幸せのおすそ分け
フォークスが去った後、俺は一人まだ依頼ボードの前から動けずにいた。新参者の登場に少しだけ心が沈んでいたのだ。
だって元A級ですぜ? 実力の差は明白だ。ショックを受けない方が凄い。
「─────好敵手登場ですな」
その声は俺に向けられていた。俺は声を頼りにそちらに顔を向けた。
そこには赤い武者鎧、俺と同じ山犬の仮面をつけた黒髪の冒険者がいた。側には椅子とテーブルを使って立て掛けられた一本の長い大太刀があった。この人は確か……
「また会いましたな攻略屋殿」
「え、えーと……ごめんなさい……どなたでしたっけ?」
「……おっと、某、噛威である。以前一度だけ見えたはずであるが……覚えてなさらぬか」
あ、あ〜〜!!! 前に貼り紙を夜中に交換しに来た時にいた人だ!! なんかグリムの事を見えているみたいな意味深な事を残していった東国の人。
また会うとはな……
「あ!どうも〜以前は夜会いましたよね」
「左様、思い出してくれて嬉しい限りだ」
「いえ……すみません、物覚えが悪い方で……」
「良い。人とは忘れる生き物だ。時にそれは自分の身命を掛けた『物事』でさえな……そんなことより、今の一部始終不躾ながら拝見させてもらった」
多分それはカムイさんだけじゃないと思う。そう公言するのが貴方だけであって、この場にいる大半の奴らは見ていたさ。
「────試練だな、攻略屋殿」
「……乗り越えろってことなんですかね…」
「試練とは神や悪魔から与えられるものではない。過去からの清算……もしくは人と繋がる代償である。貴殿が行なってきたこの商いの齎した当然の対立と言っていいのかもしれないな」
難しいこと言うな〜カムイさん。けれど言っていることは間違いじゃない。俺が自分のスキルを持ってして開業したこの仕事、当然似たような業者が出ることは予測していた。他者が安寧スキルを持っていない分、実力的には俺の方が何倍も下だ。稼ぎを争う事になった今、何としても頑張らにゃならない。
「……貴殿は果たして彼等の力を出し抜けるだろうか?」
「当然。私にはこの仕事しかないですから。みすみすこの立場を譲る気は無いですよ」
俺が答えるとカムイさんはフッと笑った。
「滾らせる返答だ。貴殿のその答えが現になったのならきっと貴殿は更に高みへ登る事だろう……」
カムイさんは立ち上がる。俺よりも何センチも高い身長だった。190くらいありそうだ。
「暫く見届けよう。益荒男同士が競り合うのを見物するのは、どんな美酒よりも酔わせてくれるからな……では」
そう言って彼もギルドから去って行く。檄を飛ばしてくれたのだろう。カムイさんには感謝しなくては。少しだけフォークスと争う事に勇気を持てたからな。
そうさ、どんなに相手の実力が上でも戦う事から避ける事は出来ない。やってやるさ。
事前に話していた待ち合わせ場所に行くと、すでにリリィは到着していた。遅めの昼食を取る為に人気の食堂の前にした。
「おおーいリリィ」
胸に大きな紙袋を抱えていた彼女に声をかけると、リリィの顔が俺を見て和らいだ。
「人間……結構かかった?」
「悪りぃな少し立て込んだ。そんなことより手ぇ出せ」
両手と体を使って抱えていた買い物袋を、俺が片手で受け取ると彼女にそう要望する。リリィも素直に手を出した。よしよし。
「────ッ!?」
俺は差し出された彼女の右手に無言で握手した。
「な、な、何!!? 人間どーしたの!!」
「幸せのおすそ分けだ。さっき凄ぇ奴と握手しちゃったからよ、その恩恵をお前にもやろうと思ってな」
「え、ええ……なにそれ? 神官様にでもあったの?」
そんなもんよりすげーよ。
「違う違う、A級冒険者だよ。凄いだろ」
「……………」
無言になるリリィ。反応悪いな。
「ごめん人間……私冒険者のエーキュウとかよくわかんない」
「あら」
リリィさん冒険者の事よく分からないんすか。それは予想外だな。まあ、御利益はあると思うからいいだろ。
「……いつまで手繋いでるの」
「あ、悪りぃ」
多分恥ずかしかったんだと思う。少し赤面するリリィにそう言われ俺は手を離した。
俺がお店に入ろうとしたんだが、暫くリリィがさっきまで握手していた自分の右手を見つめていたから、もしかしたら嫌だったのかもしれない……お兄さんそうだったら悲しいですわ。




