攻略屋 対 何でも屋
「悪りぃな兄ちゃん達。俺ももう歳だぁ、まさか二人に同じ依頼をかけちまうとは……」
酒の香りを漂わせ玄関の扉を開けてそう悪びれるのはグリーンストン氏だ。白髪混じりの頭髪が頂点では少し薄くなっている。口と顎髭が立派に生え揃ったオッサンだ。
「いえ大丈夫です。次から気を付けてくだされば」
先の道中で見せていた態度は何処へやら。何でも屋フォークスはご機嫌な口調でそう答える。何故ご機嫌なのか、俺はその理由を知っていると同時に、このフォークスの人間性を疑いたくなる。
俺は結局、彼からの力試しを受けた。
受ける理由などはない。しかし断れない理由は腐るほどあった。まず俺は裏稼業者だ。身元を明かせぬ俺が街の衛兵に『不条理に暴力を受けそうになっている』と助けを求める事は出来ない。当然だが素性の分からぬ者を助ける程、この国は甘くはない。そして力試しを断ったら断ったで俺は無抵抗にフォークスから暴行を受けるのは分かりきっていた。
「おい、攻略屋……お前首から血が少し出てるぞ」
先程俺は一度フォークスからの持ち掛けを断った。俺には安寧スキルがある為に、力試しを断ったところで、コイツには俺を傷付ける事など出来ないと踏んでいたからだ。
しかし現実は無常という様に、フォークスは容易く俺の首の薄皮を切り裂いたのだ。一筋の血液が流れた時、俺は自分のスキルが万能でないという事を、今更ながら痛感した。
「ああ、大丈夫です。なんでもない怪我ですから」
「すげぇなお前が傷を負ったなんて初めて聞いたぞ。こう言っちゃ悪いが、珍しいもんを見た。ラッキーだぜ、ハッハッハ! 悪く思わんでくれ! 冗談だからよ」
酒も入っている為に豪快に笑うグリーンストン氏だが、俺の気分はとても愛想笑い出来るものではない。……大丈夫ですだって? 大丈夫なわけがない。俺の唯一の取り柄である『安寧』スキルが無為の物となっているんだぞ? 平静を装っていても心は焦燥にかられているぞ。
だいいちなんでフォークスには安寧スキルの効果が表れない。コイツは明確に傷付ける意思を俺に向けてきているぞ。普通ならばそんな意思を持った瞬間にでもその『意識』を抹消してくれるはずだろう? このスキルは。しかし俺の首に冷たく流れる鮮血は紛れも無い現実だ。一体どうして……
現実逃避をしてもしょうがないから、その根拠を無理矢理にでも引き出すとしたら……このフォークスという男が俺に対し、殺意や敵対心、傷害となる意識を全く懐いていないという可能性があると俺は考える。
彼は元A級冒険者と言っていた。一流の闘士や殺し屋、剣士は殺意を抱かず対象を殺める事が出来ると聞いた事があるが……彼がその域にまで届いている人間だとして、殺意や攻撃すると云う意識を微塵も抱かずに行動できる戦士だとしたら……安寧スキルは発動条件を『満たせない』のではないか?
俺の根拠の無い稚拙な発想ではあるが、それならば俺の首に傷をつけられた理由にもなる。明確な理由とは言えないが、今はそれぐらいしか考えられない。
「じゃあ僕達も次がありますのでこれで……行こうか攻略屋」
落ち着いた中にも浮かれたような声色が垣間見える。くそったれフォークスめ……お前自身にはそんなつもりはないかも知れないが、今日が俺の命日になるかもしれないんだぞ。楽しんでんじゃねぇ。
冗談じゃない。よりによってグリムのいない時にこんな事態に巻き込まれるなんて……
元A級冒険者だぞ? ステータスの差なんて天と地どころの話じゃないだろうし、戦いの経験だって俺の何十倍と重ねているだろう。何も出来ずにボッコボコにされるのが目に見えている。ボッコボコならまだしも下手すりゃ死ぬ。下手すりゃじゃなくて、上手くやっても死ぬ。いくらフォークスが終わった後に回復を約束しているとは言え、死んでしまえばそれも叶わない。
本当に冗談じゃねーぞ!死ぬなんて!
