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正攻法の定義

 

 フォークスを名乗る男の視線を俺は黙って受ける。彼は足から頭の先まで俺を観察するとひとつだけ溜め息をついて、顎に手をやり、黙った。



 俺は多方からの視線を感じた。いやそれは詳しく言えば『俺達』に向けられた視線だ。ギルド内にいる冒険者達の野次馬の様な視線。ハッキリまじまじと見ているわけではない。仲間内での会話の切れ間に……食事の最中に……疲れて眠っているふりをしながらも意識はこちらに向けている輩までいる。



 向けられなくても感じる『意識の視線』。恐らく羽の使用された数で考えるに、何でも屋フォークスの名は既にギルドの冒険者の中では知れ渡っているのだろう。しかし俺も公言などしてはいないが、この数年で数え切れないほどに攻略代行をしてきたのだ。このギルドに俺を知らない人間はいねぇ。古参の攻略屋の俺。新参で未知数だがスタートダッシュは上手くいっているであろう何でも屋のフォークス。同系列の業者が対立寸前になっているこの状況で、注目を集めるのは当然だった。



 「貴方には一度会っておきたいと思っていた。僕はフォークス、何でも屋だ」

 「知らない顔ですね、最近こちらに?」

 「ああ、丁度1ヶ月ほど前からこちらの街を拠点にね」

 「こちらを拠点にと言うことは……」

 「僕達はブライド国の方の人間なのさ」



 帝国領の最北端の地にある国だ。格好もそちらの地方に見られる特色通りだ。



 フォークスを名乗る男は仮面をつけているため素性は分からないが、俺よりも年上の様な雰囲気を受ける。



 てか、1ヶ月前か……たしかに結婚式やら色々でゴタゴタしていて、ギルドの方に貼り紙確認しには来ていなかったからな。そんな時に新規の業者のこいつらに俺の客を取られていた形か……くっそぉ〜悔しい。でも今までが良すぎたんだ。俺の様に攻略請負人として商売する輩が出てくるのは知っていたし、この街以外でなら俺よりも先にやっている奴もいるだろう。来るべき時が来た、それだけの話だ。



 「貴方の事は聞いている。名は無い……『攻略屋』、そう名乗り、冒険者からダンジョン攻略を代行する。素性不明の男だとか……」

 「その通りです」

 「皆変わり者のハイエナの様な人間だと口にしていた……なんでも冒険者の一人が試しに貴方を雇ってみたところ、多額の金を要求されたとかで……すっかり守銭奴扱い……このギルド内じゃ誰も貴方に仕事を頼もうなんて思わないらしいな」



 哀れむ様な視線を向けるフォークス。その話を聞いて、俺がきっと客を取れてはいないと思っているのだろう。よくそんな話を信じたな。冒険者が俺に頼って攻略を代行してもらったなんて口が裂けても言うわけがないだろう。そんなもの自分のブランドを下落させるだけの行為だ。だが彼はまだ話を続けた。



 「冒険者はプライドの高い職業さ。正直言って貴方……いや、アンタのしている事は冒険者を馬鹿にしている。どんなに薄汚い装備をしていようと、不恰好でも、ダンジョンに潜る事だけには、誇りをもって冒険者は挑む。それを放棄してアンタの様な金でダンジョンを攻略する輩には誰だって頼らないさ」

 「たしかにそうかもしれないですね」



 意識を向けているはずの冒険者が誰一人として何も言わなかった。当然だった。ここで俺に対してフォローする様な真似は、自分が攻略屋に頼っているとバラしている事にしかならないし、フォークスに便乗したところで後々俺に頼る事もし難くなるだろう。我関せずがここでは一番正しいのだ。



 まあ、ここはコイツに好きなだけ言わせておけばいいのだ。同業者で客の取り合いになることは確定的だが、わざわざ反発して相手を怒らせる様な真似をするよりかはマシだ。もしも俺に対して悪意や、妬みを持つようなことをしてみろ、今後の仕事を妨害されたり、嫌がらせを受けるかもしれないのだ。静かに仕事をしたいならば、目の上のタンコブや、出る杭にはならないのが一番なのだ。



 「──────って言うのは皆が作り出している、暗黙の了解? もしくは隠れ蓑ってことでいいのかな? 攻略屋さん」



 ……なに…



 「いやはや、このギルドでもそういった構図が出来上がっているとは……どこも一緒だな」



 フォークスの目が再び細まった。



 「実は僕も元々冒険者でね、地元の国じゃそれなりに名の知れ渡った人間だったんだけど……僕のいたギルドでもアンタみたいな攻略請負人がいたよ。何人かね。ここじゃどうやらアンタだけのようだったみたいだけど、そこのギルドでもやはり攻略請負人は奇異の目で見られていた。冒険者の誰もがこんな奴に頼るわけがないとタカをくくって見ていた。冒険者の僕が初めてそういった業者を見た時、若かった僕も、そんな人間に冒険者が頼るわけがないと思っていた。しかし裏切られたよね……冒険者としてやっていくうち、冒険者のコミュニティ内の歪みを僕は知った。実はそのギルド内でその請負人に頼っている奴は何十人といたのさ、皆口々に貶し馬鹿にし、蔑んでいたはずが、裏を返せば誰もがそんな守銭奴の力を借りていたとさ……僕の中で高尚だった『冒険者』なんてもんはどこにもいなかったわけ」



