攻略屋的戦闘法
この世界に於いてステータスは絶対である。
普段俺達の体のどこに潜んでいるかも分からないこの数値の羅列、それはゲーム的であり、嫌になる程現実的だ。
体力、スタミナ、攻撃力……人間やモンスターを構成するこの数字は一体誰が作り出したのか。そしてその数値からどうやってダメージやスタミナの減少値を算出しているのか。誰が?何のために? ……そんなものこの世界では誰も疑問に思わない。前世の世界で、人間の見る世界が何故三原色で出来上がっているのか誰も疑わなかったように、この世界では誰もこのステータスという『存在』を、疑いはしない。
だから俺は自分の低過ぎるステータスがどれだけ頑張ったって他者よりも上にいくことはないと悟った時、どこか落胆した。しかし前世の記憶を取り戻したことにより、ここの世界での自分の弱さを嘆くよりも、その弱さを知ることで……知ったことで打開策を考える事が出来た。低過ぎることで逆に自分のステータスに執着する事も無く、潔く諦める事が出来たのだ。
そして何か方法はないかと模索し、あることに気が付いたのだ。
この世界ではマジックアイテムなるものが存在する。それは冒険者が主に使用するダンジョン攻略に使用する道具なのだが、商店などにも売っていて冒険者以外にも誰にでも手が出せる物である。俺はそこで疑問に思った。高ステータスの冒険者がマジックアイテムをダンジョンに出るモンスター相手に使ってダメージを与えるのは理解出来る。しかし、冒険者よりも数倍ステータスの低い村人でもそれが可能であるとしたら?
俺のこの疑問はすぐに解決する。マジックアイテムというものは一般的に売られているものは等しく高価なのだが、俺は金を貯めて一つの『爆弾』を買うと、それをダンジョン内のモンスターに使用したのだ。そのモンスターは冒険者の話が正しければ中級レベルということであったが、俺の投げた爆弾は容易くモンスターの体を傷付けた。殺すことは出来なかったが、最低ステータスと呼んでも差し支えないレベルの俺でもモンスターにダメージを与えられたのだ。
投擲したアイテムならば、ステータスには依存しない。
これが俺のこの世界に於いての発見だった。この世界では誰もが疑問に思わない、ちょっとした発見。そして『亡き友』から教わった『アイテム生成』へ執着する理由だ。俺にはこれしかないんだ。
「くだらんな」
フォークスの素早く抜かれた両手剣に俺の投げたナイフは容易く弾かれ、空へと飛んでいった。
ステータスに依存しないということは、即ち物体の持つ硬質さや軟性には等しく『力』が働くということだ。ナイフじゃ両手剣なんて貫けない。
そんなことは分かっている。しかし俺が戦うにはこれしかないのだ。
俺は続けざまに手裏剣を二枚投げる。回転しながら飛んでいくそれをフォークスは跳躍し飛び越えると、俺へと一気に接近してきた。
めっちゃくちゃに速いッ!! その素早さは前世で幼い頃に動物園でみた猿のようだった。
「避けないと死んでしまうよ」
分かってるっての!! 余計なお世話だと思いながらも俺は後ろに飛び退く。目の前を風を含んだ剣先が横切る。本当に力試しか? 当たれば即死じゃねぇのか……
こんなやつどうやって膝をつかせりゃいい? そんな疑問が脳内を支配するが────
「────こっちだ」
嘘だろ!! 飛び退いて距離をとったはずなのに俺の背後からはフォークスの声がたった。
防御する? 回避? いやどれも間に合わない!!
俺は後ろを振り返る事もなく、素早く『閃光の玉』を地上に叩きつけた。
バシュウッッ!!! 内部の液体が弾けざまに混ざり合って化学反応を起こし、そんな音を発する。辺り一面を激しい光が照らした。
「グゥッッ!?」
裏周りはされたが、意表をついたフラッシュ攻撃に、フォークスの呻く声が聞こえる。
やったぜ、お前のそんな声が早速聞けるとはな!
