何でも屋 フォークス 登場
グリムロードがこの世界を去った翌日、俺とリリィはグランマの街まで来ていた。村では手に入らない雑貨や消耗品の買い足しを行うためだ。
そして俺自身も攻略屋の『貼り紙』を新しいものに変えたいと思っていた。刺していた依頼人用の赤の羽はもう無くなっているだろうから。
リリィに自由行動を許し、俺は一人でギルド『ロートス』の扉を開く。当然仮面とローブは装着済みさ。
俺がギルドへ入ると殆どの人間が俺の方を見る。昼間から酒を嗜む飲んだくれの冒険者や、これから行くダンジョンについて会議する者達、一仕事を終えて食にありつく者……それぞれだ。
大抵は俺を一瞥してすぐに自分達の世界へと戻るが、俺はここにいる冒険者達の顔を大半は見た事があった。殆どがC〜B級の冒険者であるが、一度は俺の依頼主になったことがある者ばかりだ。当然興味のないフリをするだろうな。俺のダンジョン攻略代行なんて職は、本来なら彼ら実力社会の人間からすれば冒険者の誇りを汚す、忌むべき存在であるからな。関わりなんてもっていると他の冒険者に知られれば恥でしかないのだ。
俺も関せずを振る舞い、ギルドのカウンターまで新しく作った貼り紙を受付嬢に渡した。金髪の受付嬢だ。いつも見る子ではない。当然か、もうお昼だ。いつもは明朝や夜といった、人の目が少ない時間帯に来ることが多いから、その時間帯に勤務する受付嬢が今の陽の高い時間にいるわけもなかった。
「────あ、攻略屋さん。お久しぶりですね」
しかしどうしたことか、俺がカウンターで金髪受付嬢とやりとりをしていると、ギルドの二階廊下の手摺から身を乗り出し、あの黒髪の受付嬢が俺へ声を掛けた。確か二階は事務所であったと思うが……まだ勤務していたのか。けれど服装はいつもの制服じゃなくてラフなシャツを着ている。休憩中とかかな。
「どーも」
「また貼り紙交換ですか? 残念ですが、今回も誰も詳細を聞きには来ませんでしたよ。あ、でもその飾りに付けてる赤い羽根……それ、付けない方がいいですよ? いつのまにか誰かしらに毟られて無くなっちゃうんです。 赤い羽根だからって縁起が良いと思われてるんですよ」
「そうかい。まあ、それならそれで良いんです」
そうじゃないと仕事にならないんだから。
いやー……しかし黒髪の受付嬢さん……手摺から乗り出して俺を見下ろしているもんだから、大人らしく膨よかな乳房が洋服越しにでも自己主張をしております。その服装は薄めの物なのか乳房の柔らかさが見て取れた。眼福眼福、仮面をつけておいて良かった。今俺はすげぇスケベな顔をしているだろうからな。
「そうですか……変な人ですね」
不憫そうに言う黒髪受付嬢。うっせぇほっとけ。
「どうです、お茶でも飲みますか? 私もう勤務時間終わってますし、話にでも付き合ってくれるなら奢りますよ?」
「ギルドの売り上げに自ら貢献するんですか?」
「………そういうわけじゃないんですが」
「いや、すみません。私自身この後に用もあるので」
「……そうですか」
優しいな受付さん。きっとギルドに意味もない貼り紙をしている俺が不憫で気を遣ってくれたのだろう。ありがと。
「別に話ならいつでも付き合うので。今日は申し訳ないですが……」
「攻略屋さんが謝ることもないですよー。じゃあまた別の機会で」
今日はリリィを連れているからな。女性からのお誘いは嬉しいが、それは無理だ。この用事が終わればあの子と合流する事になっている。
俺の断りを聞くと黒髪の受付嬢は事務室の中へと引っ込んでいった。もしかしてわざわざ出て来てお茶に誘ってくれたのか……悪い事したな。人の良い受付嬢さんに心の中でもう一度詫びを入れ、俺は金髪の受付嬢に貼り紙の事を頼むとギルドを後にしようとする。
あ、一応依頼ボードを見ていくかなくては。羽の数は依頼者の数と照らし合わせて、既存の貼り紙には残っていない筈だが数え間違いもあるかもしれないからな。残っていたら羽がついたまま、貼り替えられてしまう。それは勿体ない。
俺はすぐにボードの前に行くと確認する。……よしよし、ちゃんと羽は全て抜かれているな。こうして確認する事も大切なのだ。
ん……?