 なんだか思い出話に走られているが……



 「……なにが言いたい」

 「すまないね、話が逸れたし長くなった。いや、僕が言いたいのはアンタもそんな職を商っている人間であり、僕も今はそうなっている……だから同じ穴のムジナってヤツだ。仲良くしようってこと」



 そう言ってフォークスは手を差し出してきた。握手のつもりか。まあ、別にいいけど。


 俺は彼に意に逆らいもせず握手した。彼は中々手を離さなかった。俺はフォークスの目を見る。



 「─────しかし同じ穴のムジナだからこそ、言いたくもなる。なんでもアンタ……自分の仕事をしているところは誰にも見せないって話だが……それはあまりにも不信じゃあないか?」

 「何が不信だって言うんですかね。自分の武器は他者には見せない。そんなのはコソコソ裏で生きる私『達』にはお似合いだと思うんですが……」

 「達ぃ!? 達だって? ハハハ……聞いたかいソフィー? 攻略屋さんは僕達を自分と同じ類の人間と言いたいらしい」



 何が面白かったのか、フォークスは自分の連れの女の子を見た。彼女はクスリともしてないがな。



 「攻略屋さん……アンタは少し勘違いしてしまっている。あ、あ〜……僕が同じ穴のムジナなんて言ってしまったからかな? それは申し訳ない事を言ったね、実はそれは少し違うんだ」



 フォークスは握手をようやく解いた。



 「たしかに僕達もダンジョン攻略を代行したりするが、僕達は依頼主を一人にして、勝手に攻略なんてしない」

 「…………」

 「アンタみたいに『裏』でコソコソ何をやっているか分からない人間とは違うのさ」



 嘲笑する様な溜め息を一つフォークスは漏らす。なるほどな。ソフィーと呼ばれるこのピンク髪の魔女っ子が『攻略屋』に対して悪口を言っていた理由がそれか。



 「攻略代行なんて言っているが僕達がやっているのは護衛に近い。ダンジョンを依頼主と一緒に潜って、その最奥まで連れて帰ってくるまでが僕らの基本形態だ。アンタとは違うのだよ。……僕達には実力がある。なんせ『元A級』ですから」



 A級!? 俺は素直に驚いた。多分このギルド内で話を盗み聞きしているヤツらも内心慄いている事だろう。この世界の冒険者には以前も言ったが階級がある。最低のDから始まり、国単位での交渉がなされることもあるSまでの五段階、その中でも大抵の人間は常人の限界値と言われるB級までしか上がらないと言う話である。A級以上のクラスは最早『ドラゴンスレイヤーし』や『単独騎士団ワンマンナイツ』と呼ばれる伝説級の存在だ。その価値は崇められるに相応しい。



 「え、A級ですか!?」

 「そう。まあ、それも三年以上前の話だがな……」

 「す、すげぇ……お、俺そんな人と握手しちゃった……」

 「は……?」

 「あ、い、いや……す、素晴らしいお方ですね……私もそんな人と出会えて幸せです」



 危なかった……興奮でつい、地が出ちまった。いや、それにしてもこのフォークスという男……すごい人間だ。そんな人間に商売敵とはいえ、こうして会話しているとは……今日はいい日だな。



 「……ま、まあいい……だが、僕が言いたいのはアンタみたいな怪しい業者はいずれ淘汰されるから覚悟しておけと言うことだ」

 「淘汰?」

 「そうだ。厳密に言えば僕達フォークスがそれを成す。僕達の誇り高き『冒険者』としての意思……いわば正攻法が、アンタのコソコソした邪道な『攻略屋』に取って変わるということだ」

 「それは困る。私にも生活があるし、最近は金も入り用だ。職を失いたくはないな」

 「僕がアンタを追放するわけじゃない。このギルドに集いし冒険者からの人気を僕が奪い去るってだけだ。まあ金の勘定でも覚えて商人にでもなるんだな」



 そう言うとフォークスはソフィーと呼んでいた女の子を見る。



 「行くぞソフィー。挨拶はすんだ」



 大層な挨拶だこと。俺の横に立っていた女の子が彼の後ろをついていくように駆けて寄る。言いたい事だけ言って帰るのか。ずるいなぁ。



 一人だけ残された俺。金髪の受付嬢は俺とフォークスが対抗心をぶつけ合う場面を見ていたか、ようやく治った光景を見て胸を下ろしていた。驚かしてゴメンね。



 だがまずいな……まさか元A級の冒険者が同業になるとは……会えたのは嬉しいけど……お客さん、マジで取られちゃうかも……しかし俺を邪道とは。俺は自分の持っているスキルなどを利用してダンジョンを攻略しているだけに過ぎない。それは別に悪い事じゃないはずだろ?



 ……きっと悪い事じゃないはずなのに。俺の中にフォークスの言葉が残っていた。



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