小躍りしそうな気持ちを抱えながらも俺は前方に跳躍し、素早く十分な距離をとる。フォークスを確認すると目を抑えて呻いてはいるが膝をつく程ではないらしい。
元A級じゃこんな事態ぐらいじゃ膝はつかねぇか……
「おい、ソフィーとかいう女!!」
俺は桃色頭髪の白魔女っ子に声をかける。
俺達の様子を傍観していたソフィーは、突然のことに少し驚いている様子だが関係ない。言葉は続ける。
「お前、水属性の魔法は使えんのか?」
「い、いきなりなんでして? そんなことアンタに関係ありますの?」
「関係あっから聞いてんだ! 俺に魔法は使えない。だから炎を使った場合、消す手立てが必要になるんだ。じゃないとこの辺りが火事になるかもしれないだろ」
「…………じゃあ使わなきゃいいでしょうが」
「使わなきゃお前の相方に膝をつかせるなんて不可能なんだが」
「…………」
横目でソフィーを見ると表情を変えはしないが、確かに俺とフォークスを交互に見ている。彼女からすれば俺が火を使えるという状況下であると分かれば、相方が不利になる為に、自分が水魔法を使えるか使えないかなど、答える理由がないのだろう。
しかし、ではなぜソフィーはフォークスと俺を交互に見たのか。その行動はまるでフォークスの心中を慮り、意見を求めるような『行動』ではないか。
「─────ソフィーには水魔法が使えるさ」
その答えは彼女から出たものではなかった。
「なんだ攻略屋。 炎か? ……炎が使いたいのかァ!? 良いだろう、使うがいいさ! 僕は言っただろう何をしてもいいとな!!」
目を閉じていながらも俺に向けられる闘争心の塊。やはりな、こいつ相当の戦闘狂だ。喧嘩をふっかけられた時も思ったが、このフォークスという男はワザとああいった言動をして戦いに繋げようとする節がある。こいつにとって戦えれば理由など明確でなくて良いのだろうな。
その相方の本質を知っているからこそ、俺の戦力の増強になりかねない水魔法云々の質問を、ソフィーはすぐに拒否しなかったのだろう。戦いが困難に、相手が強力になる程フォークスという男は『喜ぶ』のだから。
だがまさかその相方本人からタレ込まれるとはな。じゃあ遠慮はしない。思いっきりいくぞ……!!
耐火性のポーチから取り出した野球ボール程の大きさの『手製爆弾』。これは市販されている爆弾のように質は良いものではないが、それ故に荒削りな性能をしている。ほおっておけばすぐにシケッて使い物にはならないし、属性攻撃なんてオプションは皆無だが、その破壊力と巻き起こす爆風は市販のものより幾分も上な代物だ。
くらいなフォークス。距離は開けてやるが、それでもこいつはお前の体を宙にあげる程には牙を剥くぞ!
俺は爆弾から生える一本の糸を抜くと、それを彼の方へと全力で投げ飛ばした。
ボワッグァアアアアアッッ────!!!!!
地面に落ちた途端、それは雷鳴の如く爆音と共に炎と爆煙を周りに巻く。離れた距離にいる、使用した俺でさえ、その巻き起こった爆風に体勢を保つことが難しかった。
「フォークス!!」
爆煙の陰に隠れたフォークスを、ソフィーの彼を思う声が響くが、それは勿体ない気がした。
距離は計算して爆弾は投げた。炎に飲まれているわけはないし、その生存は確定的だと思う。
俺が体勢を整えると、地の草へ炎が燃え移ってはいるが、爆発による巨大な炎は治っていた。巨大な煙の裏へと回るように走り出すが、先程までにいた場所にフォークスの姿はなかった。木っ端微塵になって死んだか? んなわけはないだろうな……
俺は最早『狙われている』可能性を感じ、『発音の玉』を取り出す。アイツの気配や視線はどこからも感じなかったが、この瞬間をヤツが逃すはずがないと俺の心が危険信号を発していた。
懐からアイテムを取り出す。それを地面に打ち付けようとするが─────
神風を抱きながら、俺の目の前に『フォークス』が一瞬にして現れた。
その右足を振り上げながら。
早すぎる接近。瞬間的なミドルキック体勢への移行
。俺の体から汗という汗が噴き出す。……防がなきゃ……死ぬ!!!!!