一体どうすりゃいい……俺の手持ちにあるマジックアイテムだってほぼほぼ対人用じゃない。ダンジョン攻略用のもので揃えてきているのだ。どうやったって対抗できるわけがない。
上手くやられたふりをして解放される事を願うしかないか。
安寧を望む俺にはそれがお似合いだ。上手くやられて相手をご機嫌にして帰る。それが一番被害の少ない帰還方法だ。
………でも…
……でももしも、俺がそれで死ぬような事があれば……?
傷を受けるうち致命傷になったとしたら……?
……ああ……ダメだ。 すっかり染まっちまってるな……自分のことを考えなくなっちまってる……
前の自分なら自分だけ可愛がってりゃ良かったのに…………めんどくせぇな……あいつのことばっか思っちまう……
……もし死んだらアイツは一人になるのか。
「……人間は私を一人にしないよね」
……あー……くそ……クソクソクソクソクソクソクソクソクソ……クソ!クソ!クソ!
俺の内側に変なもん残すんじゃねーぞクソエルフ!
なんでったって攻略屋をしている時でさえ、お前が出て来る! これは俺が死ぬか生きるかの問題なんだよ!! お前が出しゃばるところじゃないだろ!!
お前が一人になろうが、ならまいが、俺には関係ないっての! 俺は主人でお前は小間使い! それ以上でもそれ以下でもないの!
……ああ、クソ……でもこれで俺が死ねば俺が約束を破る事になるのか。俺の負け、リリィの勝ちってか……
あいつどうすんのかな……どこ行くのかな……また一人で暮らすのかな。
「……らしくねぇな」
もういい。色々ごちゃごちゃ考えんのはやめだ。死ぬ?生きる? 誰の為か?自分の為か?
……くだらねぇ、俺は生きる為に生きる。誰の為じゃねぇ。俺の為だ。
クソが、フォークスめ。俺からすりゃテメェは俺の平穏な日々に突如立ちはだかる、ただの壁なんだよ。
いいぜ、やってやるよ、俺は攻略屋だ。『約束』……いや、依頼は必ず達成するのがモットー。
プロの技をみせてやらぁ
グリーンストンの自宅から10分ほど歩いた場所であったであろうか。
日中であれば遊牧するには最適であろう草原地帯を俺達は戦いの場とすることにしていた。
「人払いの魔法はしておきました。両者がどんな戦いをしようと外野は干渉しないものと知っておいて下さいまし」
数メートルの距離を開け向かい合う俺達にソフィーがそう言う。彼女は当然だが参戦しない。あくまで傍観者に徹するとのこと。彼女まで俺と戦うとなれば死は必然となる。不幸中の幸いとはこのことだな。
「─────僕はこの剣一本でやる事を約束しよう。攻略屋、アンタがどんな攻撃をしてこようと僕は許す。全力でかかってこい」
「ただの力試しに全力を尽くせと?」
「勿論だとも。『力試し』なんだから。まあありえないとは云え、僕に膝をつかせた場合、アンタの勝ちってことにしてあげるよ」
……あくまで試されているのは『俺』ってか。泣けるね。
フォークスは一向に背中の両手剣を抜く気配を見せないが……いや、もう勝負は始まっているか。焦って抜く必要も無しってことね。ありがてぇ配慮だこと。
こっちの手持ちの使えそうな道具は、『投擲ナイフ』二本、『十字形手裏剣』五枚、『閃光の玉』二個、『発音の玉』二個、『3mmワイヤー』20メートル(原料ポイズンスパイダーの糸)、『軟化の玉』一個、そして重要なダメージソースになるかもしれない『手製の爆弾』二個(ダンジョン内の障害物を破壊する為に持ってきた)といつも一つは懐に忍ばせておく『単眼悪魔の改造眼』一つ……これだけだ。
これぐらいでどこまでやれるか……
俺は意を決すると投擲ナイフを取り出し、構えると走り出した。
やるしかないのだ。俺は再度自分に言い聞かせると、それを思い切りフォークスへと投げつけた。
開戦だ。




