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蟹型モンスター

 

 こちらを睨む瞳。それに呆気を取られていると、その浮かび上がる『大地』は腕らしき物を二つ振り上げた。高く掲げられたその腕には巨大な黒いハサミが双方ともに生えている。



 「お、お、おっきな蟹!! 人間、あれ蟹だよ!カニカニ!」

 「つってもモンスターだけどな!」



 ハサミが見えたと思いきや、今度は幾多もの脚が地面へと乗り上げてきた。確かにその鎌のような脚も蟹のもので間違いはなかった。ヤツが行動する度に地面が微かに揺れ、どれほどの重量があるかを思わせた。……ってそうじゃない。



 アーティファクトはどこいった? そう思って少しばかりの嫌な予感を抱えて、先程爆破した岩山、もとい巨大な蟹の背を凝視してみると、やはりまだアーティファクトは岩山の中に紛れていた。もう祭壇状の岩の中に閉じ込められてはいないが、デコボコとした岩山に上手く引っかかっている状態であった。



 よかった……分かりやすいとこにあるじゃんか。安堵はしたが、余裕はなかった。先程説明したように、俺の安寧スキルは基本的にこちらから仕掛けなければ向こうからは攻撃されないと言うスキルであるため、当然爆破したのは俺の爆弾であるので……恐らく蟹は俺へと敵意を向けるであろう。



 いや、待てよ? ……爆破をしたにはしたが所詮相手はモンスター、直接攻撃する剣や槍でなければ誰がこの爆発を起こしたかは分からないんでは!?



 「ギィィイイ!!」



 あ、やっぱ無理ですか。


 蟹は俺達に向け明らかな威嚇を示した。俺の幻想はまんまと打ち砕かれてしまったぜ!!



 「逃げるぞリリィ!」

 「…………」



 くそ、目的はすぐ目の前だってのに……そう簡単にはいかねぇってこった! 逃走を指示した俺であった一向に俺の後を追う気配がなく、俺はすぐに振り返った。



 「リリィなにやってる!? 逃げろ!」



 リリィは蟹に向いたままピクリともしなかった。モンスターは未だ遠方にいるが、すでにこちらに狙いを済まし、走り出したらあっという間に俺達との距離を詰めてしまうであろう。今逃げ出さなければ俺達の死は確定的だ。



 ま、まさか……恐怖で足が動かなくなっちまったか!? その可能性は大きかった。たしかにリリィは俺よりも強いしステータスも高い。しかし中身はまだ11歳の女の子だ。巨大なモンスターと対峙し圧倒されても当然の話だ。



 だったら抱えてやらなきゃ────



 俺は逡巡する暇もなく彼女の元へと戻ろうと駆け出す。しかし戻る俺をゆっくりと振り返り、リリィの視線が俺を射抜いた。その目には恐怖は浮かんでいなかった。



 なんだろうと疑問に思うが、今は危機が迫っている。気にすることなく俺は彼女の元へ。そうして辿り着くと、俺は首から提げていた左腕を楽にする為の包帯を解き、自由になった腕で彼女の背中から脇へと回し、お姫様抱っこの要領で抱えてやろうとした。折れている腕であるが、多少の無理はダンジョンに入った時点で承知の上である。ギプスはしているから大丈夫さ、多分な。



 だが─────



 「ねぇ、人間」



 彼女の矢鱈と、場違いな程に、落ち着いた声にピタリと俺は止まる。そうしてリリィが俺の回した腕を掴んでいる事に気がつく。何かを訴えかけるようだった。



 「───なんだ」



 早く逃げなければならない。そんな事は分かっていたが、リリィのその出す『空気』に俺は一種の確信にも似た安心をしていた。モンスターが迫っているというのに……俺の心は酷く落ち着いていた。



 「あのモンスターはさっきの猫みたいな子の様に、もう仲良くなれないのかしら?」



 リリィが言うのはダンジョンに最初潜り込んだ時に出会ったあのモンスターの事であろう。そんな事がこの危機的状況下で何の関係があるのだと普通は反論するが、俺はリリィの目を見てこれは今答えなければならないと直ぐに察した。



 「─────ああ、なれない。 どれだけ謝ろうと彼らモンスターには謝罪は通じないさ」

 「だったらどうやってアーティファクトを回収するの?」

 「……この状況下であれば、どうにかして倒すしかない」



 倒す以外の方法も勿論ある。ヤツが寝静まっている間に背中によじ登ってアーティファクトを回収する方法だが、ヤツの生態が分かっていないこの状況ではそれは賢いやり方ではない。ヤツがもしも俺達の進行不可能な場所に行ってしまえばそれこそ攻略不可、依頼も失敗となる。であればここで倒すのが一番良い。



 俺の答えにリリィの大きな瞳が瞼が下がり、少し細まる。眉間が顰み、憂いた様な顔であった。



 「────そっか、悲しいけど……それじゃしょうがないね」



 彼女がそう返事した時だった。モンスターの歩が本格的に速まる。俺達に突っ込んでくるつもりだ。



 「リリィ、もう行くぞ。そろそろヤバイ」



 そう言って再度俺が抱えようとするが────



 リリィの顔が俺へと急に接近し、俺はつい止まる。俺の横顔のすぐそばまでリリィは近付けていた。目と鼻のすぐ先が俺の左頬であった。



 「─────見てて」



 そうして囁くリリィ。その声はまるで子供とは思えない。まるでひとりの乙女の様に優しくも、力強く、それでいてどこか妖艶であった。こんな状況だと言うのに俺の心臓はそんな彼女の年齢や見た目から乖離したような声に跳ね上がる。



 もうモンスターは目の前であると言うのに俺は少しも怖くなかった。



 「─────炎よ」



 瞬間、俺達の真上を何か巨大な物が通過していった。それは高温であり、明るくもあり、俺は衝動的に目線をそれに向けた。



 「ィィギャィイイッッッ!!!」



 しかし向けた時にはもう既にそれはモンスターに衝突し、灼熱の業火が襲う。



 赤やオレンジ色の炎に包まれ、もがく蟹の様なモンスター。それは尋常ではなかった。



 今のはまさか……リリィの魔法だってか!?



 俺はモンスターに直撃する瞬間ではあるが、その魔法の全容を観た。まるで小さき太陽の様な火球。大型トラクターの如く巨大な蟹型のモンスターに負けず対抗するためだけに生み出された炎の塊。それは大玉ころがしに使われる大玉程のサイズであり、結果としてモンスターを苦しめるまでの効果を生み出していた。



 あのサイズは普通に中級魔法クラス────普通、冒険者や学院で学んだ魔法使いにしか出来ないレベルの筈だぞ!?



 俺が驚異に飲まれている中、リリィが再び囁いた。



 「私がやるわ……見ててね人間……」



 俺の腕から離れ、リリィは背を向け俺の前へと立つ。



 こいつ一体……



 言い表しようのない不安の中、俺はリリィを見つめる事しか出来なかった。




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