狙われた脇腹を咄嗟に肘を曲げた左腕で防御するが……
俺の腕を襲ったインパクトは未曾有の痛みと衝撃を生み出し、威力を殺すことなく俺の虚弱な体を吹き飛ばした。
何メートル? 十何メートル? 何十メートル? そんな疑問が頭に浮かぶが、案外体はすぐに地面と再会することが出来た。
「────またアイテムか。そうか、アンタのメインウェポンはアイテムときたか。フン、随分とブルジョワな戦闘法で……」
……遠くでフォークスが蔑んでいやがる。距離は10メートル程か? 勝手なことを言いやがって。クソ……すぐに戦闘再開だ。
俺がそう思って両手を地面につけた時だった。
気が付いてしまった。その激痛によって。
「ガ、ガアアッッ────!!!!」
左腕の信じられない痛みに叫ばずにはいられなかった。そうして視線を左腕に移して気が付いた。
左腕の上腕部、前腕部、共におかしな部分から曲がっていることに。
「─────アア"ッ!! いッてぇぇッッ!! クソガァァッッ!!」
関節の存在しない部分が陥没している。そこは先程フォークスの蹴りを受けた所。彼の高ステータスからの洗礼をこれでもかと与えられていた。
「あらまあ……そこまで強く蹴ったつもりはなかったがな……すまないな。謝るよ」
カンに触る台詞を吐くフォークスを見る。その身は微塵も汚れてはいない。爆風は確かに受けたはずだが……吹き飛ばされて膝をついたのかどうかも服装からは分からなかった。やり損だったかもな……
しかしながら腕一本は持ってかれたんだ。もうこれで決着はついたもんだろう? 俺の負けは確定的だ。利き腕ではないにしても、俺の戦意は喪失だ。最早戦う気力なんて……
「─────さて、怪我は負ってからこそ戦いは幕開ける。攻略屋、アンタも暖ったまってきた頃だろう?」
クソ、まだ足搔けってか? 無様に戦えってか? ……馬鹿にしやがって……俺が痛みにもがく姿がそんなに面白いか? ……馬鹿にしやがって…馬鹿にしやがって馬鹿にしやがって馬鹿にしやがって馬鹿にしやがって馬鹿にしやがって馬鹿にしやがって馬鹿にしやがって馬鹿にしやがってッッ────!!
「後悔しやがれッ!!」
俺は吹き飛ばされた時に貴重な発音の玉を落としてしまったようで、再び懐から発音の玉を取り出すとそれをフォークスに投げつけた。玉は空中で炸裂すると強烈な金切り音を悲鳴のようにあげた。
俺の武器がフラッシュ物や、爆発物ばかりと思っていたのか、フォークスは投げた玉を見て、目を閉じて剣を前にしてまるで盾の代わりにする。悪いがどちらもハズレだな。
ッキィィン──────────!!!!
