ダンジョン最奥
「そういえば今回のお仕事はどんな事なの?」
ネコ科モンスターと別れた後、しばらく進んでいるとリリィが何気なく聞いてくる。そういえば話していなかったな。
「ダンジョンのアーティファクトを入手することだけだ」
「それって大変?」
「いや比較的楽な方だ。アーティファクトってのはダンジョンを形成するコアみたいなもんなんだが、これを入手するだけならすぐに終わるさ」
「じゃあ逆に楽じゃない依頼もあるってことね」
「たまにあるダンジョン内の宝箱回収込みの攻略は面倒くさい。ダンジョンを隅から隅まで探索しなきゃならないし、荷台も持ってこなきゃならないから疲れるしな。あとは後程自分達で探索したいからアーティファクトまでの安全な道を地図にしてくれっていう依頼もある。これが一番依頼としては多いかも」
「ふーん、多種多様なのね」
「まあ、俺が基本的に要望を断らない主義だからな」
「わあ、かっこいいじゃん」
「どうも」
リリィの世辞もそこそこに、俺達は進んでいく。とりあえずと道筋も分からないので最初は真っ直ぐ道なりに進む事を決めていた俺達は、いくつもの横道を無視して進む。
途中何体ものモンスターとすれ違うが、どのモンスターも俺達をチラリと見つめたり興味を寄せる仕草はするが、明らかな害意はなかった為に、戦闘を行う事もない。モンスターとの戦闘は基本的に俺から攻撃を仕掛けなければ有り得ない。引っ張ったり、叩くくらいじゃ俺の低ステータスじゃ攻撃にもカウントされないしな。安寧スキルの恩恵に肖りながらも俺達は進んだ。
途中少しだけ休憩を挟み、この場所の苔の採取などを行い、再び探索を開始すると、一段とドーム状の広間へと出る。ここだけは先程までの通路とは違いコバルトブルーの光の壁や天井に、赤や青色の円形に形取られた蛍光色が所々に混じっていた。
なぜそんな現象が起きているのかと俺は原因を探るために周りをぐるりと観ると、この空間の中心部に地面が隆起し、祭壇のようになっている岩があった。その頂点に複数の穴を持つ球体が嵌っていたのだ。壁や天井を照らす赤や青の光はこの穴から漏れ、照らされた光だったのだ。
まるでミラーボールのような、それに俺達は近付いた。
「人間これは?」
「ついてるな、アーティファクトだ」
俺がそう告げるとリリィは驚いた顔を晒す。
「こ、これが!? ……へ、へ〜案外簡単に見つかったね」
「俺も驚いてる。こんなに楽に最奥まで辿り着けたのは久し振りだ」
普通言葉通りの意味で、真っ直ぐ進んでダンジョン最奥まで行ける事は少ない。このダンジョンが奇跡的に簡単なルートだったという可能性もあるが……
なんだか可笑しい。ここまで来るまでにモンスターの姿はあったが、『罠』が一つもなかったのだ。普通ダンジョン内を攻略する時は最短ルートで行ったとしても罠の一つや二つはあるはずだ。俺の安寧スキルの効果でそれが無効化されたとしても、その仕掛けぐらいは発見出来るはずなのだが、それは一つも見つからなかった。
なんだか変な感じだ……
俺の訝しみを余所に、リリィが祭壇状の岩山を登っていた。
「リリィ!」
「人間も早くおいでよ!これ取ったらお仕事終わりでしょ? 早く取っちゃおう」
いや、リリィさん。俺片手使えないんだって。無茶言いますね。
リリィはミラーボール状のアーティファクトまで辿り着き、それに手を掛けていた。
「勝手に触るな!」
「ごめん、もう触っちゃった」
「お、おいおい……」
リリィに警告を促すが、時すでに遅しと言うやつで、彼女はアーティファクトに触れていた。何かあったどうすると言いたくなったが、特に表面に毒が塗ってあるわけでもないようで、安心した。ま、過去の経験からアーティファクト自体に罠や毒があったわけではないけれど。
「駄目だぁ……人間、取れないよ〜」
情けない声を上げる彼女に、俺ももう一度アーティファクトの様子を見てみる。確かにアーティファクトは祭壇状の岩山の頂点部にあるが、半ば頂点部の横から生えているような状態だ。アーティファクトの下と上から岩に挟まれている状態。引っこ抜くのは難しいと思えた。
じゃあぶっ飛ばすしかないな。アーティファクトは頑丈だ。冒険者の誰もが壊れると聞いた事がないと言うほどには。回収後モンスターに潰されようが剣で叩こうが、どんな形のアーティファクトも等しく頑丈である。
「リリィ、これを巻き付けろ」
俺はリリィに向かって『筒状』のアイテムを投げた。彼女はそれをキャッチして掲げながら問うてきた。
「これは?」
「爆弾の一種さ。俺の大いなる叡智の一つ」
俺はワザとらしいキメ顔でそう答えるとくくる用の紐を投げる。
呆れたような顔で見るリリィだが、俺の言葉に従い、爆弾を岩山へと巻き付けた。スムーズな動きだ。優秀だな。
「そしたらこの紐を導火線に繋げてくれ。導火線を延長するから」
またも投げた紐をリリィはキャッチ。爆弾から飛び出していた導火線に難なく結んだ。
「出来たよ!」
そう言って岩山から飛び降りたリリィが、達成感を示すような表情を見せる。礼をひとつ言って俺達は岩山から距離を取った。
爆発で散るであろう岩の破片から身を守れそうな岩陰に隠れると、俺は延長した導火線の先を取り出す。これドカンと言うわけよ!
そう思い俺は懐から火打ち石を取り出すが、ここで気がつく。……俺片手使えないから火ぃつけれないじゃん。がっくしと項垂れた俺。ニマニマとするリリィ。言いたい事は分かっていた。
「やっぱり連れてきて良かったでしょ?」
「…………」
くそ、得意げになりおって。黙って俺が火打ち石を二つ渡そうとするが……
「───炎よ」
リリィがそう言うと自身の右指先に炎が灯った。ずりぃな魔法!
ドヤ顔で導火線に点火するリリィに少しの腹立たしさを感じながらも、感謝し、俺は導火線に火が移ると、すぐに身を縮こませ耳を塞ぐ。何をしているのか不思議な顔をするリリィに、同じようにしろと言って二人で並んで岩陰で身を縮こませた。
ドグォォォンッッッ!!!
爆弾は不発することなく無事に爆発した。ドーム状の広間に大きな音が反響し、岩の欠片が散る。チラリと見たリリィの顔が爆発に驚いて大変な事になっていて少し可笑しかしく笑った。
「……よし、もういいかな」
俺が岩陰から顔を出すと、土煙の先に崩れた岩山が確認出来た。予想に反する事なく岩山を破壊出来、後はアーティファクトを回収するのみだ。なんて簡単なダンジョンだったのだろうと嬉しく思ったその時であった!
辺りを地響きが襲ったのだ!爆弾の爆発によるものではない!
はっきり一定の間隔で動く『何か』の振動に俺は嫌な予感しかしなかった。
「人間!! 何か下にいるかも!」
リリィも察していたか、そう声をあげる。クソ……やっぱしそう簡単にはいかねーか。
そう思った矢先であった。崩れた岩山の周辺の地面が突如として陥没し始めていた。
───いや、陥没したのも一瞬で、次第にその部分はゆっくりと隆起していた。幅にして10メートルはあるだろう。その幅広い面積の隆起した地面の下からは巨大な双眼が光りが俺達を真っ直ぐに見つめていた。




