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命拾い? そんな大層な話ではないかもね

 

 鳥の声に誘われ、俺の意識が戻る。



 目の前に見知った天井。頭の下には覚えのある枕の感触。視線を下げてみれば羽毛布団。



 俺の家のベッドだ。いつのまにかベッドで寝ていたのだ。……俺が無意識の内に移動したのか?



 ……いや、そんなわけはないようだ。



 体を起こしてみると腹部に巻かれた白い包帯。左手にも硬く固定し巻かれた包帯に目がいく。丁寧な処置がされていた。



 ベッドの側に椅子を置いて座ったリリィが腰を折り、組んだ自分の腕に顔を乗せてベッドに伏せて眠っていた。まるで子供の風邪の看病で眠る姿を見守る内に、自分も疲れから眠ってしまった母親のようだ。



 彼女の白いワンピースの袖が両方とも捲られている事が、何をしたのか物語っていた。



 ……本当はこいつにバレないように自分で処置をするはずだったのだが……結局こいつの世話になっちまったのか。



 俺の太ももくらいの位置で伏せている彼女の頭を少し撫でてやる。静かに寝息を立てる彼女の顔が朝日に照らされていて美しく映える。閉じた二つの両瞼の長い睫毛、薄くも張りのある唇、少しだけ尖った人間よりも長いエルフ特有の耳、銀色の柔らかな髪、そのどれもが美しかった。



 「悪かったな……」



 俺はそう言い残して、彼女に気付かれないようにベッドを降りると寝室を出た。



 リリィには治癒の魔法が使えるが、包帯の巻き方がやけに丁寧であった。俺が巻き方を教えた覚えはない。



 「よう、起きたかい女泣かせ」



 だからリビングに出た俺を、ソファーに座った一人の男が俺を歓迎した時、ある種の確信を得ていた俺からすれば然程驚きはしない登場であると言えた。



 「ヤーブイーシャさん」



 俺がそう名前を呼ぶと彼はカップに入ったコーヒーを少し掲げ、返事代わりとした。



 彼は村医者のヤーブイーシャ。以前トラバサミにかかったリリィの怪我の診察をしてもらった事があった。(詳しくは三話の『エルフ幼女の右レッグ、一本一万円』を読んでね)



 「─────これはアンタがやってくれたのか」

 「左様、久方ぶりの治療だったが、中々の出来映えだったぜぇ?」



 やはり医者の処置であったか。リリィがやったにしては上手過ぎたからな。俺の予想が当たった。



 「だがよ、お前さんあのガキンチョに感謝しねぇとな」

 「リリィか」

 「おう。朝方、薄暗い東雲の空の頃に家の扉をダンダンと叩いてきおってな、一体なんだと眠り眼で扉を開けてみれば、両手やパジャマの前を血で真っ赤にしたその子が立っていた。『人間が死んじゃう』と、涙でくしゃくしゃにした顔で連呼するもんだから、俺も飛び出して来たってわけよ」

 「……………」

 「まあ、怪我の処置をしたのはワシだが、その後あの子はずっと治癒の魔法をお前にかけていたよ。その様子だと今はあの子がバタンキューか? どうやらそこまでの傷はあの子の治癒魔法じゃ治せないみたいだな」



 リリィ……



 今は眠りにつくハーフエルフの子供にどうやら俺は幾分も助けられたらしい。



 「腹部の裂傷に左腕二箇所の骨折。何があったかは聞かねぇがよ、大方察する事は出来たぜ」

 「……………ついてなかった」

 「らしいな。しかしワシとしてもあの位の子供があんな悲痛な顔で見つめてくるのも心苦しいというもの。あんまり無茶するんじゃないぞジョン。 以前見た時よりもあの子は大分お前に懐いとるようだからな、お前が危険になる事で悲しむ誰かがある事を忘れるんじゃない」

 「うん……」



 そんな事は分かっている。だからこそ精一杯もがいてこうして逃げ帰って来たのだ。



 でも……ヤーブイーシャの言葉は間違っていない。結果としてリリィを悲しませた俺に彼の言葉に意見する資格はない。



 「それじゃお前も起きた事だしワシも帰る」

 「すまなかったなヤーブイーシャさん」

 「なんの。これが仕事だからな……今後の怪我の処置や、なんやらはあの子に伝えてあるから」

 「分かった。 ……ありがとう」



 ヤーブイーシャさんはそう言うと欠伸を一つして、出て行く。そうすると寝室の方が突如としてドタバタと忙しなく音が立つ。きっと玄関扉の開閉の音でリリィが起きたのだろう。さてとなんて怒られることやら……



 「人間! いる!?」



 その言葉と共に思い切り寝室の扉が開かれる。白いワンピース姿のリリィが動揺を隠せない表情で射抜くように俺を見ていた。揺れる大きな瞳に俺は吸い込まれそうな感覚を抱きながら、片手を挙げて



 「よう」



 とだけ返した。




 息をあげながらも、呆気にとられたように俺を凝視するリリィに少し気まずさを感じる。何か言って欲しかった。



 そんな俺にトボトボと近付くリリィは、十分な距離にまで来ると、何も言わずに俺の腰に抱きつく様に手を回した。



 何故か分からないが無言の彼女の抱擁に、俺はおずおずせずにいられない。



 「リ、リリィ?」



 空気に耐えられず俺は問い掛ける。怒っているのか、喜んでいるのか、それさえ察せない彼女の行動に、俺は見つめることしか出来なかった。



 でも気が付いた。彼女の啜り泣く声に。



 俺の腹辺りに顔を押し付け、彼女はただ泣いていた。それだけで何もかも伝わって来た。不安や悲しみ、当然の怒り……その何もかもが。



 「……心配させたな……ごめん」



 俺も彼女の頭を出来る限り優しく包んでやった。右手のみでも、不器用でも精一杯に。



 「お前がヤーブイーシャさんを呼んでくれたんだよな? ありがとう。本当に助かった……」



 啜り泣きは止まらない。



 「おはよう……リリィ……今戻った」



 泣く声は強くなっていった。彼女の嗚咽混じりの大きな泣き声。子供らしい泣き方だった。俺はそれが愛しくてただ抱きしめていた。




 認めよう。今あるこの小さな温もり、それは俺にとって大切なものに違いはなかった。だって彼女をこうして抱き締めるだけで俺の胸の内は、ベッドで目覚めて一命を取り留めたと分かった時の何倍もの『安堵』に飲み込まれていたのだから。




 俺にとってこいつは大切な存在だ。主人と小間使い。そんなものは関係なしに。



 最後まで意地になって線引きしていた心に巣食う小さな一匹の天邪鬼。そいつはもう何処にもいなかった。否定する気持ちはもう何処にもなかった。



 俺はリリィ・キャラメリーゼを大切に思っている。


 

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