぁ」……とか言って断ってくると思ったんだもん!」
「もーいいよ。俺一人で入るわ」
「あ、あ、ちょっと! ヤダ、私も入るって!」
結局一緒に入ることになった。なんだコイツ。
脱衣所で服を脱ぐ俺。リリィは脱ぐのも手伝ってくれた。けど……
「あれ、お前脱がないの?」
「……人間がいなくなってから脱ぐ」
結局見せ合うことになるのにリリィは俺から視線を逸らしてそう答えた。
「見られたくないなら一緒に入らなきゃいいのに」
「入るもん!いいから人間は先に入っててよ!」
怒られちゃったぜ。
まあ、ゆっくり湯船に浸かりながら待つとしましょうか。
浴室に入ると体の埃や汚れを流し、俺は湯船に入る。今日は少し贅沢にお湯は多めにした。
「ふぃ〜〜……」
肺から気道を抜け浴室の空に放たれる俺の二酸化炭素。まるで疲れが逃げていくようだ。控えめに言って最高。
そんな感じでお湯を温かさを楽しむ俺。脱衣所の方からは布の擦れる音や、足が地に着く音が聞こえて来た。リリィが服を脱いでいるのが分かった。
……しかし、思えばあいつとの出会いからもう4ヶ月くらいは経ったが、最初の出会いから信じられないほど仲は良くなったと思う。これは俺の一方的な感情だが、俺はアイツを今では守ってやりたいと思ってるし、勿論『魔法』の才能の面でもいつかは支援してやりたいと思ってる。まるで父親か何かになったつもりかと他者に馬鹿にされそうだが、俺には今ではそんな気持ちがある。
一緒に暮らしていて情が移ったと言えば否定はしない。アイツといると確かに楽しい。イラッとくることはあっても一時的なもので、心底嫌悪することもない。そして今では一緒に風呂に入るようにもなっている。本当の家族のように。
「……俺も成長したのかな…」
あんな男勝りの口調であったリリィも、最近はめっきりお淑やかな口調になったし、俺もアイツに悪態をつくばっかりだったのが、いつしかリリィの為、リリィの為……と考えている時もある。一緒に暮らすぶんにはそれが理想形なのかもしれないが、自分の変化に少しだけ驚いている自分もいた。
そして肝心のリリィ側の想いだが、彼女がどう思っているかは知らないが、怪我をした俺の体を洗ってくれると言うのだから、嫌ってはいないんじゃないかな……と少しだけ甘い期待した。結局俺自身があの子に嫌われたくないなと思っているのだ。ダサいな……ひとりのガキだってのに。
俺はそんな自分の考えを洗い流すように、両手で掬ったお湯で顔を乱暴に洗い、彼女を待った。
そうして浴室の扉は開かれる。
銀色の長髪に、一糸纏わぬ白色肌の体、コバルトブルーの瞳と俺の目が交差した。




