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グリムロードのお節介

 

 俺の名前はグリムロード。竜である。


 生まれ落ちてから何百年と生き永らえてきた無駄に長生きな、しがない竜である。


 地上で生を受けてからというもの、戦いに明け暮れ、飽きたら冥界に潜り、慣れない独裁政権に挑んでみたり、それもまた飽きれば地上の強者と戦ってみたり……と、好き勝手生きてきた。


 今は訳あってひとりの人間に憑依して生活しているんだが……これが意外と居心地が良いのだ。


 実は俺が憑依したこの人間、前世が別世界の人間だったというから驚きだ。驚きも相当だが、なにより俺が興味を示したのはヤツの前世の世界に関する記憶である。このつまらん世界と比べ、なんという娯楽の数々。世界の情勢の移り変わりの早さ。狂っているのでは? と勘ぐってしまう程に愚かな人間模様。 いやはや脱帽だ。 これほど面白いものはまたとない! と、このジョン・ウィッチと云う人間に俺は今のところ夢中なのだが……



 俺は当初この人間には安寧スキルと云う俺の力を抑制する能力と、その前世の記憶ぐらいしか取り柄は無いと思っていた。こいつ自体にはこれといった魅力もないしな。まあ友人としては申し分ないが……



 で、この先コイツ自身には一生大したイベントも起きることなく、人生を無駄に消費していくのだろうと思っていた。ジョン自身がそれを望んでいる節があるから、それはそれでジョンは幸せなのだろうがな。



 しかしだ! 最近なんのつもりか、ハーフエルフのガキなんてもんを救ったばかりに、コイツの人生にも波瀾万丈の風が吹き始めたのだ。



 静かだった小屋のような家は、そのハーフエルフのガキのおかげで賑やかになったし、そいつといるとジョンも口数が当然多くなった。なにより表情や感情に起伏が目立つようになって、人間としても魅力が増した気がする。そしてこいつらの馬鹿馬鹿しくも情けない関係性は見ていて俺を飽きさせない。



 自分の子供や妹を扱うように、教師や親のような真似事をしてハーフエルフのリリィを躾け、教育しようとするジョン。



 兄や本当の親へ向ける信頼……いや、それ以外の『沢山のごちゃごちゃとした情』を向け、ジョンを理解しようとするリリィ。



 分かり合っているようで、根底の部分ではまだまだ繋がりあえてはいない彼らのやり取りは、傍観するには、くだらなくも興味が尽きない、行先が気になる事柄に俺の中ではなっていた。





 今日だってそうだ。



 俺の昔の部下、クローエルが地上界に上がってきたのだが、どうやらジョンのタイプだったようで、珍しくナンパするような真似をした事を仄めかす事を朝食の場でワザワザ公言したばかりに、リリィのご機嫌が悪くなった。



 最近ジョンに特に懐いてきた彼女が、何故そんな機嫌になってしまったのかを、クソバカなジョンは明確に理解する事は出来なかったのだが、それは側から見りゃアホっぽいテンプレラブコメのようだった。(ラブコメってのは知ってるぞ。漫画とか映画とかのジャンルだろ)



 地でそんな反応をするジョンにほとほと呆れたが、そのクソみたいな鈍感さもまた俺からすれば一興である。



 で、ここからが今回の本題なのだが、俺はそのリリィとジョンの関係に少し手助けをしてやろうと思っているのだ。まあ、と言っても大したことではない。期待したらすまんな。



 その内容はと言うと、リリィは朝のそのジョンからの話を聞いて、まあ珍しく一日中不機嫌であった。それはもう本当に一日中で、昼飯時も、ジョンが昼間出かける時も、夕飯時も、就寝する時も、全てだ。



 この珍しい彼女の怒りを少しばかり俺が治めてやろうと思う。ジョンには普段世話になっているからな、これぐらいは俺がフォローを入れてやるくらいはなんて事はない礼だ。なにより、ジョンが起きた時にリリィの機嫌が直っていれば、ヤツは軽くパニックになるだろうし、それを見るのもまた面白いからな。