使った本人の俺でさえ、玉の効果に顔を歪ませるのだから、使われたフォークスは壮大に怯んだ。
「ッッ────またこのような小細工を!!」
なんとでも言うがいい。俺には小細工程度しか出来ないのだから。
俺は手裏剣を一枚取り出すと投擲。狙うは胴体だ。
聴覚には大幅なダメージを与えているだろうが、視界は変わらず良好な彼にはそんな一枚の手裏剣なんてもんは容易く弾かれる。
しかし俺は『諦めない』。もう一度だ。もう一度胴体だ。だが、少し低めに。股間辺りを狙うように。
またも手裏剣を一枚投擲。フォークスは下らぬとまた剣で弾き飛ばす。手裏剣は残り一枚。……怯むな。
今度は俺は最後の投擲用ナイフを取り出した。コイツの持ち手には『ワイヤー』があらかじめついている。
俺は躊躇いもなくそれを彼に投げた。
「無様だな攻略屋! 追い詰められたようなもがき様じゃないか!こんな……ッ飛び道具に頼りっぱなしとはなぁ!!」
ナイフまでも簡単に弾き飛ばしたフォークス。多分彼が冷静に状況を見ていれば『すぐに気が付いた』だろうな。ナイフのお尻についたこんなワイヤーの小細工なんてもんにはな。
俺はナイフが弾かれた瞬間、手元に残っていたワイヤーを引っ張った。
そうするとナイフの柄尻がキャップの様に開き、中から白い煙が勢い良く噴き出す。
「なにッ!!?」
そしてそれは弾き飛ばした張本人、フォークスを容赦なく襲った。
「ッッグャアア───!! な、なんだこれは!!」
目元を抑え突如として頭を振るい出すフォークス。瞑った瞼の線からは涙が止めどなく溢れていた。噴き出した煙の正体は催涙ガスだ。当然これも自作。しかもこの世界じゃ催涙ガスの様な代物はモンスターでも使うモノがいない為、きっとフォークスは未知の体験に襲われていることだろう。
「目、目が……ちくしょうッ!! なめやがって!!」
混乱しているフォークス。今がチャンスだ!!
俺は最後の手裏剣を取り出すと彼に向かって全力で投擲。狙うは先程よりも更に下、膝上である。視界も不明瞭、聴覚もまだ完全に戻っていないこの瞬間。膝を狙って完全に膝をつかせてやる!!
空に放たれた手裏剣は真っ直ぐにフォークスに飛んでいく。
いける!!
俺に確信めいた自信が生まれた時だった。
「────なめるなと言ったはずだぁ!」
突然フォークスはその場で跳躍した。先程までの様に剣で弾き飛ばすやり方じゃない!!
俺の希望を打ち砕く様に、手裏剣は彼の足が元あった空間を通過していった。薄眼を開けることもなく、跳躍していたフォークス。そうだ、彼は元とはいえA級。たとえ視覚や聴覚に頼らなくとも自身に接近する攻撃の予兆など容易い筈だ。
だからこそ俺は足を狙ったんだがね。
跳んで避ける事は予測済みよ。
俺の手には既に『ある玉』が握られていた。俺はそれを素早く投げる。標的は一つ。跳んだフォークスの着地地点だ。
バシャァァ!!!
「ッッ!?!?─────んな!?」
着地した瞬間から彼の困惑はこちらまで伝わってきた。当然だろう、着地した瞬間地面が沈み、体の腹部まで一気に呑み込まれてしまえば、誰だってそうなるのは必然さ。
俺が落下地点に投げつけたのは『軟化の玉』だ。効果は見ての通り、地面を瞬間的に軟化させること。そしてその軟性はまるで抵抗の無い底なし沼レベルさ。
もう容赦しねぇぜ─────
腹まで沈んだフォークスはもがくが、一向に脱出出来る気配はない。その両手剣を軟化していない地面に突き刺し、なんとか体を引きずり出そうと悪戦苦闘しているが……
「フォークスーーーー!! 早く逃げなさい!!」
傍観者であるソフィーの声が辺りに響いた。流石にこの状況には彼女でさえマズイと思ったのだろう。しかしだな、そんな事は彼だって分かっているだろうさ。
やらせるかよ。俺は最後の『爆弾』を取り出すと彼に今度は『ぶつけるつもりで』投げつけた!
死んだって知らねぇからな!
俺が最後に見たのはフォークスが未だに沼状態の地面でもがく姿であった。その姿は爆炎とどす黒い煙の中へと再び呑み込まれていった。
「フォークスーーーーーー!!」
ソフィーの悲痛な叫びが辺りに轟く。
どうしてか俺は彼女の声にリリィを重ねてしまった。……感傷的になるんじゃない俺。
俺は左腕を触る事も出来ずに両膝をついた。身体中が疲労でガタガタだ。こんなのは久しぶりだ。とんでもない化け物相手によく頑張った方だと褒めて欲しいね。
ようやく終わった……フォークスが死んでるか生きているかは知らないが、あれだけの爆発を受けて無事なわけはない。
なんとか……なんとか生き残っ──────
「ふざけるなよ攻略屋─────」
っ!?
