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ついてない

 

 「……待たせたなビンタ」



 愛馬の元へ辿り着く頃には俺の腕は青くなっていた。



 激闘の末、逃走に成功した俺は愛馬の顔を撫でた。折られた左腕の所々は青くなり、その悲惨さを物語る。



 俺の腹部が血で染まってはいる。本来であれば確実に致命傷であった。俺は腹部を弄ると、一つの破けた袋を取り出した。『血溜め袋』である。家畜の血と肉屋で買った内臓類を詰め込んだ、死んだふりのできるハッタリ用アイテムなのだ。これは仕事の際いつも装備しているものなのだが、まさか本当に役に立つ日が来るのは思わなかった。



 フォークスが切り裂いたと思った俺の体は、まさかの血溜め袋しか切れていなかったというわけだ。



 「へへ……とんだ阿保面晒してやがったな、フォークスの野郎」



 ボッコボコにされたのは事実だったが致命傷は免れた事に俺は敢えて粋がってみせる。でないと痛みで、のたうち回りそうだったからだ。たかが片手だろうと思うかもしれないが、とんでもない。非常に痛い。泣き出しそうなくらいには。



 早く帰ろう。



 「……ッグ! ……ッフゥ…」



 片手で悪戦苦闘しながらも鞍上に乗り込むと俺はビンタを歩ませる。



 それにしても今は何時だろうな……今日はいつもより早い21時ぐらいから仕事を始めていたが……もうすでに深夜の3時ぐらいは回っているくらいかな……それにしてもボロボロだな……残り少ない『単眼悪魔イービルアイの改造眼』も使ってしまったし……家にあるだけでも残りは二個しかない……痛い出費だ。



 「ビンタよぉ……今日はついていなかったよ俺……久しぶりに戦いってのを体験した。ハッ……しかもどうやら『安寧』スキルってのも万能じゃないらしいな……人間では悪意や殺意が無い限り普通に効果がないらしい……泣けるな。 あ〜……でも腕一本で済んでいるからもしかしたら、効いてるっちゃ効いてるのかもな。それに落とした発音の玉が側にあったから、最後はそれと閃光の玉で怯ませて逃げられたから……もしかしたら完全に効いてないこともないのかも……まあ答えは分かんねーけど……」



 ゆっくりと歩き帰路を進むビンタから返答は当然無い。しかし俺は痛みを誤魔化すように一人星の下でポツリポツリと喋っていた。



 「……ん…?」



 腹部の異変に気が付き服を捲り上げてみる。



 家畜の血に濡れる腹部だが、何かが可笑しかった。何か妙な痛みがあるのだ。



 まさか……



 俺に嫌な予感が浮かび、腹を摩ってみると、一部分を触れた瞬間、強烈な痛みが走った。



 「ッんだよ……下手くそめ……」



 俺の腹部に裂傷が走っていた。覚えがあるのは当然フォークスの斬撃だ。血溜め袋だけでなく、その奥の皮膚までしっかり切っちゃってるじゃないか。



 血溜め袋の厚みがなきゃ普通に致命傷だったってことじゃねーか。何が手加減するだよ、あの詐欺師め。気が高ぶっていたのか知らないが、加減の出来ない男なのだと記憶しておこう。



 深くは無い傷だが、徐々に出る流血は一向に止まらない。嫌になるね……



 「ビンタ……本当に今日はついてないみてぇだ……」



 ここから家までどれくらいか……ビンタの歩む振動によって腕が痛むので、その歩はゆっくりとしたものにしていたが……案外これは走らせないと不味いかもしれんな。



 クソ……本当についてないね。







 それからどれぐらい経っただろうか。俺は気がつけばビンタの上で眠りこけていたようで、目を覚まして辺りを見渡してみると、見覚えのある場所でビンタが止まっていることが分かった。



 村の共用の厩舎の扉の前であった。痛みに目を瞑っていたうちに、いつのまにか気を失うように眠りについていたのか……よく落馬しなかったな。



 俺をここまで無事に送り届けてくれたビンタに感謝しながら、俺は彼を厩舎へと入れてあげ、その足で自宅へと戻る為に歩んだ。腹部も左腕も依然痛みは引かない。



 リリィが寝てるであろうが、俺は気遣いも出来ずに玄関を開ける。少しばかり騒がしくなってしまったかも……いやしかし今はそれどころではない。俺は居間を抜けると裏戸を開けて井戸から水を汲むと、それをダイニングへと持ち込み、医療箱から包帯やガーゼの代わりの清潔な布を取り出す。ダイニングの椅子に座り、まずは濡らした清潔なタオルで腹部をたっぷりの水で拭う。そして乾いたタオルで押し当てるように水気を拭く。それから開封していなかった高い度数のアルコールをアホみたいにかけまくった。



 痛みに悶絶するが、声を出さぬように我慢我慢……リリィが起きちまう。



 俺は血を止めようと乾いたタオルを押し当てる。



 早く治療して朝からは普段通り過ごさなくてはならない。じゃないとあいつに要らぬ心配をされてしまう。それだけは避けたい。だからこそ早く処置をしなくちゃならないのに。



 しかしダメだ……滅茶苦茶に眠い。何故こんなに眠たいんだ。痛みに脳内の判断力が低下してんのか? 一種の混乱状態なのか? なんてこった。



 俺はたまらずダイニングのテーブルに頬を着ける。ダメだ少し眠ろう……傷口の消毒はとりあえずは済んだ。血が止まるまでの少しの休憩さ。少しだけ……少しだけの休憩だ。血が止まるまでのな……



 俺のそんな考えを最後に意識は微睡みの彼方へと落ちていった。






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