二重
何でも屋との出会いは案外すんなり俺の頭から抜けていたが、夏の暑さが夜にも少しだけ影響してきた時期、明確に言うならば彼らとの出会いから一週間ほど経った時だった。
俺は更年期に差し掛かったオッサンB級冒険者から依頼されたダンジョン攻略を終えて、樹海の迷宮と化した森林から難無く脱出したのだったが、無事に抜け出た俺の前に見覚えのある格好の二人組がいたのだ。
「あ」
あ、は俺の台詞だろうが。なんと『何でも屋フォークス』のコンビがいたのだ。その両手でこれから地図にするであろう羊皮紙を広げたフォークスの仮面から覗く瞳が俺を見つめていた。
恐らく……いや確定的なのだが、彼の目は俺の右手に乗せられた『アーティファクト』に注がれている。樹海迷宮の最奥で回収したラグビーボール程もある巨大なコハク。中にはエメラルドに光る8枚羽のトンボに酷似した虫が閉じ込められていた。
アーティファクトに向けられる視線は増える。フォークスの側に立っていたパック族の女の子。白色魔女っ子のジトーとした納得のいかないと訴える視線だ。
何故彼らが此処にいるかは知らないが、このあいだの様な攻撃的な挨拶もされたくないので早々に退散するとしよう。
「おい、待ちなよ」
げぇ!呼び止められたよ……
「人の顔を見てコソコソと……失礼じゃあないかい?」
「あ、ども」
「どーも、こんばんは攻略屋さん」
わざとらしく上機嫌を演出するフォークス。ソフィーと呼ばれる子は相変わらず無口だ。俺といる時はあんなに人を小馬鹿にした様に喋ってたのにな。
「なぁ、つかぬ事を窺うが攻略屋さん、その手に持つコハクは、もしかしてこの先のダンジョンの先で回収したものでは?」
なんでこいつがそんな事を知っている。……なんだか嫌な予感がする。
「そうだが……なにか?」
「……なにかではないだろう。此処はすでにダンジョン攻略受注登録が済んでいる場所だぞ? アンタのやっている事は盗みになるって言っているのさ」
何の言い掛かりだ。そんな馬鹿な話は無い。
ダンジョン化とは世界中に毎日発生する自然現象なのだが、その発生地となる場所は突発的な事象故に定まってはいない。誰も寄り付かない山脈だったり、森の中だったりするのだが、極稀に人の所有地がダンジョン化する事がある。
その場合、牧場が隆起してダンジョンになったり、淡水魚を飼っていた池が湖底神殿と化したりと様々なのだが、通常所有権のない山や森林地帯であればギルドが直々に攻略依頼を冒険者に出すのだが、所有権の発生する場所に限り、地主がギルドにその攻略依頼を出し、それを冒険者に委託する形となる。今回のこのダンジョンも元は畑だったのだが、ダンジョン化の影響で樹海迷宮へとなってしまったひとつであった。
そしてこの様な場合、依頼主とギルド、冒険者の三者の間で交わされるのが『ダンジョン攻略受注登録』という契約であり、登録した冒険者以外はダンジョンを攻略する事を禁じられてしまうというルールなのだが……
今回は登録した冒険者から下請けする形で珍しく正式な攻略の代行したので、いつもの様にコソコソする必要もない筈だが……何故そんな事を言われなければならないのだ? 攻略委任状だってこうして懐に入れている。
「フォークスさん、貴方は勘違いをしている」
俺は面倒だと思いながらも委任状を取り出して開いて見せてやった。
「私は正式なやり方で行動しているだけだが?」
「な、なに……委任状だと……そんな馬鹿な…」
何がおかしいのだろうか。フォークスが信じられないと言う視線を向けた。ブツブツと独り言を漏らしてもいる。俺は早く帰りたいなと思いながらも暫くそんな様子を見ていると、何かに気が付いた様子で彼は俺へと声を掛けた。
「アンタ……その委任状の冒険者の名前は誰になっているんだ?」
「はあ?」
そんなの聞いて何になるんだろうと思いながらも俺は名前を読み上げた。
「ウェスタン・グリーンストンって書いてるけど?」
その名前を聞いた瞬間フォークスが大きく舌打ちをした。行儀悪いな。
「あのボケジジィ……やってくれたな」
何かに憤っている様子の彼。俺は頭を傾げた。
「何を言っているんです? ボケジジィってもしかしてグリーンストンさんに対して言っているんですか?」
「ああそうさ。やられたな……僕達が依頼を受けたのもウェスタン・グリーンストンという白髪の冒険者だった。なんだかボケが入っている様な男だったが……やはりそうだったか。委任状が見つからないというから確認は後程で良いとしてやったが……クソが……元々委任状自体を他人に渡してるならば見つかるわけもないだろうが!」
あー……話が読めたぞ。恐らくフォークスも俺と同じ冒険者からこの樹海迷宮の攻略を依頼されたのだろう。彼の言うように確かにボケた様な白髪のおっさん……いや、おじいさん冒険者であったが……事実本当にボケていたとは。フォークスの話から察するに、冒険者は俺に依頼を投げた後、それを忘れ、何でも屋にも同じ依頼をしたのだろう。通常正式に攻略代行をする場合は、代行者に委任状の携帯をさせるのが原則だから俺に渡されたそれが、手元にあるわけもなくフォークスに依頼をし、人が良い彼は、じゃあ後程確認させてくれれば良いとしたと。
極稀に起こる二重依頼だ。
「……クソ、時間を無駄にした。金が発生しない時間を作るとは僕らしくもない」
「まさかダブルブッキングするとはねぇ……」
同情せざるを得ない。確かにこんな稼業をしていると時間は貴重だ。当日中の攻略に限る依頼が被った場合、依頼の取捨選択する事もある俺達が、依頼に対する時間を重要視することは当然であり、それが無駄になったとなれば損害は大きくなくともショックはやはりデカイ。
「……って、フォークスさん、もしかして貴方依頼を受ける際、前金貰ってないんですか?」
「…………」
フォークスの目がジロリと俺を見る。コケにでもしているのかと噛み付く様な目付きだった。
「そういえばアンタは前金と完了金で2回も料金を請求するらしいな」
「ええ、まあ」
「……そんなもの、自分の実力に自信が持てないやつのする事さ。前金っていうのは失敗した場合の損害を抑える為にする、謂わば臆病者の命綱。僕達にそれは無い。確固たる実力で僕達は失敗なく依頼をこなす。それ故に僕達は完了金一回きりだ、アンタとは違う」
いや、別にそういうわけじゃねーから。前金とは依頼主と俺達との間に交わされる絶対の責任を決定付ける金銭であると俺は思う。金が介入するからこそ、依頼主は適当な依頼は渡さないし、俺達もいくら裏稼業とはいえ責任感を持って仕事にあたるんだろうが。
ただ今回俺は前金をグリーンストンのおじさんから貰っていたが、コイツは前金をもらっていなかった為に、損をする『結果』になってしまったからお前がそう思うだけであって、支払う金を分ける本質はそういうところだと俺は思う。
まあ、フォークスの言うことも全てが間違っているわけでもないし、そういうのを売り出し文句にするのは悪くないと思うから、否定はしないけども。
「そうかい。じゃあ私はこれで……」
俺にはない考えだからな。ある意味尊敬するよ。
理解出来ない変なプライドに感化されない内にとっととこの場を去ろうと俺は思ったのだが……
「待てよ攻略屋」
呼び止められた事に俺は嫌な予感を覚えた。




