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リリィとダンジョン

 

 ダンジョン内は最初こそ暗くカンテラの灯りを頼りにしなければまともに進めない程の、足場の悪さや岩肌の鋭利さに苦戦させられたが、五分程歩むと、先の方角が青緑に薄く灯っているのに気が付いた。



 訝しげにその方へと進むと辺りは次第にその色と明るさに包まれる。



 「リリィ、灯りは要らないかもな」



 俺の言葉をかける前に既にカンテラの火を消していたリリィは、辺りがターコイズブルーに染まっている状況に感動していた。しかも仮面を外して。



 苦笑しながらも俺も灯りを消す。俺だけが一先ず仮面を付けておけばなんとでも言い訳は出来るので、彼女に仮面を付けろとは言わなかった。どうせ他の冒険者に会う事もほぼないしな。灯りを消すと一層色や光が強く感じた。恐らく苔の一種の働きなのだろう。岩肌に短いサワサワとした感触がある。



 試しにナイフで少し削ってみるとその部分だけ色も光も欠けた事から、この考えで間違い無いようだ。



 「綺麗……」

 「ああ、確かに綺麗……って違う違う! ここはダンジョン!油断しちゃダメだって」



 やべぇやべぇ……ついつい俺も神秘的な光景に同意しちまったよ。



 苔が生えていることから湿気の多い地質をしているようで、時折天井からは水が滴ってくる。それが所々に水溜りを作っていた。それをわざとリリィは踏んで楽しそうだ。俺の注意を少しは聞いてくれているのか、一定以上の距離は開かないようにリリィは先へ進んでいた。



 しかしもう7つ目の水溜りに勢い良く飛び込んだ時だった。パチャリと水が飛び散った瞬間リリィは動く事を止めた。



 「リリィ?」



 何かの異変を感じた俺は彼女に呼びかける。するとリリィは駆け足気味に俺の元へと戻ってきた。その顔は無表情で、何かに怯えているのが分かる。



 「こ、この先から何か来るよ……」



 声を抑えて小声でリリィがそう訴えた。俺のローブを拠り所を求めるように握る。



 俺は彼女の言葉に先を睨むが未だ何も感じない。恐らくハーフエルフと人間では感覚に違いが生じているんだろう。きっとリリィが来ると言っているのだから来るのだ。



 「俺の背後に隠れてろ」

 「で、でも……」

 「いいから」



 少し語気を強めて指示を出す。彼女としては低ステータスの俺を守る為に何かしたほうがいいと思ったのだろうが、生憎とこういったダンジョンでは俺の『力』の方が重宝するのだ。俺の側にいれば余程のことがない限り安全な筈だ。



 俺の後ろに隠れるリリィ。すると先の方から確かにドスッ…ドスッ……と重量感を帯びた物音が聞こえて来た。一体何者だと用心する俺のローブをリリィが一層強く握るのを感じた。



 音は次第に近付き、未知との遭遇の瞬間に緊張感が走る。────その存在はもうすぐだ。



 俺が息を少し潜めた瞬間だった。薄暗闇を切り裂き、俺達の目の前にそのモンスターは飛び出して来た。



 真っ黒な体毛に包まれたネコ科の生物に良く似たモンスター、しかしその前足の爪はその身に不釣り合いなほどに分厚く巨大であった。



 「ギャオンッ!!」



 俺達に向かってひと鳴きする。その声はとても穏やかとは言い難かった。



 「ッ────人間!!」



 焦燥したリリィの声が俺に向けられる。確かにこいつは穏やかじゃ無いな!



 いや、穏やかには『見えないな』の間違いだ。



 「いや、リリィ大丈夫だ」



 俺は怯える彼女を先導するようにモンスターへと接近した。



 「何するの!? 危ないよ!」



 彼女の警告を無視して俺は臆する事なく、その真っ黒なネコ科モンスターに近付くと、躊躇いなくその喉へと手を伸ばした。



 「よーしよし」



 俺の手をモンスターは攻撃する事も、威嚇する事もなかった。それどころか喉を撫でてやるとゴロゴロと心地良さ気な音を立て始めたのだ。



 「に、人間? だ、大丈夫なの?」



 驚愕した顔を見せるリリィに俺はニンマリと笑ってやる。



 「へっへ〜ビビってやんの〜! ……こういうモンスターは過去の経験から、俺によく懐くって知ってたから、襲われるなんて少しも思わなかったもんね〜」

 「な、なにそれー!!」

 「リリィさん怖がっちゃって可愛んだから〜」



 俺の小馬鹿にした言い方にリリィが駆けて寄ってくる。けれど少し前で足を止めた。



 「う、うう……」



 やっぱり少し怖いみたいだ。まあ、馬鹿にするのはこの辺で止めて、ちゃんと彼女にも触れ合わせてやらなきゃな。



 「リリィ」

 「な、なに!? こ、怖くないもん!」

 「ごめん、ごめん、謝る。────コイツは何もしないよ。おいで」



 俺の手招きに恐る恐る歩を進めるリリィ。モンスターは既に腰を下ろし、俺の手の撫でる心地良さに身を任せていた。



 「噛まない?」

 「噛まないさ」

 「絶対?」

 「絶対」

 「……なんでそう言い切れるの?」

 「経験から。理由なんて無い。俺は昔からモンスターに好かれる体質なのさ。コイツは絶対俺達を襲わない。信じろ」



 本当は安寧スキルのおかげだが、それは伏せておこう。リリィは俺に何か特別な『安心してしまう』スキルを持っている事を察しているようだが、その正体をバラすのとバラさないのでは、スキル自体の影響力に差が出る事を危惧してのことだった。



 リリィは少し逡巡した後、意を決して屈んでモンスターと戯れる俺に倣って手を伸ばした。そうして恐れながらもその黒毛に触れた。触れてしまえば安心だ。リリィの顔は見る見る輝いていく。



 「す、すごーい…… モンスターがこんなに大人しいの初めて」

 「そりゃそうだろな。普通だったら対面するや否や人間もコイツらもすぐに臨戦態勢に入っちまうからな」

 「でも、さっき飛び出してきた時は凄い威嚇してたよ?」

 「多分コイツも俺達の事を視認やら嗅覚で確認出来なかったからじゃないかな。コイツもこのダンジョン化に飲み込まれて気が立ってたんだろうさ」

 「そっかぁ……この子は迷子なんだ」



 迷子とはまた違うと思うが……このモンスターのようにダンジョン内のモンスター達は殆どが環境のダンジョン化によって否応無しに飲み込まれてしまった元々の生息地に住んでいたモンスター達だ。



 環境のダンジョン化の理由やアーティファクトの存在理由が分かっていないこの世界では、モンスター達もまた被害者の一つと捉えられても可笑しくないのかもしれない。



 そんな中でモンスター達に警戒される事なく近付けるこの能力は、秘匿すべき力である事は明白であると、リリィが嬉しそうにモンスターと戯れる姿を見つつも俺は再認識した。



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