「僕に……僕に……僕に魔法を使わせるなんて……」
鋭い剣の一閃。切り払われ一瞬にして消え失せる炎と煙。現れたフォークス。その身に傷など一つも負ってはいない。腹部から下は泥に塗れていたが。
「────弱者が……僕にぃ!!」
既に沼から逃れた。彼の目の前に広がる薄紫のガラスの様な巨大な板。恐らくというか……確定的だが、それによってフォークスは爆発から逃れたのだろう。
しかしそれは彼の言っていた約束とは違える事となるが……フォークスは剣しか使わないと言っていた筈……魔法を使うなんて言ってなかっただろ!!
まあしかしそれを使わなければ命まで危なかったということか。ならば……これは俺の勝ちという事では?
いや、それを口にできるほどの雰囲気では最早なかった。フォークスの顔は怒りに歪み、大地に立つその体からは並々ならぬ『気』を発していた。俺の言葉は憚れた。
くそ……
「なぁ……も、もう止めにしないかフォークス。私は手を折られたし、今のが最後の爆弾だった。もうお前に対して攻撃出来る手段はないんだ。私のやり方もよく分かっただろう。私自身に力はない。ただアイテムを利用するしか能が無い人間なんだ。お前のように剣や魔法の才は皆無だ」
「……………」
「私は死にたくはない。頼む、これは命乞いだ」
これは嘘なんかじゃない。これ以上やるなら本当に殺し合いだ。フォークスの発する怒気からしても、手加減したとして一歩間違えば俺は殺される。そんな予測が容易く出来た。
なんとか見逃してくれないか……
「ふん……攻略屋、僕を地に埋めた仕打ち……それ晴らさずに僕はアンタを見逃せない」
聞く耳持たずかよ。
「足一本でも置いていくんだな!!」
怒髪天ってか……だったらしょうがないな!!
俺は再び体に仕込ませたアイテムに手を伸ばした。最後の切り札だ。『単眼悪魔の改造眼』……これだけは使いたくなかったが……やるしかない。
「喰らえ攻略屋!!」
信じられないスピードで前進したフォークス。その構えられた剣は『横』。斬り払う構えだった。
俺も意を決め、取り出した改造眼を体の前で突き出し構えた。もうすでにフォークスは俺の体の前に迫っていた。やるしかねぇ!!
振るわれた剣が夜空の星の下で煌めく。俺は全てを願いながら改造眼のスイッチを俺は押した。
ガキンッッ!!!
そんな音が辺りに響く。その音に最初疑問を抱いたのはフォークスだろう。何故ってそりゃそうだろうさ、彼の持つ両手剣の一撃が、俺の持つ『球体』如きに防がれていたのだから。
「な、にぃぃ!?」
ギリギリと音を鳴らし刃と球体は競り合う。どれだけ力を入れようと一向にフォークスの刃は俺の改造眼を押し込む事は出来なかった。いや、それどころか俺の改造眼が徐々に彼の剣を押し退け始めているではないか。
「な、何をした……! 僕の力を受け切れるなんて……! 僕の蹴りで腕を折られる様な奴が……お、おかしい……こんな馬鹿な」
混乱を隠さぬフォークス。残念だがここまでだ。
俺は思いっきり剣を押し退ける。きっと彼の眼の前では今信じられない事が起きている事だろう。押し退けられるどころか、その両手から剣を弾き飛ばされたのだから。
この好機を逃すな。俺の本能が告げる。
分かってるさ。俺は素早くポーチから『ワイヤー』を取り出すとフォークスの背後へと回り込んだ。きっと『今』の彼には俺が高速でそれを行なっているように見えたことだろう。
何故なら彼は今、『1』の状態であるのだから。
俺はワイヤーを素早く彼の首に三重四重と巻きつけ、一気に締め上げる。
「ッッカ!!!」
このワイヤーはポイズンスパイダーの糸から組み上げたもの。刃物や炎には弱いが、それ以外の引っ張る『力』や魔法にはめっぽう強い。強力な硬質さと柔軟性を兼ね備えた天然のワイヤーなのだ。解こうとフォークスが引っ張ろうと千切れるものではない!