俺が自分の貼り紙に目を向けた安心した時だ。俺の注目が自分の貼り紙の隣に掲載されている紙へと移った。
『何でも屋 フォークス 開業』
そんなタイトルの紙であった。何でも屋か……と俺が大した驚きもなくその説明をダラッと読んだ時、俺に衝撃が走った。
『ダンジョン攻略代行承ります』
その一文に驚いたのも束の間、その紙の下部に添えられた『羽』に俺は絶句する。
「あ、青い羽………だと……」
正しく俺のやり口がそのままパクられていたのだ。2本ほど刺してある青い羽。しかし紙に空いた穴の数を数えるとなんと、元々は8枚ほど刺してあった事が予測される。
も、もう6件ぐらいは客を取ってるじゃねぇぇかぁ!!!!
なんつー事だ!! ライバル登場かよ!!
「あら……邪魔よ、アンタ」
恐れていた事態に慄く俺に冷たい女の声の矛先が向く。俺は振り向くがそこには誰もいなかった。あれ?
「どこ見てんのよ。あたしはここでしてよ」
声に釣られ視線を落としてみると、そこには俺の腰辺りぐらいの身長の……リリィぐらいの背の女の子が立っていた。
女の子? 恐らく女の子だ。口元は白いマフラーで隠し、つばの広いマフラーと同じ色の魔女帽子によって素顔は殆ど窺えないが、声的に女の子といって差し支えないだろう。その身を包むマントと、所々カールしている長い髪はピンク色。白とピンクの女の子。そんなイメージがつく。
「なんだお前」
「……いきなり不躾な御挨拶ね。こちらが丁寧にどけと言っているのに」
どけと言う言葉に丁寧もクソもないだろうが。なんなんだこのガキは。桃色の髪から想像するに、多分妖精族なんだろうが……(妖精族ってのはエルフや、ゴブリンと言った、人とは似ていても、より自然界の魔力に近い存在の種族の総称である)
「まあ、あたしは寛大ですから、許してあげますわ」
そう言いながらガキは俺の横をスルリと抜け、ボードを見ると、やっぱりなという調子で言葉を続けた。
「やっぱり残り羽は2枚ね。だから『まだ補充する必要はない』って言ったのに──────」
そのガキの見ていたのは『何でも屋』の貼り紙であり、言葉の中の『補充』の単語……まさかコイツ。
「お前……何でも屋なのか?」
俺の言葉に、魔女帽子に隠れていた瞳が俺を見つめた。髪やマントと同じような桃色の瞳であった。
「……その通りですわ。あら、もしかして何か依頼がありまして? あたし達は名目上『何でも屋』ですが、一番得意なのは攻略代行でしてよ。もし攻略代行の仕事でしたら……この街では古参の『攻略屋』なる訝しい輩なんかよりも良い仕事をお約束致しますわ」
目を細め嘲笑するように俺へ微笑むようにするガキ。口元は見えないが、営業スマイルを作っている事は何となく分かった。このやろう……俺がその攻略屋だってのに好き勝手言いやがって。
いや、待てよ……『あたし達』だって?
「─────おい、ソフィー。『羽』はどうだった? やはり2枚だったか?」
そんな声が俺達の方へ向けられる。そこには黒髪の長身の男が立っていた。顔には白塗りの仮面を着け、こちらの国では主流ではない、北の国でのファッション……地球で言うロングコートに良く似た、首元にファーのついた青いローブを身に纏い、背に細身の黒い両手剣を担いだ男だった。
「フォークス。ええ……しっかり二枚でしてよ。だから言ったでしょ、私が数えているのだから確認する必要もないでしょうと」
「ふん……僕は心配性なんだ。しっかりこの目で確認しなくちゃ安心出来ないタチなのは知っているだろう。 ……ところでその方は?」
彼らの注目が俺へと向けられた。
「ああ、今知り合ったところでしてよ。恐らく新しい依頼主だと思いますわ」
「やあ、それはどうも。『何でも屋』のフォークスです」
フォークスと名乗るロングコートの男が俺に歩み寄った。この男が『何でも屋』か。彼らには悪いが俺も仕事上、挨拶くらいはしておくべきなのだろうな。
「──────いや、すみませんが……私は依頼があるわけではないのです。期待させてすみません。実は私……」
俺は依頼ボードの自分の貼り紙の剥がすと、彼らに向けた。
「お初にお目にかかります。『攻略屋』と申す者です」
俺は出来るだけ静かに、それでいて圧力をかけるように、警戒心の塊を言の葉に乗せ、彼らに向けて挨拶を吐いた。
ガキのピンク色の瞳とフォークスを名乗る男の黒い瞳の目蓋が、少しだけ細まった。
「──────ほう……貴方が……」
値踏みする様な目が俺を舐めた。