 で只今の時刻、夜中の23時過ぎである。今日は攻略屋の仕事は入っていない事を事前に俺は知っている。



 最近、ジョンとリリィは同じベッドで眠るようになった。この間リリィの要望でジョンが一緒に寝たことがあったが、それ以来リリィがそれを望むようになり、いつしかジョンも自ずと同じベッドで眠るようになったのだ。



 暖かいベッドの中でジョンは安らかな眠りについているが、中にいる俺はただ『その時』をジッと待っていた。



 俺自身何百年と生きていると待つ事には慣れていたからな、何も苦痛ではなかったのだが、ジョンの中で漫画を読み漁りながら時を待つ。丁度新しく読み始めたシリーズの第1巻を読み終えた時であった。



 ジョンの横でモゾモゾと動く感覚があった。リリィだ。



 リリィは唐突に羽毛布団を剥ぐと、ベッドをちょこんと降りる。リリィは毎晩一度はトイレの為に寝床を出る事を俺は知っていた。この時を待っていたのだ。



 俺は素早く霊体となり、ジョンの体をスルリと抜けると、彼女の後を追って部屋を出た。そうして彼女がトイレから出るのを待つ。流石にトイレの中までついて行きたくはなかったからな。



 しばらくすると眠たい目を擦りながらリリィが出てきた。よし今だ。



 俺はリリィへと憑依した。



 「おい、リリィや」



 俺は出来るだけ驚かさないように声をかけた。



 「キャッ!!」



 だが……まあ、そりゃそうなんだが……リリィは驚き、声をあげた。そりゃいきなり夜中に声をかけちゃビビらないほうが凄いか。マズイマズイ、ジョンが起きちまう。



 「シー!シー! リリィ静かにしてくれ! 俺だ、グリムロードだ。落ち着け!」

 「グ、グリムロード様……? あ〜……ビックリした……」



 驚いた拍子にリリィは背中をトイレの扉に打ち付けたが、なんとかジョンは起きてこない様子だ。安心安心。



 「あ、あれ……なんで私の中からグリムロード様の声が聞こえるんだろ……寝ぼけてるのかな」

 「大丈夫だリリィ。お前は寝ぼけてなんかいないよ。訳あってお前の体に憑依させてもらった。お前は正常だ。悪いな驚かせて」

 「……い、いえ……大丈夫……心臓は跳ね上がったけれど……体の中から声が聞こえるのって変な感じ……」



 相当驚いたみたいだ。



 「でもなんでグリムロード様が私の中に? いつもは人間の中にいるのに……」

 「ふん、それこそ俺がお前にこんな夜中を見計らって憑依した理由よ。お前が一人になる瞬間を狙っていたのさ」



 俺はリリィに憑依しているから彼女の感情や考えている事が分かるが、本当に理由が分からないようだ。そりゃ当たり前だがな。分かったら逆に怖い。



 「それはいったい……」

 「ふむ……少し聞きたいのだが、お前はまだジョンの事を怒っているのかい?」



 俺の問いにリリィの心の中が一気にジョンの事で満たされる。おいおい……露骨過ぎるだろ。純真か。



 「お、怒ってる……」

 「ほう……そうか。俺としてはこの家庭内でイザコザが起こりギスギスするのは中々心苦しいところがあるのだが……」



 怒ってるってのは半分ホントで半分嘘だな。この子の心の中はもう大半が後悔を占めている。そして残りは嫉妬やジョンに甘えたい気持ち、それを抑制する少しばかりの憎悪だな。憎悪といっても憎々しいものじゃない。もっと可愛らしい些細なものだ。