確かにこうしてワイヤーを片手と歯で噛み、フォークスの首を締め上げると、通常この方法では俺の低ステータスがワイヤーに加わってしまい、簡単にフォークスに千切られてしまうだろう。
しかし今はどうだろうか、フォークスの爪はワイヤーを切ることなど出来ず、ただ自分の首を引っ掻き、傷付けているだけではないか。いったい何故? 普通ならばそう思うだろう。だが、俺はそれを可能にするアイテムを持っていた。
それこそ『単眼悪魔の改造眼』だ。イービルアイとはダンジョン内に稀に出没する瞳一つのみで構成された体で、宙に浮遊するレアなモンスターである。パワーや防御力はそこまで高いわけではないのだが、その使う術が非常に嫌らしく、冒険者からは非常に厄介なモンスターだと嫌われている。その術というのは、イービルアイの発する光によって、見られた物は一時的に『ステータスの体力とスタミナ以外が『1』にされてしまう』というものである。
一定時間でそれは戻るのだが、それの効果が続いているうちに他のモンスターと出会った場合の事を考えると、それはもう絶望的な状況になる為に、多くの冒険者からはイービルアイはレアなモンスターでありながら畏怖の対象とされているのだ。
そしてこの『単眼悪魔の改造眼』はそのモンスターの特性を持つ、俺の最後の切り札のアイテムというわけだ。野球ボールサイズのこのアイテムは一回きりの使い捨てになっているが、このアイテムの対象者は一時的にステータスが最底辺まで降下、俺よりも虚弱なステータスになるのだ!
しかしそれを発動するには球体の眼の部分で対象者に触れなければならない発動条件がある。モンスターとしての単眼悪魔ならば、その眼から発せられる光に当てるだけで効果はあるのだが、アイテム化するにあたってはその部分だけは模倣出来なかったのだ。結果こうしてカウンターの様な要領で、相手からの攻撃をこの改造眼で受ける事で発動条件を満たしたのだ。正直バチくそ怖い。
しかしそんなことも言ってられない。発動したなら後は急がなくてはならない。その効果時間は約20秒ほどなのだから。これで一気に勝負を決める!
剣もないフォークスはただ首元のワイヤーを掴もうともがいた。
「降参しろフォークス!! 降参しないと死んじまうぞ!!」
ワイヤーを片手と歯で引っ張っている為に話し辛いが、俺は彼に対しそう持ち掛けた。彼は今何が起きているか分からないだろう。そしてこの効果が20秒ほどで終わるという事も知らない。このままでは死んでしまうという事が頭には浮かんでいるはずだ。
しかし……
「ッッカ! ッギッ……グッッ!!」
呻きながら彼は頭を横に振るう。それどころか、膝は依然地につけようとはせず、二本の脚でしっかりと立っていた。
くそ、あと7秒ほどしか保たないぞ!!
「強情になるな! もう終わりだ! お前の負けだ! 降参しろ、ただ膝を地につけばいいだけだろうが!」
焦る俺は何としても膝をつかせようと膝の裏を蹴り、ダメージを与える。それでも一向にフォークスは膝をつくことはなかった。何なんだよこの男の意地はよ!最早お前は魔法も使っているくせに……勝ち負けなんかもうあやふやじゃないか! こんな力試し何の意味もないだろう!!
く、くそ……もう時間がきれる……こいつの根気勝ちかよ!!
そう思った瞬間だった。
ブチィンッッ!!