 「……何故そんなにも彼に怒る? ジョンがお前に何かしたのか」

 「…………」

 「リリィ?」

 「……分かんない」



 リリィはトイレ扉に背を預け、床にちょこんと座った。



 「分からない?」

 「うん……」

 「何が分からない」

 「私もなんでこんな怒ってるのか分からない……人間がお仕事で……女の人と話していたって聞いて……」

 「嫌だったのか?」

 「…………」



 本当は分かってるけど俺は敢えて聞いた。



 「……嫌だった」

 「何故?」

 「……分かんない……でも、私の知らないところで人間が……女の人と話してるって聞いただけで……すっごくすっごく……ヤだった」



 ふむ……彼女自身その嫉妬の根底にあるジョンに向けている感情が明確になっていないが為に、混乱と動揺を招き、最終的に怒りに変わったのだろう。



 この子の中に入って心を覗いてみても、たしかにジョンに対する感情は他の事柄に向ける気持ちよりも何十倍にも複雑化している。しかしそれ故に彼女の原動力としての役割を多く占めていた。



 「そうか……ジョンが離れていくとでも思ってしまったか?」



 リリィがコクリと頷いた。不安なのだな。



 「リリィよりも長い月をヤツと過ごしている俺から言わせれば、それは杞憂だと思うがな」

 「キユウ……?」

 「要らぬ心配という事だ。あいつは今までに見たことないぐらいに日々を溌剌と過ごしている。リリィ……お前のおかげだ。お前がヤツにパワーを与えているのさ」

 「……そ、そうかな。 でも……恐いなぁ……人間もやりたい事とか、好きな人とか出来ちゃったら、きっと私を置いてっちゃうかも……」

 「それは逆にお前に聞きたい。リリィはジョンを置いてこの家を出て行きたいとは思ったことはないのか? やりたい事は?」

 「……私は……人間といたい。このあいだ、人間が私には才能があるから、勉強する為に街に行ったらどうだって言ってきたの。人間が私の事を思って言ってくれたんだって今なら分かるけど……その時は凄く悲しかった。人間の言葉に体の内側がキュってなった。息も苦しかったし、お口がカラカラになったの」

 「…………」

 「……グリムロード様……私邪魔者なのかな」



 彼女の中にいたからか、リリィの心が曇るのがよく分かった。



 「邪魔者なんかじゃないさ」

 「ホント? 人間、グリムロード様と二人っきりの時、悪口とか言ってない?」

 「言っていない、本当だ」



 あいつからリリィに対しての陰口は聞いた事がない。そりゃこの子がこの家に来た当初は色々と言っていたが、もうそんな事もなくなっていた。



 今ではジョンはこの家に帰る時は、リリィの事ばかり考えているのを俺は知っている。……まあ、ほとんどが彼女の作る飯の事ぐらいなのだが、それも含めてアリだろう。



 「じゃあ臆病者のリリィにいい事を教えてやろう」

 「いいこと?」

 「ああ、お前のその怒りが治ってしまうキッカケになる事さ」



 俺はこいつらには仲良くしていてもらいたいのだ。こんな感情は戦いに明け暮れていた頃には懐かなかった。あの頃の俺に言わせればくだらない感情だろうが、俺はこの二人の行く末を見てみたいと心の奥底から願っているのだ。


 だから手伝えることは手伝うのさ。



 「ジョン・ウィッチはお前を見捨てたりはしない。俺が保証する」

 「…………」

 「話にあった昨晩会った女、実はそいつは俺の昔いた冥界の頃の連れでね、俺個人に用があって、攻略屋との関係性を探りコンタクトを取ってきたに過ぎない。ジョンがその女にご執心というわけではないのだ」

 「……でも良い夜だったって人間言ったよ」

 「人間基準で見れば、その女も魅力的だったらしくてな。ジョンもはしゃいでいた」

 「…………」



 リリィがムッとした。心の中にも、黒い泥のような嫌悪がプッと吹き出す。やれやれ本当に嫉妬深いな。



 「……グリムロード様、話と違う。全然怒り治らない」

 「まあ、早とちりするな。話はここからだ。……女の要件は俺の冥界への帰還の頼みだったのだがな、俺はジョンの女に対してはしゃぐ姿を見てな、少し茶化してやろうと思い、ヤツにこう言ったのさ、『だったら一緒に冥界へ下るか?』ってね」

 「……どうせふざけた調子で『行く行く〜』とか答えたんでしょ?」

 


 拗ねたようにするリリィ。本当に喋りやすい反応をしてくれるな。



 「いや、あいつは断ったよ。即答で」

 「……………なんで」

 「分かるだろうに。お前がいるからだ。リリィ」



 軽く息を飲む音が聞こえた。



 「………や、やっぱり……邪魔者がいると……好きに行動もできないって……ことだよね……」

 「何をマイナスに捉えようとしている。もっと素直に受け止めろよ」

 「…………」



 本当は俺の言葉を聞いた途端、ジョンが自分の事を一番に考えてくれていると歓喜した癖に、すぐにリリィは敢えて自分の思いとは真逆の事を口にしていた。それはきっと自分の期待が裏切られる事を恐れているからだ。



 誰だって裏切られる事は怖い事だ。けれどな、ジョンに限ってそれはない。その喜びは素直に膨らませていいんだ。



 「俺の今の言葉に対してお前の思った事は、何も思い過ごしなんかじゃないさ」

 「…………ん……」

 「お前が思っている以上にジョンはお前を大切に思っているぞ」



 俺がハッキリとそう告げてやると、リリィの心拍数が上昇し高まるのを感じた。



 「……そ、そうかな…」

 「ああ。普段アイツの中にいる俺が言っているのだから本当さ。アイツはお前をひとりぼっちになんかさせる男じゃない」

 「…………ホント? ホントにホント?」



 疑り深いヤツめ。



 「ああ、ホントにホントだ」



 その言葉にリリィは熱くなった両頬を自分でムニムニとほぐすようにすると、恥ずかしそうに笑った。



 「……そっか………そっかぁ……」



 むず痒い、くすぐったいかのように彼女は自分の髪の毛をいじったり、パジャマの紐を指にクルクルと巻いたり、落ち着かないが、その様子であればもう機嫌も直っているようだ。



 彼女自身きっとジョンに対してもう怒りの態度を向けることに嫌気がさしている部分はあったのだろう。しかしそれを押し退けるタイミングも分からなくなり、意固地になって怒ったモードを続けていた節はあったからこそ、こんな反応を見せたのだろう。



 俺はそれに少しだけ手を加えただけに過ぎない。



 「どうだ、少しはアイツへの怒りが治ったんじゃないか?」

 「うん。 デレデレしてたのはムカつくけど……人間が私を大切に思ってくれているのは分かったから……」

 「じゃあ明日の朝からまたジョンと仲良くやれるか?」

 「うん……大丈夫。もう平気」



 良かった。それでこそ俺の愛するこの家でのいつもの光景である。



 「ありがとうグリムロード様。私元気になったよ」

 「いいのさ。お前は常に元気でいろ」

 「うん、頑張る。あ、そうだ」



 リリィは床から立ち上がりながら思いついたように言葉を止めた。一体なんだ。



 「グリムロード様も一緒にいようね。私は3人みんな一緒がいい……」

 「…………」



 ハハッ……参ったね、子供にそんな事を言われるようになるとは……これでも破壊神と恐れられた冥竜なんだがな……まったく、意表をつく事に限っては子供には敵わないな。


 しかしまぁ悪くない気分だ。



 「そうだな。俺もそうするとしよう」



 俺がそう答えるとリリィは満足気に微笑んでいた。




 話を終え、お節介な役目も果たした俺がジョンの中へと戻ると、すぐにリリィもベッドの中へとやって来る。そして何を思ったのか、ベッドの中で悶える様にパタパタと足をばたつかせたのだ。寝惚けたジョンが「寒いぞ……リリカス……」と注意したが、俺にはリリィのその行動が微笑ましい。彼女の心中を知っているとその行動に出る理由もなんとなく愛らしく思えた。



 悶える程に嬉しかったか小さなエルフよ。



 ジョン、お前はもっとこの小さな女の子に分かりやすく愛情を注いでやれ。でなければこの子はすぐに不安を抱えるぞ。親愛なる友人に聞こえるわけもないアドバイスを一人俺は漏らす。



 まったく……俺もらしくないドラゴンになったもんだ。



 だがしかし……こういうのも悪くはない。



 小さいベッドの中、隣り合う親子や兄妹の様な二人。この二人に幸あれと俺は願い、夜は更にふけていった。


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