フォークスの首元に巻き付いていたワイヤーが切られた。それ即ち、フォークスの力が戻った事の証明である。力が戻った彼の悪鬼の様な顔が俺に向けられた。まずい……これは完全に人を殺す顔だ。
「ローゼス!!」
フォークスが叫ぶ。そうするとどうだろうか、弾き飛ばされていた彼の両手剣が、自ら飛翔し彼の手へと戻ってきたではないか。
俺とフォークスの距離、僅か1メートル。
まるで悪意の塊の様な声を上げ、フォークスは俺へと剣を振り下ろす。回避行動も取れない俺の胸元と腹部を剣は容易く切り裂いた。
体の前を裂かれた感触に続き、鮮血と『臓物』と思わしき内容物が飛び出した光景───────
それが俺の最後に見た光景であった。
何とも嫌らしい輩であった。この僕、ヨハン・クレイドルもとい、フォークスの体を泥塗れにし、その上魔法を使わせるとは。しかも最後はよく分からない魔術を使いやがって……何が起きたかは未だ不明だが、勝つ事はできた……
攻略屋、お前は僕にとってやはり目の上のコブでしかない。この街のギルドの冒険者連中から多大なる信頼を獲得しているお前は忌々しい。不正を不正とせず蔓延る冒険者の依頼を受けていながら、大金をせしめる貴様はこの世のゴキブリと一緒だ。
こんな人間がいるから……不幸になる人間が出てくるのさ。真っ当に生きている人間が馬鹿を見る世の中……僕はそれが許せない。
しかしそれもこうして分かっただろう? 僕が罰を与える事でその身に十分に染みた事だろう。
僕は目の前で鮮血を垂れ流しながらうつ伏せになった、攻略屋を見下す。
ふん、本来ならこのまま放置して殺しても良いぐらいだが……
「フォークス!!」
ソフィーが僕に駆けてきた。
「やり過ぎよ貴方! 直ぐに治療しなきゃ、コイツ死んじゃうわよ!」
「分かってるさソフィー。僕に任せて」
忌々しいが、確かにここでコイツを殺してしまったとしたら僕の経歴に傷が付く。誰もこの光景を見ていないとしても、神々の前ではそれも隠すことは出来ないだろう。死後、天界に迎えられる為には善行を積み重ねなくてはならない。僕は正義だ。悪人を裁いたとしても殺しはしない。殺しは大罪、殺人者は死後煉獄の炎に焼かれ死ぬことが決まっている。……それは死後に於いての敗北者を意味する。
僕は『騎士』だ。騎士は正義で勝者である。汚れなき心の僕は限りなく騎士だ。今は『何でも屋フォークス』だったとしても……また僕は騎士に戻ってみせる。……『あいつら』に報復した末に必ず……
さて、まずはこの『悪人』の傷を治療しなくてはな。我ながら少しばかり力を入れて切りすぎてしまったから……少し時間はかかるかもしれないが治癒は可能さ。致命傷は免れているはずだからね。
僕は攻略屋の側に膝をつくとうつ伏せになった彼をひっくり返し、仰向けにする。
しかしここで可笑しな事に気がついた。何故彼の傷口から臓物が溢れている……
確かに傷が深ければ腸などの内臓が一太刀で溢れることもあるだろう。しかしだ、彼の傷口から漏れていたのはバラバラになった無茶苦茶な内臓物ばかりだった。それこそ致命傷レベルの。こんなのまるで『あらかじめ詰め込まれていた』と言えるくらい……
─────まさかっ!!
気が付いた時には遅かった。
「ソフィー!目を──────!!」
僕とソフィーを激しい光が襲い、その後につんざく様な高音が響いた。
視覚と聴覚をやられ、くらくらと朦朧する意識の中、何者かが立ち上がり、草原を駆けていく気配があった。
クソ……馬鹿にしやがって……死んだふりなんて古典的な手法に頼るなんて……
やはりお前は正義ではない。どう転んだとしても。どんなに傷を負っても。お前は僕とは違う。




